第6話

 水浴びの後にボロのドレスを宛がわれたというのに、汚く薄暗い部屋でご機嫌で居るラファ。ルチナもまた首を傾げつつ、彼女を見る。喜ぶような理由は何一つ見つけられない。


「お嬢様、夕食のご用意が出きておりますのでこちらへ」


「ありがとう、今行くわ」


 食事を誰かに用意して貰ったことなど皆無、二階から階段を降りて食堂として使われている部屋に向かう。食堂と言っても貴族用の場所なので、他に誰かが居るわけでもない。大きなテーブルにたった一つだけ椅子が置かれていた。ルチナは椅子を引いてやるわけでもなく、黙って突っ立っている。


 そんなことは気にせずに、ラファは自分で座って背筋を伸ばして待つ。するとキャスター付きの台車を押してメイドが料理を運んできた。だが顔色は優れない。目の前に並べられたのは、冷めたスープのような薄い色の液体に、クズ野菜が僅かに入っているものと、乾燥して固くなったパンが二つだけ。


「いただきます」


 ラファは迷わずにパンに手を伸ばすと、パクっと口にする。もごもごと咀嚼すると、水のような薄いスープをスプーンで一口。満足そうに交互に口に運んでいる。


 ルチナが部屋の隅で「あんな下級使用人でも食べないようなものをどうして?」まゆをひそめて様子を窺っている。自分なら絶対に手を出さないようなレベルなのに、なぜ子爵令嬢が? との疑問で一杯だ。


「ごちそうさまでした」


 綺麗に平らげると鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で席を立った。メイドも不思議そうに食器を片付けているではないか。今までは腐った野菜を茹でたり、そこらの雑草を口にしていたのだから、まともな食事が出来たとラファは思っているわけだ。


 ご自由に、との話だったので、その後は別邸の庭を散歩することにしたらしい。ぐるっと一周してみようと歩いていると、裏庭の菜園が見えて来た。人影があったので近づいていく。


「こんにちは。あらこの葉、見事な張り艶ですね! トゲもびっしりで、厚みも。こちらなんて凄く濃い色!」


「ははっ、そう言って貰えると嬉しいね。これはオイラが育てているんだ」


 白髪頭の初老の男性が、作業着で膝をついたまま見上げて来る。屋敷には居なかった顔の娘、身なりはあまり良くはない。どこかのメイドが主人のお付きでやってきているのかなと勝手に想像する。


「そうなんですね。この土もふかふかで、ミミズも沢山いるわ。とても良い畑ですよね!」


 土を両手ですくってみてそんなことを言った。触るのを嫌がる女性が多い中で、ミミズの評価までされると気分が晴れやかになってしまう。


「土造りからずっとやって来たからな。それにしても珍しく解るお嬢さんだな、大抵は汚れるからと畑に近寄りもしない。ああいう感じにな」


 少し離れて館の陰に立っているルチナにチラッとだけ目線を送って直ぐに向き直る。靴に土がつくだけで嫌がるのが普通で、ミミズなど論外だ。気絶する令嬢が居てもおかしくない。


「妹もそうでしたわね。でも、こういう喜びは解る者だけが楽しめばよいんですわ!」


「そうか、それは良い考えだ。オイラはジム、菜園を任されている、お前さんは?」


「ラファですわ。また来ても良いですか?」


「ああ、大歓迎だよ。もうすぐファストブッシュ種のブルーベリーが収穫だ、機会があればどうだね」


「楽しみにしていますね!」


 別邸とはいえ使用人が紹介もされないのに貴族を知っているはずもなく、あまりに自然な会話が成り立ってしまう。ラファはお礼を述べて戻って行ったが、ルチナは汚いものをみるかのような視線を投げかけるだけ。ぐるりと回って屋敷に戻るとイゼラが待っていた。


「お嬢様、お茶の準備が出来ております」


「ありがとう、喉が渇いていたのよ。あなたたちも一緒にどうかしら?」


「貴族のご令嬢ならばそのようなことは仰りませんが」


 イゼラが冷たくあしらう。同じテーブルについてよいのは貴族だけ。そうやって格式を保っているのだという忠告、或いは直接的な拒否。


「そう……なら私だけで」


 ちょっと元気を無くして座るとイゼラが紅茶を注いだ。湯気がたっていてアツアツだ。そこに少しだけミルクを垂らしてミルクティーにする。ラファはにこやかにそれを飲んだが、イゼラが独り言を聞こえるように漏らす。


「貴族がミルクを使うですって? どうかしているわね」


 はっとしてラファはカップを置いてしまう。もしかしたらグランダジャン王国では、常識はずれのマナー違反なのかもしれない。そう、ここはサルディニア帝国ではない、注意して過ごさねばならないのだ。


「……ごちそうさまでした。お部屋に戻りますね」


 肩を落としてトボトボと自室に行くと、もうその日は外に出てくることは無かった。





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