第8話 お家デートでまずすること




 放課後。冴子の家。


「適当に座ってて」

「う、うん」


 冴子に部屋に通され、美波は珍しくキョドるような返事をした。


「飲み物持ってくるわ。希望ある?」

「あっ、じゃあ、冷たいの」

「冷たいのね」


 冴子は小さく頷くと、美波を残して一階に戻っていった。


「……」


 彼女の部屋に残された美波は、改めて室内を見回す。


(うわ~参考書とかある。いーんちょエラ~)


 何が偉いのか自分でも分からない感想を抱きながら、美波はついキョロキョロしてしまう。


 実に挙動不審だが、それも仕方ない。


 だってお家デートだ。


 勉強会と言う人もいるが、美波的には誰が何と言おうとこれはお家デートだった。


 正直、バチクソにビビってる。


 いや、でも、だってそうじゃない?


 勉強教えるだけなら教室でも、図書室でも、いくらでも選択肢はある。


 なのにいきなりの家。


(まさかいーんちょから誘ってくれるとは思わなかったし)


 しかも部屋にも入れてくれたし。


 てか、めっちゃいい匂いがする。


 アロマかな?


 軽く探してみると、案の定あった。


「いーんちょもアロマ焚くんだ~」


 あんまりそういうイメージなかったけど、うん、いいと思う。


「あっ!」


 そこではたと気づく。


 時々、冴子の制服から香っていた匂いの正体これだ!


 香水するタイプじゃないし、それに匂いも薄らとだから、何だろうと思っていた。


 アロマの匂いが制服に移っていたのだ。


 またひとつ冴子のことを知れた。


 明日学校で麗に自慢(?)しよう。


「……!」


 その時、冴子は閃く。


 いや、閃くも何も、それ自体は最初から視界に入っていた。


 単に、その発想が天啓のように今降って湧いたという話だ。


 彼女が凝視しているのは、冴子のベッド。


 普段、彼女が寝起きしている聖域を見つめながら、美波はゴクリ……とノドを鳴らす。


 適当に座ってて。


 冴子は確かにそう言った。


 つまり、あのベッドに座っても許されるのでは???


 いやそんなさすがに。

 でもいちおうカノジョだし。


 頭の中で矛盾する意見が行ったり来たりするが、気がつけばフラフラと美波はベッドに吸い寄せられていた。


 ちょこん。


 気がつけば、極力音を立てないようにして、彼女はベッドに腰を下ろしていた。


「……」


 一度ラインを超えると、なんかもう歯止めがなくなってくる。


 ばすんっ


 すぅーーーーふぅーーーーーすぅーーー


「……はっ!?」


 無意識にベッドに横になって深呼吸していた。


 イケナイことだと脳内で警告するサイレンが鳴っているが、体を起こすことができない。


 まるで重力が十倍になったようだ。


 おのれ重力め。


 全部地球が悪い。


「……やば」


 美波はもう一度深呼吸する。


(めっちゃいーんちょに包まれてるみたい)


 デートはしたけど、まだ冴子とハグしたことはなかった。


 もし彼女と抱き合ったら、こんな感じなんだろうか?


 今でさえ頭の芯がじぃんとするのに、本物とくっついたら、自分は一体どうなってしまうんだろう……。


 なんて、美波が幸せな妄想に浸っていると――静かな音を立てて、部屋のドアが開いた。


 飲み物を持って戻ってきた冴子は、ベッドに寝転んでいる美波を見て首を傾げる。


「……何してるの?」

「いやっ! ちょっ! ああああのこれはいーんちょ違っ! 違うの~~~!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る