第12話ラスタン襲撃編①

 俺が異世界に転生して1年が経過した。1歳になった俺は言葉が話せるようになり、最近では「ママ」「にゃんにゃん」という2つの単語を連呼している。実際は普通に会話が可能なのだが、孤児院のシスターが腰を抜かすといけないので控えている。話せないフリを続けると言うのも難儀である。


 俺が世話になっている孤児院はマリアンヌ聖教の教会が運営している。1500年前に現れた聖女マリアンヌを宗祖とする宗教で、大陸全土で信仰されている。人は神の子であり、魔族は神の敵、すなわち人間の敵という教えを軸に、愛と和合の精神を説いた尊い宗教である。

 かくいう俺も、孤児院に入った翌日に聖水で清められ、洗礼を受けて信者となった。5歳になると、もれなく信者の証であるネックレスがもらえるらしい。



「あら、すごい! もうそんなに歩けるようになったの? ダークは頑張り屋さんねぇ」

 シスターが俺を抱き上げて褒める。

「ママ、ママ」

「よしよし。ご飯にしましょうね」

 

 俺の世話を焼いてくれているのはシスター3年目のシャーロット・テイラーである。「ダーク」という名前もシャーロットがつけてくれた。瞳の色が黒いからという安直な理由だが、俺はけっこう気に入っている。

 まだ18歳の娘だが、しっかり者で仕事熱心だ。そして信仰心があつい。


「ちょっとぉ、シャーロット。本物の母親みたいになってるよ。まだ若いんだからさ。子供の面倒ばかり見てると、男が寄ってこないよ」

「マチルダ、子供の前で不謹慎よ。それに神様が見てらっしゃる。神様に聞かれて恥ずかしいことは、口にしないことよ」

「シャーロットはホント真面目なんだから」

 マチルダが呆れた顔で見つめる。


 マチルダはシャーロットと同期のシスターである。シャーロットと対照的にずぼらですぐ仕事をさぼろうとする。男の話が大好きで、休憩時間は先輩シスターと話し込んでいる。

 年頃の娘だから異性に興味を持つのは分からなくないが、下品さが鼻につく。


 少しはシャーロットを見習え。


「ねぇ、知ってる? 騎士団がラスタンに来るって噂よ」

「どこの騎士団?」

「聖教騎士団に決まってるじゃない」

「ふーん。聖教騎士団がこの町にね」

 シャーロットは俺に離乳食を与えながら、興味がなさそうに答えた。

「運命的な出会いがあるかもぉ。綺麗にしておかなくちゃ」

「派手なお化粧は禁止。自然に見えるメイクが規則よ」

「もぉ、ホントお堅いんだからぁ」

 マチルダはつまらなそうに言うと、先輩シスターに話を振りに行った。


 マリアンヌ聖教ではシスターの結婚を許している。聖女マリアンヌ自身が既婚者であり、2人の子供の母親であったことが理由だ。結婚し、子供を持つことは神が大いに祝福してくださると教えで説かれている。そのおかげで、男に色目を使うシスターも多いらしい。聖教騎士団のエリート兵士との出会い目的でシスターを志す娘もいるほどだ。

 

 シャーロットは華やかさの無い地味な娘だが、顔立ちも整っていて笑顔を絶やさない明るい子だ。

 将来、誠実で優しい男性と結婚し、子宝に恵まれ幸せになってもらいたい。


 シャーロットに離乳食を食べさせてもらいながら、俺は父親みたいな思いを抱いた。


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