第7話 翻る攻勢!

 入学式会場、校長及び来賓控室。


 VIPの観覧席に集まった者たちもまた、鍵玻璃と解恵の姉妹喧嘩を興味深そうに眺めていた。


 来賓には多くの企業関係者がおり、戯れにアイドルとしてプロデュースするならどうするか、ということを話し合っている。


 和やかながらも真剣味しんけんみを含んだ空気の中で、理事長である初老の男は鋭い眼差しで戦況を見守る。手元のホロウィンドウには姉妹のデータ。入試の成績、入試で使ったカードとプレイングの評価、家族構成、希望学科。


 隣に立つ髪をアップでまとめた秘書官がモノクルを正す。


「理事長、如何なされましたか」


 理事長は無言で、鍵玻璃のデッキデータを見つめた。


 “救世きゅうせい女傑スターメリー・シャイン”。組み込まれたそのカードをしばし注視したのち、彼はホロウィンドウを手で払った。


「いや、なんでもない。今年はスケジュールを少し多めに空けておいてくれ。可能な限り、会食や会議は減らす方針でな」

「承知しました。早速調整に入ります」


 その場でいくつものホロウィンドウを呼び出し、ペン型のデバイスを走らせる秘書を背後に、理事長は姉妹喧嘩に視線を戻した。


 画面内では鍵玻璃の反撃が始まっている。


⁂   ⁂   ⁂


「“ベビーゲイザー・カノープス”を召喚!」


 鍵玻璃きはりの場に小さなドラゴンが現れた。頭にかぶった卵の殻は、どこかプラネタリウムの機材に似ている。


 パワーは僅かに500しかない。だが、重要なのはそこではない。


「カノープスのレギオンスキルにより、手札に誓願カード“星に願いを”を手札に加える。誓願成就、“星に願いを”! 自分のレギオン1体を選び、それよりも奮戦レベルの高いカードをランダムにサーチする。“ベビーゲイザー・カノープス”を選んだなら、さらに“アイディールウィング・カノープス”に変身させる!」


 手を振り上げて、新たな手札を引くと同時に、小さな竜が空へ叫んだ。


 可愛らしい咆哮とともにふわふわの羽毛に包まれた体が光り輝き、2メートルほどにまで拡大。一段と雄々しく美しい姿のドラゴンへと姿を変える。


 “アイディールウィング・カノープス”、パワー2000。奮戦レベル2。


「誓願成就、“スカイハイ・タッチ”! デッキから奮戦レベル1のレギオン1体を場に出し、パワーを+2000する! “クラフトアプレンティス・ポラリス”をデッキから召喚! レギオンスキルで2枚目の“星見の作業台”を場に出して、“煌めく服飾”を手札に加える!」

「ふたつめの作業台……!」

「このターンから、手札に加わる“煌めく服飾”も2枚になった。誓願成就、“煌めく服飾”を2枚! さらに誓願成就、“あたたかな贈り物”!」


 カノープスとポラリスに、それぞれキラキラしたアクセサリーと衣装が与えられる。カノープスはそれに加えてさらなる輝きを得る。2種の誓願カードは、2体のパワーを一気に底上げしてみせた。


“アイディールウィング・カノープス”:パワー1000→2000→3500

“クラフトアプレンティス・ポラリス”:パワー2500→3500


“チアフル・ファンクラブ”:パワー2000

“サイケデリック・ネオンクラブ”:パワー2500


 このまま攻撃してもパワーだけなら打ち勝てる。しかしそれでは全く足りない。


 解恵の場には、レギオンが2体きりの時、1回だけレギオン全てを破壊から守る“誓いの記念碑”。一回ずつの攻撃ではカニモチーフのアイドルコンビを倒せない。


 普通に倒すだけなら、あとレギオンを2体動員すればいい。が、そうなれば解恵のディケイカウンターはちょうど10。向こうも奮戦レベル2となる。


 そうなれば鍵玻璃の不利は決定的なものになる。今、鍵玻璃は追い詰められているのだ。


 ―――追い詰められている? 私が?


 冷静な状況分析の際に浮かんだ言葉が、鍵玻璃きはりの心をささくれ立たせた。


 まさか下手を打てば負けるというのか。解恵かなえに。入学試験もギリギリだった妹に。敗北した末、この儚い希望に満ちた学校に入学すると?


 鍵玻璃はギリッと噛み締めた奥歯を剥き出した。脳裏に蘇るのは、幼い解恵のきょとんとした顔。無数に連なる404 not Foundのスクリーン。殺風景なサンドボックスゲームのフィールド。


 何もかもが、訳も分からぬままに失われたという、落下にも似たあの実感。


 手札に残った“救世きゅうせい女傑スターメリー・シャイン”のカードから目を逸らし、隣のカードに手をかざす。


 ―――そんな風に、なってたまるか!


「“導かれし未来デネブ”を召喚してバトル! カノープスとポラリスで、“チアフル・ファンクラブ”を攻撃!」

「“誓いの記念碑”! “チアフル・ファンクラブ”は一回だけ破壊されない!」


 高く飛んだポラリスが、大きな木槌ごと車輪のように回転しながら殴りかかる。“チアフル・ファンクラブ”は巨大化したポンポンで木槌を殴り返した。


 互いに無傷。元居た場所に着地した“チアフル・ファンクラブ”に、大きな竜影が覆いかぶさる。“チアフル・ファンクラブ”が見上げた先には、大きくなった翼を広げるドラゴンの姿。


 カノープスは“チアフル・ファンクラブ”を睨み下ろすと、天の川を思わせる光線を吐き出した。無数の煌めきを孕んだドラゴンブレスが、“チアフル・ファンクラブ”を消し飛ばす。


 輝かしい衝撃の余波は、両腕で顔を庇う解恵に容赦なく襲い掛かった。


「うわああああああああっ!」


 モノクロームのハートマークが裏返り、カウントを進める。


 解恵:ディケイカウンター8→9


「奮戦レベルが……上がらない! それに……!」

「カノープスのレギオンスキル。誓願カード“見下ろす宇宙”1枚を手札に加え、“満杯の宝棚”のスキルで“あたたかな贈り物”を手札に。ターンエンド」

「くっ!」


 解恵かなえは危機感を募らせながらドローする。


 各プレイヤーは、ディケイカウンターに応じて奮戦レベルを上昇させる。

 0~9はレベル1、10~14はレベル2、15以降はレベル3。奮戦レベルが上がるほど、強いカードを扱える。例えば今の鍵玻璃きはりのようにだ。


 ピンチはチャンス。それがデュエルだ。故に鍵玻璃は、下手に相手を追い込まない。体勢を立て直しつつ、場を整える。


「この瞬間、デネブのレギオンスキルが発動する。お互いのターン開始時、私の奮戦レベルが2以上なら、このレギオンは進化する!」


 古代ギリシャの彫刻を思わせる服装の少女が閃光を放った。

 素朴な白い布地の衣装は、少し現代風味にアレンジされる。少年のような短髪は肩まで伸びて、スタイルも女性的なものに。手には美しい細身の黄金剣。


 変身を終え、剣を一振りした時、そこにいたのは進化した姿だ。


「“輝きの道・デネブ=アルゲティ”!」


 パワー1500。さほど強力なレギオンではない。


 余人であればそう思うだろう。だが、ここから先の展開を、何度も戦い尽くした解恵はよくわかっている。


 鍵玻璃のデッキはバランスが良く、序盤から終盤まで隙が無い。

 一見パワーの低いレギオンを様々な手段で強化するので、単なる力押しでは決して勝てない。それが奮戦レベル3にもなれば……。


 解恵は息を吸って吐く。呼気が少し震えていた。入試の時より緊張している。


 いや、ある意味で、これが解恵にとっての真の入試だ。解恵の夢は、鍵玻璃がいないと始まらない。姉と一緒でないと意味が無い。


 ―――お姉ちゃん。


 胸に手を当てながら、解恵はじっと鍵玻璃を見つめた。

 急に夢を捨てた理由を教えてくれもしない姉を。


 公衆の面前だ、今は問うまい。けれど必ず、口を割らせる。解恵が敗北して離れ離れになってしまえば、その機会は永遠に失われてしまうかもしれない。


 鍵玻璃は深呼吸を続ける妹を見て、苛立たしげに爪先を鳴らした。


「何してるの? 早く続けなよ」

「……うん」


 観客となる新入生たちも、急に動きを止めた解恵に不思議そうな視線をくれている。デュエルフィールドで周囲と隔絶されていても、気配でわかる。


 解恵は己に配られた手札を見た。そして。


「行くよ、お姉ちゃん。ファイナルターンだ!」

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