悠梨ちゃんの「ゼミ彼」
だるいアザラシ
ゼミ彼2号の本音
第1話 ゼミ彼、2号ですけど
酒が弱いのくせに、よく飲み会に呼ばれるのはなんなんだろう。
目の前の4杯目の生ビールを見て、私は思わず考えてしまう。ウーロン茶でいいですって話したつもりだけど…
いや、今日は飲み会じゃなくて合コンだ。三対三の。
たかよしの友人が急用で来れなくなり、人を探している時丁度研究室で私鉢合わせしたので、ただの人数合わせてで呼ばれた。
トランスフェクションのために細胞を継代しないといけないのに、たかよしのマシンガン懇願攻撃に耐えられずOKにしてしまった。いい加減この断れない性格をどうにかしないと、自分を責めながらジョッキーを持って、泡がたてるビールを一口すする。
「へぇ~そうなんですね?」
アルコールが入り、脳が段々混沌状態に落ち始め、隣で愛想笑いをしながら適当に男性陣に返事している子を見ると、さらに困惑が加えられた。まぁ、最初店の前に彼女を見た時も驚いたけど。
横顔しか見えないが、多分ベージュ色をベースに立体感を生み出そうとしたアイメイクに、肌の透明感を強調してちょっとピンクのチークを入れた顔のメイク、このうす暗い飲み屋の中でも、キラキラを感じる。
そしていつも後ろで三つ編みにしていたちょっとくせ毛のあるミディアムくらいの髪も完全におろして、空気を含ませてふんわりと仕上がっている。元の素材がいいから、この気合を感じるメイクと髪型はさらに本人の可愛さを倍増させた。今日午後会った時まだ通常通りの軽い化粧だったのに、いつのまにかこんな感じになった。
彼女、ゆうりちゃんこと
でも彼女の場合、合コンなんかに参加する必要はないだと思うが。
不意に、スウェットの裾が二回引っ張られた。私は端っこに座っているから、誰だとすぐ分かった。ゆうりちゃんに話を掛けようとしたところ、彼女から小さく「はる先輩、前」と前を見ろうの促す声が聞こえてくる。
「
ゆうりちゃんの声に従い前を見たと同時に、テーブルを挟んで斜めに座っている男性の方から話を掛けられていることにようやく気付いた。
やばい、ゆうりちゃんのメイク観察に集中していたから、みんなの話が全く耳に入ってこなかった。
「あっ、すみません、考え事をしていました」
「真島さんも高木さんと同じ研究室なんですか?」
「はい、同級生です」
それはさっき自己紹介で言った話じゃないでしたっけ。アルコールのせいで、記憶があいまいになっている。
「すごいですね。尊敬します」
「へぇー私のことはいいんですか?」
「
「ありがとうございます~」
ゆうりちゃんはふわふわとしているが、人当たりがいいし、気配りもいいから、誰とでもすぐ打ち解ける。
にしても「悠梨ちゃん」呼びは早くないか。ゆうりちゃんもゆうりちゃんで、順応力高すぎんだよ。ちょっとくらい嫌味を見せてもいいじゃない。
男性陣の軽さに一瞬嫌悪感を覚え、目の前のビールジョッキーを持ちあげ、もう一口すする。変な味がする。出された料理があんまりないせいで、ほぼ空腹状態で酒飲み続けた私の味覚もなんだかおかしくなり始めた。
でも味覚が狂わなくてもやっぱビールの味は好きじゃない。飲むなら日本酒がいい、すぐ酔ってしまうけど。
「はる先輩、飲みたくないならウーロン茶もう一回頼もうか?というか飲みすぎじゃない?」
ゆうりちゃんは顔を私に向け、首をちょっと傾げて私に尋ねる。本当に気配りがいいな、この子。
でも、もう4杯目に口付けたし、最後まで飲むと決めていた。
「大丈夫、ありがとう」
「酔ったら知らないよ」
拗ねた顔しながら拗ねた声で怒ったふりをする様子、可愛い。男なんかに見せたくない。
「本当に大丈夫だから」
もう酔っているけど。
他の人の会話にあんまり興味がないし、質問来たら適当に返事するくらいで、カシスオレンジ2杯が限界な私はもう結構ハイスピードで自分のアルコールキャパを大分超えた量を飲んでいた。
このビール飲み終わった頃はどうなるかは、知らない。たかよしに責任を持たせばいいわ。そう思っていたら、一口じゃなくて、ジョッキーに残った半分のビールを一気に喉に流し込んだ。
「ちょっと、はる先輩!」
私のビールジョッキーと私の手に、ゆうりちゃんの手が重なって、ジョッキーを抑えながら少し強めに私の飲み動作を阻止しようとしている。
テーブル向かい側の男性陣はゆうりちゃんと私のやりとりを面白がってみていることは、視線がぼやけていても分かる。
「悠梨ちゃん結構真島さんに気に掛けてますね。どっちが先輩かわからなくなります。はっは」
「えっ、何を言ってます?」
「えぇ?」
どの男は知らないが、ゆうりちゃんの怪訝そうに質問されることに、多分驚いている。
彼は変なこと言ってない、今ゆうりちゃんの方が断然先輩にみえる。正直私もゆうりちゃんが彼の言葉に不思議を感じたのことを、不思議に感じる。
「はる先輩は、私のゼミ
「…はい?」
「ゼミでの彼氏、略してゼミ彼です」
「お、おぉーな、なるほどです~~」
ちょっとゆうりちゃん、そういうことじゃない…ラボで遊び程度に言うならともかく、合コンの場でこんな発言するのは『やばい人』としか思われないぞ。全く、こんな時に世間知らず天然お嬢様さが出るのはやめてほしい。
ゆうりちゃんに先輩風を吹かせ、一言を言ってやろうとした時、ゆうりちゃんはさりげなく彼女のイタい発言を補足する。
「あっ、2号ですけど。
と言いながら、ゆうりちゃんは両手を彼女の左右にいるたかよしと私の肩に伸ばし、男性陣にアピールするようにたかよしと私を体に引き寄せる。
メガネが彼女の肩にぶつかり、本来の位置から軽くずれ、元々ぼやけた視線がさらにぼやける。
この子、今日終わってる。
「ガハハハッーまさに両手に花です!」
「高木さんは豪快ですから、男性っぽいところありますね。もちろんいい意味での」
「でしょうー佳乃先輩と一緒にいるとめっちゃ安心感ありますよ~」
「ちょっと今合コン中ですよ、女子の私の立場は???」
男性陣は上手く誤魔化すような反応を見せてくれ、たかよしのリードもあって、ゆうりちゃんの痛いシチュエーションがさらに痛くならずに済んだ。十五分前に彼たちに嫌悪感を抱いたことをこっそりと心の中で謝った。
でも、この男たちはゆうりちゃんに釣り合わないわ。なんで彼女はこんな場所に来てしまっただろう。やっぱりゼミ彼2号の私じゃ足りないだよな。本物の彼氏にしかあげられない物、私じゃどう頑張っても無理だ。
普段押し殺した感情と考えもしなかったこと、酔いと一緒にハエのように頭の中ぐるぐると飛び回る。酒の力、恐ろしい。
そして、その酒の力がさらに強くなり、飲み屋のあらゆる音が催眠BGMのように、眠気を誘う。
この場で寝ないように、私は目を細め、一所懸命にみんなの顔を見ながら話しを聞く。それでも、たかよしの大声が段々小さくなり、やがて聞こえなくなった。
目が閉じそうになった時、耳に入ったのはゆうりちゃんの呆れた声だった。
「もう…はる先輩…」
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