第5話 今はほかにお洒落をする理由がないから
ブティック・表通り店。
「いーんちょって好みとかあるん? 私的にはブルベ冬かなーって思うんだけど」
「ブル……ベ?」
「ん~オッケー」
首を傾げる冴子に美波は頷く。
「スカートとパンツどっち派?」
「う~ん、パンツかな? 動きやすいし」
冴子は悩みながら答える。
「いーんちょ脚長いもんね」
「そう?」
「うん。スラッとしてて綺麗」
頷く美波。
冴子はジッと彼女を見て、
「私の脚なんて、いつ見てたの?」
「えっ。そりゃ体育~とか?」
美波は軽く目を泳がせる。
「美波さんは、授業中にクラスメイトの脚を見てたのね」
「そんな人をヘンタイみたいにっ!」
美波は慌てる。
「言っとくけど、私が見てたのはいーんちょの脚だけだから!」
「それ、私からしたらヘンタイに変わりないんだけど」
冴子はますますジト目になる。
彼女に睨まれ、美波は指をツンツンしながら、
「私のは純愛だからセーフ……ってことにならない?」
と、上目遣いにお窺いを立てた。
冴子はしばらく沈黙を挟んだあと……ふっと笑う。
「冗談よ」
「え~~! も~~!」
美波は驚き、ついでホッと脱力する。
(いーんちょ、冗談とか言うんだ)
知らなかった一面を知って、少し嬉しくなる。
「じゃあ、気を取り直して、服選ぼっか」
「ええ」
美波と冴子はあれこれと手に取っては、店内を一緒に見て回る。
「服っていろいろあるのね」
「そりゃそうだよ~」
「分かってはいるつもりだったけど、改めてこの中から自分のを選ぶとなると、目が回るわ」
冴子はお手上げとでも言いたげに肩を竦める。
「ん~。とりあえず、今日は自分用に好きなの選べばいいんじゃない?」
「自分用って、服は元々自分が着るものじゃない?」
「そうだけど~、ファッションって自分をアゲるのと人に見せるためのがあるでしょ?」
美波は何気なく言ったつもりだが、冴子には驚いた顔をされた。
「そういうものなのね……」
冴子は少し考える素振りを見せたあと――ふとハンガーラックからある商品を手に取る。
「え? いーんちょ、それ?」
「ちょっと試着したいから、見てくれる?」
「う、うん」
美波は戸惑いながら頷き、ふたりで試着室へ移動する。
冴子がカーテンの向こうに消えて数分後、再びカーテンが開く。
「――どう?」
そう言って感想を求める冴子は、春物の短いスカートを穿いていた。
「に、似合ってるよ」
先程までは一切見えなかった彼女の太もものドギマギしつつ、美波はコクコクと頷く。
「でもいいの? いーんちょ、パンツ派じゃなかったっけ?」
「別に、そこまでこだわりがあるわけじゃないし」
冴子はそう言ったあと、急にイタズラっぽく微笑む。
「それにどうせなら、美波さんを喜ばせたいしね」
「……!」
(私のためにスカート選んだってこと!?)
思わぬ不意打ちに美波はカァ~ッと顔が熱くなり、ニヤつきそうになる口元で手で押さえた。
「わ、私別に脚フェチじゃないからね!」
「あら、そうなの? じゃあやめる?」
「待って! いーんちょのイジワル~!」
試着室で大騒ぎしたため、その後店員さんに注意された。
それから冴子はスカートと、それに合うものを美波に何点か選んでもらい、会計に向かう。
「お支払いは×××××円になります」
「カードで」
冴子はキャッシュカードで支払いを済ませる。
「いーんちょカード持ってるんだ」
「……ええ。親に持たされてるの」
買い物を終え、ふたりが外に出た頃には、だいぶ陽が傾いていた。
「そろそろ帰りましょうか」
「そだね」
本当はまだ遊んでいたかったが、美波は頷いた。
(いーんちょの家って門限とかありそうだもんね)
ふたりは駅で電車に乗り、地元に帰ってきた。
「ン~~遊んだね~」
駅から外に出て、美波はうんと伸びをする。
「今日は楽しかった~」
「ええ、私も」
頷いた冴子の横顔を、美波はチラリと見やる。
「それじゃあ……本当の恋人になってくれる?」
「え?」
「ほらっ、だってまだお試しなんでしょ?」
「ああ、そういえばそうね」
冴子はしばし考えたあと、
「まぁ、まだお試しでいいんじゃない?」
「えぇ~!」
「まだ一回デートしただけだし」
冴子の返しに、美波はぐぬぬと不満げに頬を膨らませるが、
「じゃあ、もっとデートしよっ! そしたらお試しじゃなくなるかもでしょ?」
前向きな彼女の反応に、冴子は小さく頷く。
「いいわよ」
「やったー!」
あっという間に上機嫌になる美波。
冴子もそれを楽しそうに見つめている。
こうしてふたりの最初のデートは、無事に終わりを告げた。
「それじゃ、また学校でね。いーんちょ」
「ええ、また学校で。美波さん」
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