第2話 酔っ払いにはお水
「お邪魔しますー」
片手が震えながら鍵を開け、見知らぬ玄関に入った。
ここははる先輩、
合コンを早めに終わらせた後、あっきーに電話して、研究室配布の連絡簿からはる先輩の住所を教えて貰って、ビール4杯で酔いつぶれてしまったはる先輩を飲み屋から家まで介抱した。
はる先輩はちゃんと運動しているから結構筋肉質、見た目よりがっしりしている。おまけに酔っていて、意識がはっきりしないせいで、道中余計に重く感じた。幸い飲み屋がはる先輩の家からそう遠くなかった。
でも、ここまで介抱してきた自分を褒めたい。
電気をつけたら、清潔感のある玄関が目に入る。
玄関口には出しっぱなしのスニーカー一足があって、フローリング上にはグレーのスリッパ一足が置いてあった。隣を見てみると、靴箱があって、その上に私もよく知っているゲームキャラクターのグッズが三個並んである。
来客用のスリッパを探すため、靴箱を開くる。
目に入ったのはやはりスニーカーと、スニーカー……一番下の段には素朴なヒール2足があるくらい。普段研究室にいる時はクロックスに履き替えしているけど、はる先輩は確かにスニーカーのイメージしかない。
上の段から来客用スリッパを取り出し、フローリング上に置く。
「はる先輩、もう家に入ったよ。靴を脱ぎましょう」
「…うん、靴ー」
「もう……」
相変わらず眠そう、というか半分寝ているはる先輩に話を掛けても、まともな返事が返って来ない。仕方がない。
私は自分の靴を脱ぎ、まず部屋に上がる。はる先輩を背中で支えながら、身をしゃがんで彼女の靴を脱いであげる。スニーカーの靴紐は結んでいないから、すんなりと脱げた。その後、彼女を部屋に上がらせて、そのままリビングへ入った。
はる先輩の家は1LDK。リビングはそこまで大きくない。
装飾物や植物などは一切置いてなく、インテリアにあんまり興味がないように見えた。その代わりと言ったら変だけど、ちょっとかっこいいロードバイクがリビングの壁に立てかけている。
本棚、テレビ、机、ソファーとカーペット一式はちゃんと揃っていて、テレビの隣には限定版のゲーム機、机の上には同じく限定版のコントローラーが置いている。ふっと、はる先輩はもしかして私と同じく塗りイカ戦士のヘビープレイヤーだったりして?の考えが頭をよぎる。
研究室ではゲームのことをあんまり話してないから、はる先輩はゲームが好きかどうかは分からない。同じ趣味があるってことは、もっと話せる。はる先輩が目覚めたら聞いておこう。
「ちょっと待ってね、水を取って来るから」
はる先輩をソファに寝かせ、私はキッチンに行って水を取る。
酒を飲んだら、その飲んだ酒の2倍量の水が必要とよく言われている。明日はる先輩はセミナーの定例報告もあるし、二日酔いの状態でやらせたくない。ここへ来る時ついてにウコンのパワーを買えばよかった…と、さっきの自分に軽く文句を言いつける。
一人暮らし用にしてはちょっと大きな冷蔵庫を開けて、中を覗いたらちゃんとペットボトルの水が入っていた。一本を手に取ってソファの近くに戻る。
「はい、お水。ゆっくり飲んでね」
「うんん…」
ペットボトルのキャップを開け、飲み口をはる先輩の口につけて、こぼれないようにちょっとずつ飲ませる。けど、口に入った物が水だとわかった途端、彼女は自分でボトルを持ち、がぶがぶと飲み始める。ボトルに入った水はあっという間に半分が消えた。
喉が潤って、はる先輩はドンっとボトルをソファ隣の机に置き、またソファへ倒れこむ。
酔っ払いのくせに、ちゃんと物を戻すだよな。
「水…命の~水~」
ソファの背もたれに寄りかかって、変なイントネーションで変な言葉を発したはる先輩に、思わず吹いてしまった。普段は真面目なのに、今のはる先輩は真面目と程遠く、逆に悶絶するくらい可愛く見える。
隣に腰を掛け、浅そうな眠りにつくはる先輩を眺める。
頭がクッションに当たり、ふんわりとしたショートカットの髪が圧力のせいで大分潰れているし、元々斜めな前髪も鼻先に掛かり、この人がいかに酔っているかを教えてくれるように、全体的に乱れている。手を伸ばし、指で彼女の鼻先に掛かった髪を弄って整う。
彼女が掛けている紺色縁のメガネは寝かせる時ついてに外して、テーブルに置いたから、今はメガネなしバージョンのはる先輩。結構レアなので、こんな絶好の観察チャンスを逃すわけにはいかない。
手をソファに突いて、体をはる先輩にギリギリ着かない距離まで倒れて近づく。
ドク、ドク、ドク。
心臓の鼓動音が大きく、速くなる。空調から吹き出す温風の音も遮らないくらい。
「ううぅ…ん」
うなされるはる先輩の声が近くに聞こえてきて、驚いて思わず近づいた顔を離れ、彼女と距離を取る。
はる先輩は眉を顰め、手をおでこに当たって、辛そうに見える。こんなはる先輩に、胸はぎゅーっと苦しくなるけど、同情は全くない。
酒がとてつもない弱いのに、人の話聞かずに飲んちゃうからこうなるんだから。
もう一回手を伸ばして、眉間に指をあてる。皺を伸ばそうと軽く撫でたら、はる先輩はまた「ううぅ」とまたうなされ始める。
どうすれば、彼女の辛さを緩和できるのか…そう考えていたら、スマホが「ブーブー」と振動し始める。
佳乃先輩だ。
「はい、森崎です」
『あっ、悠梨ちゃん。もう真島っちに着いた?』
「うん、さっき着きました」
『よかった。ごめんね、悠梨ちゃんに丸投げしちゃて』
「いいえ、私がやると言い出したんですから。佳乃先輩はお気になさらず」
『わかった。ありがとうー真島は家に放っておけば大丈夫だから、悠梨ちゃんは早く家に帰って。じゃね!』
「ちょっ、佳乃先輩!」
『プープープー』
まだ佳乃先輩に聞きたいことあるのに、すぐ電話切られちゃった…スマホを握って軽くため息を付く。こんなはる先輩を放って置くわけないでしょう。
私のゼミ彼1号、本当に大雑把で気が利かなさすぎる。
だから佳乃先輩は何回合コンに行ってもいい男釣れないわ。
電話に出るためキッチンまで歩いたらから、はる先輩の様子を確認するためまたリビングへ戻る。
こんな電話を話す時間で、はる先輩はもううなされなくなり、眉間の皺も消え、わりと平穏な呼吸で眠りについた。
よかった。
冬の夜はもちろん寒い。部屋に入った時は暖房を付けたが、はる先輩が風邪をひかないように何かを掛けてあげたい。
けど毛布を取りに寝室に入るのはちょっと躊躇する。部屋主の許しがないのは一つの理由、もう一つは私が万が一何か見たくない物―例えばはる先輩と恋人の写真とか―見てしまうことを危惧しているから。
激しい脳内闘争の末、はる先輩への心配が勝った。
寝室のドアを開けてから、電気もつけずに目に入ったベッドへ一直線。掛布団をくるっと巻くって手に取ったら、すぐ寝室から出た。ベッド以外何があることすら見てない。
布団をはる先輩に掛け、落ちないように一部を彼女の体とソファの間に挟む。布団にくるまれて、はる先輩は毛虫っぽくなっている。
膝を床に着き、さっきはる先輩の魘され声で中断された観察を再開する。
彼女の顔から酔いの苦しさは完全に消え、ただ静かに眠っている。呼吸についれてほんの少し上下する端正な顔が、ずっと見ていられる。
愛おしい。
はる先輩を起こさないように手を軽く彼女の顔に添え、ずっと呼びたかったあの名前を口にする。
「
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