第5話 天秤姉妹
「私のターン!」
こうするのは一体何年ぶりだろう。もう二度とやらないと思っていた。やらなければ、きっと
甘かった。ここまでしつこいなんて!
「“クラフトアプレンティス・ポラリス”を召喚!」
ステージのブロックがひとつ浮き上がり、閃光と共に破裂した。
言葉に出しがたいノイズ混じりの爆音を散らして現れたのは、大きな木槌をかついだ少女だ。まずはレギオンカード。勝利のための鍵。
「ポラリスのスキル発動! 自分の場にレリックカード、“星見の作業台”を出す!」
ポラリスが大きながま口バッグを開くと、立方体ブロックの形をした作業机が現れた。机はドレッサーのように変形・展開して様々な工具をさらけ出す。
資源カードは直接戦ったりはしないが、様々なサポート能力を発揮する。中には破棄することで力を発揮することもある。生憎と、“星見の作業台”は破棄して力を発揮するタイプではないが。
「“星見の作業台”のスキルにより、手札に誓願カード、“煌めく服飾”を手札に加える。さらにレギオン、“ミーティアライダー・デネボラ”を召喚!」
空から落ちてきた一条の流れ星。それにどこからか飛来した、メカニカルな装備をした少女がサーフィンをするかのように飛び乗った。ゴーグルをつけた勝気そうな少女は鍵玻璃の前に降り立ち、腰に手を当てて解恵を見つめる。
解恵は緊張に汗を掻きつつ、同時に安堵も覚えていた。
姉のデッキは、昔と何も変わっていない。姉は何も変わっていないのだと。
鍵玻璃のターンはまだ続く。
「誓願カード、“煌めく服飾”! 自分のレギオン1体のパワーを+1000する! 私が選択するのは“ミーティアライダー・デネボラ”。そしてデネボラのスキル発揮! 自身のパワーがプラスされた時、誓願カード“流星並走”を手札に加える」
ターン終了。鍵玻璃の場にはパワー500のポラリスと、パワー2000のデネボラ。そして“星見の作業台”。幾度も目にした黄金ムーブだ。
だが。
WDDは日々進化するゲーム。何年も前のデッキで、ずっとデュエルを続けてきた自分に勝てる道理はないと、解恵は確信していた。
まして相手は、飽きるほどデュエルをしてきて負け続けてきた相手。次こそは、次こそは、と勝利を嘱望し続けてきたライバルなのだ。
今こそ、勝つ!
「あたしのターン、ドロー!」
後攻の特権として、初期手札5枚にカードが加わる。
解恵は小さく、良しとガッツポーズした。姉と違って、自分は昔のままではない。
いける。
「あたしは“
解恵が牡羊座のゾディアック・サインを描くと、もこもこした衣装に身を包んだ涙目の少女が現れる。彼女はピャッと奇声を上げて、巻き角の生えた頭を抱えた。
鍵玻璃は目を細める。過去の解恵のデッキにはなかったカードだ。
「ウールウールのスキル発動! 自分の場に“
ばふん! ウールウールの足元から、煙幕のように大量の羊毛が飛び出した。それをかき分けたのは、ウールウールと似た服装の、しかし一回り体格の大きい女性型のレギオン。ウールウールがその背後に飛び込んだ。
「誓願カード、“
“
“
カードは新しくなったけど、戦法は変わっていないんだ。鍵玻璃は冷ややかな視線を解恵に送ったが、彼女がそれに気づくことはない。
「バトルだ! ウールウールでポラリスを攻撃!」
命令を受けてぎょっとしたウールウールが、やけになって姉の背後から飛び出した。コミカルな足音を出してポラリスに突進し、ふかふかの羊毛を嵌めた拳で殴りつける。
ポラリスは吹っ飛ばされ、無数の粒子となって粉々に砕け散った。
その衝撃が背後の鍵玻璃にまで届く。彼女の頭上に、両目がバツ印になったドット絵のドクロと“×1”のマークが浮かび上がった。
このマークこそデュエルの勝敗を決する要素、ディケイカウンター。これが20になった時、プレイヤーは敗北となる。
「続けてメェプルシロップで、デネボラを攻撃!」
「この瞬間、誓願カード“流星並走”をプレイする!」
怒り顔で突進してくるメェプルシロップを前に、鍵玻璃は先ほど手札に加わったカードを投げ放つ。
誓願カードは、使い切りの反面相手ターンでも使用可能だ。そして“流星並走”の能力はというと……。
「自分のレギオン1体のパワーを+500して、“ミーティアライダー・デネボラ”1体を場に出す! これで元からいたデネボラのパワーはメェプルシロップと同じ2500。相打ちだ!」
流星の光を足蹴にしたデネボラは、いきなり加速して空へと飛び上がる。宙返りしてさらに加速し、メェプルシロップと正面衝突。互いに爆散してしまった。
鍵玻璃:ディケイカウンター1→2
解恵:ディケイカウンター0→1
一方的に勝てるはずが、相打ちに持ち込まれる。しかもこれでメェプルシロップの庇護を失ったウールウールは再び無防備に。
頭を抱えて震えるウールウールを眺め、デュエルフィールド外のふぁんぐは感嘆の声をこぼした。
「まずは挨拶代わりっちゅーところやね。ふたりともええカード
垂れ下がった袖を振るふぁんぐの姿は、デュエルするふたりには見えていない。しかし声は聞こえているので、鍵玻璃はふぁんぐがいるであろう方を見て舌打ちした。
まったくもって不本意だ。ますます機嫌を損ねる鍵玻璃と裏腹に、解恵はだんだんと調子を上げる。
「まだまだ! 誓願カード、“奇跡の生存”! このターン破壊されたレギオンと同名のレギオン1体を自分の場に出す! メェプルシロップを復活させて、レリックカード、“誓いの記念碑”を設置! ターンエンド!」
解恵の背後に白銀色のモノリスが現れた。きらきらと散る光の粒が、楽しそうな解恵を眩しく照らし出す。
光の下では、カジュアルスタイルながらも気合を入れて着飾った格好が、一層輝いて見える。ライブステージ型の
鍵玻璃は今更のように痛感させられる。やはり解恵は、そっちに向かってしまうのだ。子供の頃に見た夢に。止める者は誰もいない。自ら止まることも無い。
腹が立つ。
「私のターン!」
WDDでは最初の1ターン目を除き、互いのプレイヤーはターン開始時に手札が5枚になるようドローする。
だが鍵玻璃には与えられるカードはそれだけではない。
「“星見の作業台”のスキル発動! ターン開始時のドロー後に“煌めく服飾”1枚を手札に加える! これをそのままプレイしてデネボラのパワーを+1000! デネボラのスキルで“流星並走”を手札に!」
前のターン、“流星並走”で場に出した2体目のデネボラが強化を受ける。パワー2000。これで復活したメェプルシロップのパワー1500を上回った。
「“マイニングドリーマー・ルクバー”と“星集めの商人・ベーミン”を召喚! レリックカード、“憧憬の望遠鏡”を設置!」
鼻先がツルハシになったバク、煌めきを透かしたバックパックを背負った少女、さらに純白の望遠鏡が一気に並ぶ。2ターン目だ。ここからギアを上げていく。
「今出した2体のレギオンスキルにより、誓願カード“星屑の発掘”とレリックカード“満杯の
デネボラの足元から星屑の輝きが噴き出した。
夜空の下では美しいエフェクトではあるが、鍵玻璃の視線は新たに加わった手札のカードに釘付けとなる。
ほんの一瞬だけ、場が静かになった。デュエルを観戦するものたちの頭に疑問符が浮かんだところで、鍵玻璃のプレイが再開される。
「“憧憬の望遠鏡”のスキルで、ルクバーのパワーを別のレギオン1体のパワーと同じにする! デネボラを選択し、ルクバーにパワーをコピーする!」
純白の望遠鏡が鉱山員姿のルクバーを照らし出し、その体躯を大きくしていく。
“ミーティアライダー・デネボラ”、パワー2500。
“マイニングドリーマー・ルクバー”、パワー2500。
“星集めの商人・ベーミン”、パワー1000。
盤面としては悪くない。悪くはないが、返しのターンが少し気がかりではある。
現在の手札は4枚。“流星並走”、“満杯の宝棚”、“スカイハイ・タッチ”。
そして、“星屑の発掘”でサーチしたカード。“
鍵玻璃は下唇を噛み、雑念を振り払うように声高に宣言した。
「バトルだ! デネボラでメェプルシロップを攻撃!」
「“誓いの記念碑”のスキル発揮! 自分の場にレギオンが2体しかいないなら、このターン、全てのレギオンは1回だけ破壊を免れる!」
流れ星に乗ったデネボラの突進攻撃を、メェプルシロップは両腕を掲げてブロックする。
どちらのディケイカウンターも増加しない。レギオンが破壊されていないからだ。
「なら、ルクバーで追撃!」
大きくなったバクが鼻先のツルハシを振り上げ、タイヤのように回転しながらメェプルシロップに突っ込んでいく。メェプルシロップは鋭いアッパーでツルハシを迎え撃ったが、拳を弾かれて爆散。
解恵のディケイカウンターが2に増える。これでウールウールは再び無防備。
しかしウールウールのパワーは1500。ベーミンのパワー1000では越えられない。本来ならデネボラとルクバーで両方とも破壊できていたはずだが、“誓いの記念碑”によって計算を狂わされた形である。
ここでとまるわけにはいかない。鍵玻璃は温存するつもりだった“流星並走”に手をかざす。
「誓願カード、“流星並走”をプレイ! ベーミンのパワーを+500し、新たなデネボラを場に出す! パワー1500になったベーミンでウールウールを攻撃!」
ベーミンは大きなリュックサックを名残惜しそうに見つめたが、意を決してそれをウールウールへ投げつけた。
可愛らしい悲鳴を上げるウールウールに直撃したリュックが、宝石色の花火となって爆発。大切なリュックを失って肩を落としたベーミンが消滅する。
鍵玻璃:ディケイカウンター2→3
解恵:ディケイカウンター2→3
これで互いのディケイカウンターの数が並んだ。
否、鍵玻璃の場には“流星並走”によって現れた新しいデネボラがいる。まだ攻撃していないレギオンが。
「デネボラでダイレクトアタック!」
呼び出されたばかりのデネボラが走り出す。同時に空を流れる星を見つけて飛び乗り、勢いを増してとっさに防御姿勢を取る解恵に体当たりを繰り出した。
青白い爆炎が解恵を飲み込む。弾き飛ばされた解恵は背中からステージに倒れ込んでしまった。
「うっ! ぐぅ……!」
呻く解恵の真上に、モノクロームのハートマークが現れた。中に書かれた数字が3から8に増加する。
レギオンの破壊と違い、プレイヤーに直接攻撃するとディケイカウンターを5増やせる。20にするのはそう難しくはない。
「レリックカード、“満杯の宝棚”を設置。そのスキルで、ターン終了時に誓願カード、“あたたかな贈り物”を手札に加える。ターンエンド」
衝撃を食らった解恵がなんとか起き上がる。その顔は、ゴーグル型デバイス越しでもわかるほどに明るかった。
「えっへへ、やっぱりお姉ちゃんは強いなぁ。楽しいでしょ、デュエルするの」
「こんなことになってなければ、楽しかったでしょうね」
「もう、それはお姉ちゃんがワガママ言うから!」
「こっちの台詞よ……!」
―――けど、別にいい。勝てば流石に
本当のことを言えば、デュエルでもめ事を解決するという
勝つのは、いつも鍵玻璃の方だ。鍵玻璃がデュエルをやめるまで、それはずっと変わらなかった。
「私の要求をまだ言ってなかったわね、解恵。私が勝ったら、あんたはもうワガママ言わないこと。二度とよ!」
「いいよ。お姉ちゃんが勝てたらね!」
解恵は自信たっぷりに言って、ドローした。
長くほったらかしにしたせいで、随分増長させたらしい。
なら今一度わからせる。どっちの方が上なのか。どっちが諦めるべきなのか。
子供の頃の夢は、もう何をしても蘇らないと、この場で叩き込んでやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます