第6話 新入生代表

「“チアフル・ファンクラブ”を召喚!」


 解恵かなえはカニの衣装を随所に取り入れた少女のレギオンを場に出しながら、ディケイカウンターに目を向ける。


 カウンターは現在8つ。ギリギリに届かない。鍵玻璃きはりの攻撃は、それを計算に入れて行われたはずだ。おかげで、本領発揮に今一歩届かない状態である。


 ―――だからって、退くわけにはいかない!


「バトル! “チアフル・ファンクラブ”で、新しく出た方のデネボラを攻撃! この瞬間、“チアフル・ファンクラブ”のレギオンスキルにより、“サイケデリック・ネオンクラブ”1体を場に出し、ターン終了時までパワー+1000!」


 “チアフル・ファンクラブ”がカニのハサミを模したポンポンを振り上げると、隣に色とりどりのネオンライトをアクセサリーにした少女が出現。


 “チアフル・ファンクラブ”は隣に現れた少女と視線を交わすと、デネボラに両手のポンポンを叩きつけ、破壊してのけた。


 鍵玻璃:ディケイカウンター3→4


「“サイケデリック・ネオンクラブ”のレギオンスキル発動! レリック、“好感度旺盛ライト”1枚を場に出す! このレリックは自分のレギオンが2体しかいないなら、レギオン全員をパワー+1000する!」


 解恵たちが立つステージの外側に、サイリウムの光が無数に生まれた。扇形を描くそれらを見回した“サイケデリック・ネオンクラブ”のパワーが2500まで上昇。

 隣の“チアフル・ファンクラブ”に至っては、パワー3000だ。


 鍵玻璃の場に残っているのは、パワー2500のデネボラとルクバーの2体。既に“チアフル・ファンクラブ”はこのターンの攻撃を終えている。


 余裕ぶって鼻を鳴らす姉を見て、解恵の胸がチクリと痛む。同時に、対抗心の火がボッと勢いを増した。


「驚くのはこれからだよ、お姉ちゃん! 誓願成就、“ワン・ツー・フィニッシュ!” 自分のレギオン2体はこのターン、パワーを+500して2回攻撃できる!」

「……!」


 ここに来て、鍵玻璃きはりの不機嫌そうな表情にヒビが入った。


 これで“サイケデリック・ネオンクラブ”のパワーは3000。“チアフル・ファンクラブ”は3500。2体合わせて3回攻撃。鍵玻璃のレギオンを全滅させ、ダイレクトアタックを決められる!


「行けっ! “サイケデリック・ネオンクラブ”で、デネボラとルクバーを攻撃!」


 “サイケデリック・ネオンクラブ”の両手首に嵌められたリングが、大きな光のカニバサミに変化する。目にも止まらぬ速さで疾駆したカニモチーフのアイドル少女は、デネボラとルクバーをすれ違いざまに一閃。華麗な攻撃で破壊してのける。


 これで鍵玻璃の場はがら空きだ。


「ぐ……っ!」

「“チアフル・ファンクラブ”でダイレクトアタ―――ック!」


 カニのハサミを模したポンポンが巨大化し、投げつけられる。


 鍵玻璃のすぐ近くに着弾したそれらは花火のように爆発。衝撃が鍵玻璃を吹っ飛ばし、背中からステージに打ち倒した。


 鍵玻璃:ディケイカウンター4→6→11


「ぃよっし! 見たか!」


 解恵かなえが渾身のガッツポーズを決めると、さざ波のような歓声がステージに押し寄せてきた。


 カウンターが増えて悲しむドット絵のドクロを見上げ、鍵玻璃きはりは溜息を吐く。


 妹のデッキコンセプトが大体見えた。場に出すレギオンを2体に絞ることを条件に、強力な効果を発揮する誓願やレリックを用いて数の不利を覆す。


 確かに、強くなったことを認めざるを得ない。かつてはいまいちコンセプトが決まらず、迷走気味だったことを考えると、大きな進歩だ。


 ―――全くもう。……涙ぐましいんだから。


 鍵玻璃はむくりと体を起こす。

 服を軽く叩いて、冷たい視線を解恵に向けると、今度は彼女に届いたらしい。得意げに突き上げられていた解恵の拳が、しおれるように下りていく。


「おねえ……ちゃん……?」

「これで勝ったつもりじゃないよね。わかってるでしょ」


 鍵玻璃は傍らに浮かぶドット絵のドクロを指差した。

 ドクロの横には×11の数字が浮かぶ。


「ディケイカウンターが10を超えた。ギア、上げてくよ」


 ドクロの両目がバツ印から黒丸になる。ドクロは瞬きを二回したのち、怒り顔を作って爆発。一回り大きいサイズに変化した。


「―――奮戦ふんせん、レベル2」


 鍵玻璃が宣言するとともに、色とりどりのブロックで構築されたステージがさらに眩い光を放つ。


 WDDにおいて、ピンチは同時にチャンスでもある。

 崩壊ディケイの危機にさらされた世界はさらなる力を呼び起こし、滅びの嵐に対抗するのだ。


 虚空から現れたブロックが次々とステージに組み込まれ、形状を変化させていく。

 より華やかに、より煌びやかに。宇宙を染める銀河よりも美しく。


 電子的なファンファーレとともに光が飛び散り、一回り大きく、ゴージャス感を増したステージが現れる。その中央に立つ鍵玻璃の服も、カジュアルな私服から機械的なパーツの多い、サイバーチックなアイドル衣装に切り替わっていた。


 黒に限りなく近いダークブルーに、点々と銀色をあしらった衣装を見下ろして舌打ちしながら、鍵玻璃は解恵を睨む。


 二度と、こんな姿にはならないと思っていたのに。サクッとケリをつけるつもりが、まさか互角の勝負を強いられるなんて。


「絶対後悔させてやるから。大勢の前で大恥をかく準備はいい?」

「恥ずかしいとか考えてたら、アイドルなんてやれないよ!」

「そう。だったら……遠慮なくいかせてもらう! 私のターン!」


⁂   ⁂   ⁂


 雰囲気の変わったステージを眺めながら、ふぁんぐは横目で同時接続者数をちらりと見やった。


 学校内限定配信なので、いつもよりは視聴者は少ない。だが計上された人数は、今学内にいる全ての人が見ているのではないかと思わされるほどだった。


 花の新入生、入学よりも早い界雷かいづちでのデュエル。これから先、プロになろうがなれまいが、生徒が幾度となく通る道。その始まりだ。もっと盛り上げてやろう。


「さてさて奮戦レベル2! こっからが本番やねぇ! 解恵かなえちゃんのディケイカウンターも8やし、次のターンでお互い奮戦レベル2になるやろな。

 ここまでの流れを見る限り、レギオンの展開力では鍵玻璃きはりちゃん有利。けど解恵かなえちゃんの方は条件付きでかなりのハイパワー出してきよる。ふたりとも切り札は隠しとるやろし、こっからどーなるか……おっと?」


 不意に、ふぁんぐの視界端に音声通話のコールマークが現れた。


 通話相手の名は“天門あまとレイ”。ふぁんぐは視聴者に断りを入れて応答した。


「ちょおっとごめんな、レイちゃんから電話や。もしも~し!」

「もしも~し、じゃないんですよ!」


 ぶおん、とウィンドウが開き、ビデオ通話が開始される。


 相手は琥珀色の髪に緑のメッシュを入れた、真面目そうな顔つきの少女だ。天門レイ。ふぁんぐのチームメイトであり、界雷かいづちデュエル学院高等部の生徒会長を務めている。


「入学早々何やってるんですかぁ! 式の受付が滞ってるんですよ! 外にいる子たちがそっちのデュエルに夢中で!」

「あはは~。ま、いいデュエルやしね。ウチもなんやかんや見惚れとるし~」

「笑いごとじゃ! ナッシング!」


 妙に気の抜ける物言いではあるが、声色から真剣に焦っているのが伝わってくる。


 愛想笑いを浮かべるふぁんぐに、レイはホロ映像越しに食ってかかかった。


「式の開始まであと三十分切ってるんですよ!? なのにあと何人着席させないといけないか!」

「ま~ま~、トラブルデュエルなんていつものことやないかぁ~」

「今日ぐらいはトラブル無しで円滑にいくつもりだったのに! っていうか今デュエルしてる子! 今年の新入生代表じゃないですか!」

「えっ」


 ふぁんぐの呑気な顔が固まった。


 界雷かいづちはそこらの専門学校と違い、数々の有名な進学校・難関大学と肩を並べるハイランクな学校だ。

 当然、入試はそれらと同等の難易度・倍率を誇る上、デュエルの腕前も試される。そこで新入生代表になるということはつまり、学生としてもデュエリストとしてもトップクラスの人物というわけで。


 それが目の前でこうして熱いデュエルをしているということはつまり。


 ―――めっちゃ盛り上がるシチュやんけ!


 硬直したふぁんぐの両目が光を放つ。


 その閃きはすぐに別の記憶に取って代わられた。


「あれ? でも新入生代表のスピーチって、もうリハ終わってへんかった?」

「何かと理由を付けて断られたから、次席の子に代理を頼んだんです! 今日スピーチするのもその子です!」

「せやったら“新入生代表、界雷で初デュエル!”とか言えへんのか……。新聞部も絶対食いつくネタやのに……」

「ふぁ~ん~ぐ~?」

「はいはい。けどま、始まってしもたものはしゃ~ないやろ。みんな盛り上がっとるし、上手いことやって~。ほな、配信中やから!」

「あっ、ちょ!」


 レイの通話は適当に切られてしまう。レイは入学式の会場内にある生徒会控室で肩を落とした。


「う、上手いことやってって……!」

「まあ、仕方ないんじゃない?」


 赤く染めた髪を逆立てた、ボーイッシュな雰囲気の少女がレイの肩を叩く。


「一応想定の範囲内なんだし、マニュアル通りに行こうよ。っていうか、さっきの新入生代表の話が漏れてないかの方が重要だけど」

「あっ、そういえば配信中なんだった」

「やっぱり忘れてたね。次席の子に聞こえちゃったらどうするのさ……ん?」


 レイをなだめていた赤髪の少女は、ふと背後を振り返った。


 扉が軋む音が聞こえたような気がしたのだが、扉はピタリと閉じられたままだ。空耳だろうか。


 首を傾げていると、レイがやけになったようにこぶしを突き上げた。


「あ~~~~~~もうっ! ぐずぐずタイムはジ・エンドです! 行きますよ! 熱いデュエルを生で見てる生徒を動かすのは大変なんですから!」

「なんだかんだ、うちらもちょっと見入ってたしね。急ごうか。式に支障出ないうちにさ」


 ふたりは関係者各所に連絡を入れながら生徒会控室から廊下へと出る。


 逆方向に去っていく彼女たちは、背後の曲がり角に身を隠した者がいることに、最後まで気づけなかった。

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