第20話 放課後の恋人の会話 3




 美波の体重を感じる。


(胸当たってる)


 冴子は背中に床の固さを感じながら、そう思った。


「ごごごめん」


 美波は慌てている。


 彼女は体を起こそうとしたが、


「痛っ!」

「えっ!?」

「……髪」


 冴子はそう言って、美波が着ているパーカーのチャックを指差す。


 もつれあった拍子に、彼女の髪がそこに引っかかってしまっていた。


「あっ、ごめっ」

「思いっきり引っ張らなければ平気」

「すぐはずすから」


 美波は謝りながら、チャックから冴子の髪をはずそうとする。


 しかし、深めに噛んでしまっているのか、なかなか上手くいかないようだ。


「うぅ~」

「慌てないでいいわよ」

「ごめん。髪痛んじゃうよね」

「気にしないで」


 アゴを引いて、見づらい手元を見ながら四苦八苦する美波。


(本当に気にしなくていいのに)


 冴子は美波の前髪を見つめる。


 それから少し……考える。


 このまま黙っていても別にいいが、それはよい選択だろうか?


 ここが学校で、彼女が級友であれば、ミスは慰めるかフォローすればいい。


 なぜなら私は委員長だから。


 けれど今はそのどちらでもない。


 なら、どうすべきだろう……と、考え……やっぱり、何か話すことにした。


「ねぇ、美波さん」


(適当な話題……)


「何もしないの?」

「へ?」


 美波が手を止め、顔を上げる。


「えっと……どゆこと?」

「私たちは恋人で、美波さんのご両親は共働きなのよね?」

「う、うん……」


 美波は尻すぼみになりながら、小さく頷く。


「今日誘われた時はてっきり、そういうつもりなのかと思ったんだけど」

「……!」


 美波が息を呑むのを冴子は見た。


 彼女の言いたい「何か」が何なのか察したらしい。


「……」


 冴子は視線を下にズラす。


 それから彼女は指を伸ばし、美波が散々苦労していた髪を引き抜いた。


 何本か切れた音がしたが、何度も言うように、冴子は気にしない。


 そのまま彼女はその指で美波の前髪を払い、目を合わせる。


「いーんちょは……その……いいの?」


 美波は頬を紅潮させ、尋ねてくる。


 冴子は心の中で、いいも何も、と思いながら、


「美波さん次第ね」


 と、答える。


 それから何秒か、何十秒か経って――冴子の体に、先程までよりも重たく、美波の体重が覆い被さった。



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