第9話 実りの多い勉強会でした(勉強以外)




 とりあえず、ベッドから下りて正座した。


「で? 何が違うの?」


(いーんちょ圧やばっ……!)


「えっと……どこでも座っていいって言ってたから」


 美波は目を逸らしつつ答える。


「適当にとは言ったけど、どこでもとは言ってないわ」

「はい」

「あと明らかに寝てなかった?」

「……はい」

「何でそんなことしたの?」

「その……出来心で……」

「そう」


 冴子は飲み物の載ったお盆をテーブルに置き、俯く美波のあごに手を添える。


 そのままクイッと上を向かされ、美波は彼女と強制的に目が合った。


「悪い人ね」

「……!」


 怒られているのに、冴子の視線になぜだかドキッとしてしまう。


「勝手にベッドを使われるのは、さすがに恥ずかしいわ」

「ご、ごめん」


 胸をドキドキさせながら、美波は素直に謝る。


 すると、冴子はほんの少し目を逸らして、


「その……」

「……?」

「変なにおいしなかった?」


 そう尋ねる冴子の頬は、ほんのりと赤らんでいた。


(怒るいーんちょも恥ずかしがるいーんちょも超好みなんですけどーーーー!)


 たまらぬレア顔の数々に、思わず心の中で叫ぶ。


「ダイジョーブ! すっごいいい匂いだったよ!」

「そんな力説されると余計恥ずかしいわ」


 冴子は美波から手を離す。


 それから彼女はテーブルの反対側に、座布団を敷いて腰を下ろし、ノートと教科書を広げ始めた。


 と、彼女が再び顔を上げ、


「何してるの? テスト勉強しにきたんでしょ?」

「あっ、うん!」


 慌てて美波も鞄から筆記用具とかいろいろ取り出す。


「苦手な教科は?」

「えっとー現国とー古文とー英語とー歴史とーあとー」

「何で文系クラス選んだの?」

「だって数学嫌いなんだもーん」


 凄い呆れた目で見られた。


「……まあいいけど。じゃあ、とりあえず英語で苦手な範囲は?」

「……」

「どうしたの?」

「えっと、テスト範囲どこからだっけ?」


 物凄く呆れた顔をされた。


 それから冴子はパタンと自分のノートを閉じ、美波の隣に移動してくる。


「えっ? どしたの?」

「横で教えた方が早そうだから。ほら、試しにここの例題やってみて」

「う、うん」


 言われてやり始めはするものの、隣の冴子が気になって全然手が進まない。


「もしかして、そこも分からない?」

「それもそうなんだけど……」

「けど?」

「いーんちょ、いい匂いするから」

「……」


 さすがにスリーアウトと思われたのか、ペチンッと額を叩かれた。


 その日はそのまま、時々彼女に呆れられながらも数時間勉強した。


「今日はありがと、いーんちょ。お陰で頭よくなったかも」

「まだまだ全然範囲終わってないけどね。まあ、今日はもう遅いから、続きはまた今度」


(また来ていーんだ!?)


 結構やらかした感触があるので、彼女の方からそう言ってくれるのは意外だった。


 こっそり美波は喜んでいると、ふとリビングから中学生くらいの女の子が出てくる。


「あれ? お姉先帰ってたんだ?」

「友香こそ。おかえり」

「ただいま」


(妹さんかな?)


 美波がつい友香をじっと見ていると、あちらもこちらに気づいて驚いた顔をした。


「えっ? もしかして、その人」

「?」


 何だろうと思って美波が首を傾げていると、友香は目を輝かせる。


「ねぇねぇ、その人がこの前言ってたお姉のカノジョ?」

「!」


 家族に「カノジョ」と言われ、胸の辺りがキュンッとなる美波。


「はい! そうです!」

「まだお試し中よ」


 即座に冴子の訂正が入る。


 しかし、友香はニヤニヤしていて、


「え~? でもこの前はお試しが取れるまでは、家に呼ばないって言ってなかった?」


 その揺さぶりにも冴子は動じず、


「家に呼ばないとは言ってないわ。ただ紹介するって言ったのよ」

「もう会っちゃったじゃん。ですよね、カノジョさん」

「あ、はい!」


 話を振られ、思わず背筋を伸ばす美波。


「あっ、自己紹介。私、友香って言います」

「私は美波。よろしく、友香ちゃん」

「こちらこそお姉をよろしくお願いします」


 深々と頭を下げる友香。


 そのお辞儀はちょっとわざとらしかったけど、いい子なのは間違いなさそうだった。


「ほら、もう美波さん帰るから。いつまでも引き留めないの」

「はーい。バイバイ、美波さん」

「うん、バイバイ。いーんちょも、また明日ね」

「ええ」


 そうして、美波は冴子の家をあとにする。


(今日はいーんちょの顔いっぱい見れてよかった~)


 それに部屋にも入れたし、ベッドも。最後は妹さんにも挨拶できた。


 なんだかんだ終わってみれば、収穫の多い一日だった気がする。


 肝心のテスト勉強のことは、正直あんまり記憶に残っていなかったのだけれど。


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