第2話 隣に誰かいる!
ところで、僕の家の隣は、しばらく空き家だったのだけれども、最近、誰かが住んでいるのではないかと言ううわさが、近所中に広まった。
「いえね、お宅のお隣でね、誰かの物音がするって、それはもう評判なんですよ。」
スピーカーというあだ名の隣向かいのおばさんが、うちの玄関先でそんな話をしに来たが、うわさの発生源はこのおばさんではないかと思う。
「敏行、聞いたことある?」
と、お母さんに聞かれたが、「知らない。」と、僕は答えた。
それで次の日、僕は祐介を誘って、隣の家の探検に行った。行ったと言っても、すぐ隣だ。
隣の家は、黒い板塀で囲まれていて、松の木が板塀の上から覗いている。
表札はかかっていない。
恐る恐る木製の門扉を開けたが、人の気配は無い。
玄関であいさつをしようと思ったが、それでは探検にならないのと祐介が言うので、黙って横手の庭に回って、縁側から中の様子を伺った。
障子が少し空いていて、部屋の中が見える。
祐介は大胆にも、靴を履いたまま四つん這いになって縁側を進んで行き、障子をもっと大きく開けた。僕も祐介に続いて四つん這いになって進んで行った。
部屋の中には何も無かった。空き家なのだから、何も無くて当然かと思った。
『グアラー!』
大きな音が響いて、何も無いはずの壁一面に、突然化け物の顔が現れた。
僕と祐介は、「うわー!」と、めちゃくちゃに驚いて逃げ出し、縁側から転げ落ちた。
「ふあっ、ふあっ、ふあっ、他人の家に無断で上がり込むとはけしからんな。しかも土足とは、ますますけしからん。」
起き上がると、白髪でオールバックの髪型をしたじいさんが、いつの間にか庭に立っていた。背の低い人だった。
口の回りに立派なひげを蓄えていて、白い服に朱色のちゃんちゃんこを羽織っており、裸足で高下駄を履いていた。
「すみません!ごめんなさい!」
僕たちは、とても悪いことをしたと感じて、懸命に謝った。
「ふあっ、ふあっ、ふあっ、初めての客人なので許してやろう。しかも元服もまだの若者じゃしな。では、ひとまず相撲を取ろう。」
そう言って、じいさんは高下駄を脱いだ。下駄を脱ぐと、じいさんはますます低くなった。
『なんで、いきなり相撲何だろう。しかも、さっき見た壁一面の化け物の顔は何だったのだろうか。』
と、僕は奇妙な展開に戸惑っていたが、祐介は「うおー!」と叫んで、じいさんにいきなりとびかかって行った。祐介は無鉄砲だ。
しかし、じいさんの姿はぱっと消え、目標を失って前のめりにつんのめった祐介は、じいさんに後ろからぽんと背中を押され、地面にへばりついた。
僕は、はたで見ていてびっくりしたのだが、じいさんはその時、素早く高くジャンプして、祐介の体を飛び越えたのだ。まるで忍者のようだった。
「うおー!」と、ムキになった祐介は、起き上がるやいなや、またじいさんにとびかかって行った。
今度は、祐介がじいさんに体当たりをかましたと思ったが、じいさんが少し体をずらすと、祐介は、ごろんごろんごろんと転がされてしまった。
ますますムキになった祐介は、また「うおー!」と叫んで、破れかぶれでぶつかって行った。しかし、じいさんが半身になって肩をぐいと突き出すと、祐介はふっ飛ばされて、仰向けになって倒れた。
「うわぁー!」と僕も何だかわけが分からず興奮してしまい、祐介の敵とばかり、じいさんに頭突きをかまそうと突撃した。
しかし、じいさんが僕の頭を片手で受け止めると、僕は金縛りにあったように、ピクリとも動けなくなってしまった。
そして、じいさんがすっと手を放すと、僕はくるりと一回転して仰向けに倒れた。
「ふあっ、ふあっ、ふあっ、楽しかったぞい。二人とも元気じゃな。」
じいさんはうれしそうに笑って、縁側に腰かけた。
「じいさん、強いな!じいさんは横綱だな!」
と、祐介もうれしそうにじいさんの隣に腰かけた。
「ああ、河童もよく相撲を仕掛けてくるが、あんなのは屁のカッパじゃ。うむ、そうじゃな、ヨシツネはすばしっこくて強かったな。」
と、じいさんは目を細めた。
「ところで、お前さんたちは酒をもっているか。」
と、じいさんが唐突に妙なことを聞いた。
僕は、うちの親は冷蔵庫に何本か缶ビールを置いている、と答えた。
祐介は「酒は嫌いだ。」と、ぽつりとつぶやいた。
じいさんはまた、「ふあっ、ふあっ、ふあっ。」と笑って、
「では、カブトムシは好きか。」と、また突然に話題を変えた。
「うん、好きだ。」と、祐介は嬉しそうな顔になって答えた。
「では、明日も遊びに来い。」
「うん、絶対行くよ!」
祐介はじいさんのことを好きになったようだ。
次の日、僕と祐介がじいさんの家に遊びに行くと、庭の様子がずいぶん変わっていた。
松の木の隣に、クヌギの木が立っている。その近くに大きな池がある。
『あれ、こんなクヌギの木あったかな?こんな池あったかな?』
と、僕はすごく不思議に思ったのだが、祐介は、
「すっげえ!カブトムシだ。クワガタもいる!」
と言って、クヌギの木を悠然と歩いている大型の昆虫に見入ってしまった。
僕も、その立派なカブトムシやクワガタには魅了された。
こんなの見るの初めてだ。
祐介は飽きもせず、昆虫たちをずっと見ている。
僕は、池の方に目をやった。
「うわっ!カナブンが泳いでる!」
僕は水草のそばに漂う虫に驚いたが、祐介は、
「何言ってるんだい、それゲンゴロウじゃないか!」
と言って、クヌギの木から池の方に目を転じた。
「あ、タガメもいる!」
と祐介は、キラキラした目で池の中を見つめた。
「気に入ったか。」
と、じいさんが嬉しそうに言った。
「じいさん、これどうしたんだ。」
祐介が尋ねると、
「今朝、山から採ってきた。」と、じいさんは答えた。
すごい行動力のあるじいさんだと思ったが、
『クヌギの木と池は確かに昨日はなかったはずだ』と、僕は不思議でしょうがない。
祐介は、そんなこといっこうに気にしていないようだ。
祐介は夕方薄暗くなるまで、じいさんの庭をずっと見ていた。
じいさんはいつの間にか、縁側に寝そべって肩肘をついて、盃で酒を飲んでいた。
「明日も来ていいか。」
「ああ、いつでもいいぞ。」
それから僕と祐介は、毎日のようにじいさんの庭に遊びに行った。
クヌギや池の昆虫をずっと観察したり、相撲を取ったり、双六をして遊んだ。
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