第2話

「いらっしゃい」


 私たちが店内に入ると、カランコロンと軽快な音が喫茶店の中で流れる。

 どうやらラークの言った通り、貸し切りにしてくれているみたいで、奥のテーブル席に『海岸寺かいがんじ御一行様』と書かれた、札が置いてあった。


「おやおや、意図せず苗字がバレてしまいましたね」


「まあ、私たちの仲だし、見なかったことで」


 ネットで本名が垣間見えても、見て見ぬふりをしてあげるのが友達というものだろう。

 さて、せっ太の事情もあって、こうして人気の少ない場所まで来たわけだが、当のせっ太はというと、すこし恥ずかしそうにもじもじしていた。


「どうした、せっ太」


「い、いえ、改めて顔をお見せするとなると、少し緊張して……」


「大丈夫、見せたくないならそのままでいい」


 らきすとが少し笑顔を見せて、せっ太に話しかける。

 まあ、顔を見られたくない人も世の中にはいるもんね。

 私とて、すっぴんは極力妹にも見られたくないぐらいなのに。


 前は風呂中に妹が乱入してきて、私の顔を舐めてきた。すこしスキンシップが激しいような気もする。


「いえ、ここまで来たら、皆さんに顔をお見せします」


 そう言い、せっ太はつけていたサングラスとマスクをはずし、ニット帽も外す。

 ニット帽のなかから、どこにしまわれていたんだと、思うくらいの長髪がでてきて、せっ太はカバンの中からピンクの大きなリボンを取り出し、ハーフアップに結び始める。


 少し時間をかけて、準備ができたのか、顔をこちらに向けてくる。

 するとそこには、どこか見覚えのある顔がそこにはあった。

 まてよ? 見覚えがあるってどころの話じゃないんだが。


「え? ちょ、まって? うそ?」


「こ、これは驚きましたね」


 話は変わるが、今、アイドル業界が大変にぎわっていると聞く。

 理由は、二人組ユニットアイドル、まいみーぺあの登場からだそうだ。

 テレビに疎い私でも知っている超人気ユニット、まなみとゆか。

 出てきた当初から『奇跡のユニット』として世間をにぎわせている。

 出した最初のシングルは飛ぶように売れ、何かのランキングで首位を独占するなど、素晴らしい活躍をしている、まいみーぺあ。


 その、ユニットの一人、高瀬たかせまなみが私たちの目の前に立っていた。


「え? やだ? 可愛いんだけど」


 らきすとが口元に手を当てて、可愛らしく驚いている。


「まさか、最後のフォロワーがアイドルとか、なんだこれ?」


「ははは、まるでアニメのようですね」


「あうう、あんまり見ないでください……」


 恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして恥ずかしがるせっ太。

 流石現役人気アイドル、そのしぐさそのものが、すべてかわいいで構成されている。

 これには、らきすと程ではないが、私もぐっとくるものがある。


「あ、ああああ、あの、い、いいい一緒に写真とかって……」


「おお、待て待てらきすと、距離詰めすぎ詰めすぎ」


 その場でガタガタと震えだした、らきすとがせっ太に向かって、詰め寄る。

 まさかこいつ、まいみーぺあのファンなのか?

 せっ太が少し怯えている様子だったので、すぐに私が制止する。


 ──ー


「ご、ごめん、少し興奮した」


「興奮したってどころの話じゃなかったような気がする」


 だれだって、こんないかついお姉さんに詰め寄られたら、怯えるものだ。

 らきすとは反省したのか、しょんぼりしている。

 いちいち、行動がかわいいなこいつ。変態のくせに。


「い、いえ! らきすとさんがまさかまいみーぺあを推してくださっていたとは感無量です!」


 そして、キラキラアイドルオーラ全開で、こちらに笑顔を向けてくるせっ太。

 ぐお、笑顔の波動で吹っ飛ぶところだった。実際、らきすとは椅子から転げ落ちている。


「あの、店内で暴れないでくださいね?」


 ラークが苦笑いで軽く窘めてくる。

 そうだぞらきすと少し自重しろ。


「しかし……まぶしいですね」


「ああ、気持ちは分かるぞ、まぶしすぎて直視できねぇ」


 らきすとの変態的行動も意に介さず、それどころか屈託のない笑顔をこちらに向けてくれる。

 なんだ? 天使か?


「ああああ、生きててよかった」


 らきすとがせっ太に向かって拝み始める。

 おお、やめとけ。


 ──ー


「それで、その時あかりがな」


「はい! わかります! あのシーン、すっごく尊いですよね!」


「あのシーンは神」


「不覚にも涙しましたねぇ」


 らきすとが時間をかけ、落ち着き、普通に話せるようになり、各自飲み物を頼んで、わんかにの話になっていた。

 各々が、素晴らしいシーンについて語り合い、同意する。

 いつもSNSでやっていることだが、リアルでこれをやるとなぜだかすごく楽しい。


「それで、しずくがね」


「はい、恋叶わず、あかりの幸せを願う姿には感動しましたね」


「しずくはツンデレすぎる。もっと素直になっていたらあの勝負は分からなかった」


「なんと! あのツンデレがいいのですよ!」


 ラークがそういうと、カバンのポーチから厳重に保管された、しずくのアクリルフィギュアが出てくる。


「私の推しなので肌身離さず持っています」


「ラークはしずくの事大好きだよな」


 正直、ナイスミドルのラークがアクリルフィギュアを笑顔で持っていることに違和感を感じるが、本人がめちゃくちゃ幸せそうなので良しとしよう。


「なにか、理由でもあるんですか!?」


「ん、僕も聞きたい」


「ああ、理由というほどでも無いのですが、しずくが私の妻に似ておりまして」


 なんとラークのやつ、既婚者であった。

 なるほどリア充というやつか、爆発しろ。


「理由が少し生暖かくて気持ち悪い」


「ちょ! らきすとさん!」


「おおお! お前! ちょっと私も思ったけど正直にそれ言っちゃう!?」


「マイセンさんも思ってたんですね……」


 そ、そりゃあね?

 まあ、考え方っていうのもあるし? 人それぞれの推し方っていうのがあってだね。

 だめだ……言い訳を連ねれば連ねるほど、だめな言い回ししか思いつかない。


「まあ、いいですが、年齢関係なく、友達として軽口を叩ける存在というのは希少ですよ」


「ラークがそう言ってくれるのなら……」


「ごめん、ラーク、言い過ぎた」


 ──ー


 こうして、貸し切りにした喫茶店の中で、話が弾む私たち。

 途中、らきすとが持ってきたタブレットで絵を描き始めて、それを興味津々で三人が覗き込むこともありつつ、時間が過ぎていった。

 ネットでも思ったが私たちは相性がいいらしく、リアルでもネットと同じように話し合えたと思う。


 今思えば、特徴もない女、バンギャ、おじさん、アイドルという、私の想像していたメンバーと違うが、それは紛れもなく、いつものメンバーでこれから長く付き合うことになりそうだと私は思った。


 らきすととは毎週のように会ってもいい。

 こんな面白い女はほかには居ないだろう。


 そんな感じで、オフ会はそろそろ終わりを迎えることになる。


「いやーそろそろ外も暗くなってきたし、お暇しますか」


「ええ、そうですね、私も家に帰らなくては」


「ん、少し話し疲れた」


「……この人たちなら」


 各々が帰り支度をしている中、せっ太は何か意を決した表情をして、私たちに向き直る。


「あの、皆さん! ちょっといいですか?」


 なんだろうか、めちゃくちゃ真剣な表情をしているけど……。


「皆さん、私がこのオフ会を開催した理由をお話ししたいんですけども……」


 私たちは真剣な表情をしている、彼女を見て、一旦支度を止め、席に座る。

 奥のほうでマスターが居心地の悪そうな感じを出しているが、許せ。現役アイドルの真剣な顔だぞ、めったにお目にかかれるものでは無い。


「実は、私には友達が居ないんです」


「え?」


 友達が居ない? 何言ってんだこの子、今をときめくアイドルがこんな悲しい、宣言をしたことに脳が若干フリーズする。


「なので、なので!」


 せっ太の声に力が入る。


 緊張しているのか汗も少しかいている。


 そして、大きな声で、私たちにこう言った。




「私も、わんないとかーにばる! のように友達を作って、キラキラした青春を送りたいんです!」



 この一言で、青春を家族のために費やした者。過去に仲間に裏切られた者。最愛の人を亡くし悲しみに打ちひしがれていた者、そして、立場ゆえに皆から敬遠されて友達が作れない者たちによる、少し遅めの青春が幕を開けるのだった。



 いや、まだ概要はわかんないけどね?

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