第3話 認められない、諦められない!

 ライブ配信終了後。

 できたばかりの友人たちとお菓子パーティをしながら、解恵かなえは姉が消えた廊下を一瞥した。


 廊下は薄暗く、鍵玻璃きはりの部屋から何か音がするでもない。荷解きもせず、一体何をしているのだろう。


 口に運んだポテトチップスを噛み砕くでもなく、唇で軽く咥えたまま動かなくなる解恵の肩を派手なツインテールの少女が叩く。


「か~なえんっ。そんな顔してどーしたの? きはりんのこと?」

「えっ!? なんでわかったの?」

「なんでって、ねえ?」


 ツインテールの少女が肩を竦めると、他の友人たちもうんうんと頷いて見せた。


 解恵の顔が赤くなる。そんなにわかりやすかっただろうか。


 疑問を口に出す前に、別の少女が口を挟んだ。


「カナエとはまだ二週間ちょっとの付き合いだけどさ、その間に何回お姉ちゃんトーク聞かされたと思う? お姉ちゃん大好きっ子なのは見りゃーわかるって」

「さっきも、鍵玻璃ちゃん来ないかなーって、廊下の方をちらちら見てたものね」


 訳もなく恥ずかしくなってしまって、解恵かなえはついつい首を縮めた。


 照れ隠しにひと口サイズの菓子パンを頬に押し込むと、グループの中で最も幼いアルビノの少女が、ココアの入ったカップを手に疑問を呈する。


「でも鍵玻璃きはり、本当にデュエルしないよね。ラグナロクにも興味ないって感じだし。授業には出てるけど、部活には入ってないみたいだし」

「うん……」


 むぐむぐと菓子パンを咀嚼しながら、解恵は頷く。


「……昔は、こうじゃなかったんだけどね。お姉ちゃん、とっても明るい人でさ、デュエル大好きでとっても強くて。一緒にアイドルになろうって約束もして……」

「まあ、ウチに入学たってことは、その気はあるんだろうけど」

「あはは……本当は普通のところに行きたいって言ってたんだけど、あたしとお母さんで共謀してこっちに入学させたんだよね」


 後ろ頭に手を当てて告白すると、様々な反応が返ってきた。


 若干引かれ、苦笑され、怪訝そうな顔をされ。友人たちがそうした表情をするのも妥当なことだと考えながらも、未練がましく姉の去った方を見つめる。


 ふと思い出すのは、先月から今日に至るまでのことだ。


⁂   ⁂   ⁂


 三月十二日、肌理咲きめざき家。20:40。


 姉とおそろいのゴーグル型デバイスを身に着けた解恵は、父とデュエルに勤しんでいた。


 レギオンを出来る限り展開し、父が必死で固めた防御を突破。そしてトドメの一撃を叩き込む。


「おりゃあーっ!」


 ARのカードに指を触れ、相手プレイヤーのアイコンへフリックする。渾身の一撃を食らった父の世界、画面の上半分を占領する背景は無惨にひび割れ、プレイヤーアイコンが爆散した。


 華やかなファンファーレ。


「やった、これで十三連勝~!」

「はぁー……また負けたか。解恵かなえにはもう敵わないな」

「えへへ」


 得意げに笑いながら、解恵はデッキ編集画面を開いた。


 前線で戦う者たちのカード、レギオン。

 様々な恩恵をもたらす祈りのカード、誓願。

 設置することで力を発揮するカード、レリック。


 WDDというゲームを構成する三種のカードを、独自のバランスで組み込んだデッキは、解恵の長きに渡る努力と熟考の結晶でもある。


 この世にたったひとつだけある、自分だけの最強デッキ。満面の笑みでそれを見つめていると、風呂上がりの鍵玻璃が声をかけてきた。


「お風呂空いたよ。……まだやってんの?」

「ちょうどいま決着がついたとこ! 聞いてお姉ちゃん! あたし、お父さんに十三連勝した!」

「あっそ。早く入れば」


 タオルで濡れ髪を拭いながら、鍵玻璃はキッチンに行ってしまう。

 そっけない態度を取られてシュンとする解恵を見て、父が声を上げた。


「鍵玻璃、お父さんとデュエルしないか? 高校上がったら、次はいつできるかわからないし」

「いい。解恵と遊んで」

「いや、解恵とは散々デュエルしたから、たまには鍵玻璃もだな……」


 ぎこちない口調の父を、鍵玻璃は黙殺した。

 アイスキャンディーをかじる彼女に、皿洗いを済ませた母が口添えをする。


「遊んであげたら? お父さんも寂しいのよ」

「お母さんが相手すればいいじゃん。っていうか、解恵に勝てないなら私にだって勝てるわけないし」


 容赦のない発言に、両親が顔を引きつらせる。


 事実ではある。鍵玻璃きはりは一家どころかこの近辺では最強を誇り、解恵かなえは姉に一度として勝てたことが無い。


 けど、それを理由にデュエルを断るような人ではなかった。むしろ、自分から積極的に挑んできて、ギャラリーも巻き込んで楽しむようなタイプだったのだ。


 いつから姉は、こうなってしまったのだろう。解恵はアイスの棒を放り捨てる鍵玻璃を見つめ、ソファから身を乗り出した。


「じゃ、じゃあ、あたしとやろうよ、お姉ちゃん! あたしだって強くなったよ! “界雷かいづち”に合格できるぐらい!」

「界雷? ふん。あの程度の入学試験、誰でも突破できるよ。ブランクあった私でも楽に勝てたし、あんなのを倒せたところで、自慢にもならない」


 鍵玻璃きはりはつまらなそうに鼻を鳴らした。


 界雷―――界雷デュエル学院。競技として注目されたWDDのプロを養成する学校の、最高峰。中学部、高等学部、大学部からなるマンモス校で、単純に教育機関として見てもかなりレベルが高い場所である。


 開発、芸能、学術研究。多くの分野で名の馳せる才人を輩出しているが、メインはやはりプロデュエリストの育成だ。なので、当然ながら入学試験の科目にはWDDも含まれる。試験官はプロデュエリスト。並みの実力で勝てはしない。


 だが、頭が煮崩れそうなほど考えてようやく勝利をもぎ取った解恵に対し、試験を終えた直後の姉は、淡泊な反応しかしなかった。


「向こうだって死ぬほど手加減してくれてたんだし、あれに苦労するなら向いてないよ。最高レベルのデュエリスト養成学校って言っても、たかが知れてるよね」

「そ、そんな言い方することないじゃん! っていうか、それならあたしの修行に付き合ってくれても……」

「いいから早くお風呂入りなよ。私はもう寝る。それと、そろそろ荷造りした方がいいよ。私もあんたも春から寮生でしょ?」


 話を遮られた上、露骨に話題を変えられる。解恵かなえはソファの上で縮こまりながら、捨て犬のような目で鍵玻璃きはりをじっと見た。


「……お姉ちゃん、ほんとに界雷に来ないの? せっかく受かったのに……」

「あんたがうるさいから、記念受験してあげただけ。受かってもいかないって、私、言ったよね」

「でもっ、約束……!」


 鍵玻璃は無言で背を向け、黙って事の成り行きを見守っていた母に近づく。

 もう解恵のことなど視界に入れたくないと言わんばかりに。


「お母さん、制服は? まだ届いてないの? それとなんか、入学案内みたいなのは? 入学式の日取りとか、寮の案内とかは?」

「制服は寮に直接送られるって。他はまだ届いてないわね」

「ふーん、そう。じゃ、おやすみ」

「お姉ちゃんっ!」


 さっさと立ち去ろうとする鍵玻璃を、リビングが震えそうなほどの大声で呼び止める。鍵玻璃はうるさそうな顔で振り返り、冷たく吐き捨てた。


「いつまで子供の頃の夢を見てるの。やるならひとりで頑張って。私はもう、デュエルなんてしたくないから」


 鍵玻璃はリビングの扉を閉じて自室へ去った。


 解恵はしょぼくれた顔で俯く。


 一体いつから、何が原因であんな風になったのだろう。


 昔の姉は、よく笑っていた。解恵と一緒に一日中はしゃいでデュエルして、友達もたくさんいて、みんなのアイドル的存在だった。


 しかし、ある日突然、今の性格になってしまった。デュエルを捨て、人間関係もほぼ断って、口数も大幅に減った。物心ついた時からずっと一緒にいた解恵とさえ、あまりしゃべらなくなった。理由を語ってくれたことはない。


 解恵は歯を食いしばり、拳を握る。幼い頃の約束を、ふたりで夢見た将来を、訳も分からず一方的に切り捨てられる。そんなこと、認められない。


「……お母さん」


 母は解恵に頷いて見せる。


 せめて理由を聞くまでは、どうしたって諦められない。


 そうして母は鍵玻璃きはりに嘘を吐き、姉妹そろって界雷かいづちの門を叩かせた。


 入学式の日、壮絶な姉妹喧嘩が起こったことは、言うまでもない。

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