第5話

 別邸の一室に通されたラファ、メイドに紅茶を淹れられて暫く待たされることになる。報告を受けた執事が、こっそり部屋の中を覗き見る。そこにはどう見ても貴族の令嬢だと言えるような姿ではない若い女性が居た。うーむ、と事実のみを携えて、伯爵が居る本館へと向かう。


 ノックをして伯爵の執務室へ入ると、正面の机のところにはブルボナ伯爵が居て書類を決裁している。その隣には専属メイドのサブリナが立っている。セバスチャンにしてみれば見慣れた光景、二人が子供の頃からずっとだ。


「伯爵さま、別邸にブラウンベリー子爵令嬢を名乗る若い女性がやってきております」


「そうか。それなりの対応をして放っておけ」


 視線をあげることもせずに書類を右から左の山へと動かし続ける。領地内のことを普通ならば判断するのだが、無領地貴族なので、ほぼ全てが商売のことに関してだ。報告書についてはその限りではないが。


「宜しいのですか、伯爵さまから求婚された経緯がございますが」


「構わん。嫌になれば勝手に帰郷するだろう、止める必要はない」


 セバスチャンは深い事情があるのだろうと、サブリナへと視線をやる。それに気づいた彼女も、小さく頷くだけ。そうであるならば主人の意思を頂くのが執事の役目だ。


「承知致しました。そのように致します」


「アレク様、形式上であっても侍女をつけるべきかと」


「そうだな。確か本館で担当が無い者が居ただろ、それをつけるんだ」


「ルチナ嬢とイゼラ嬢ですね。一通りのことは出来るようにしてあります」


 サブリナはメイド長でもある、屋敷にやって来た侍女にメイドとしての仕事を教えるのも彼女の役目だ。知識や経験として出来るにこしたことはない、そういった考え方をブルボナ伯爵が持っていたから。


「委細セバスに任せる」


 全く関心が無い姿勢が嘘ではないのがセバスチャンには解った。汚れ仕事は己の役目、全て割り切って目を閉じる。


「畏まりました。それなりの対応を致します」


 本館に居るルチナとイゼラを呼び出してついてくるようにと言って別館へと戻った。メイドに様子を聞いて、特に変わったことが無いのを確認すると部屋へと一人で入る。ラファの目に行くと深く礼をする。


「初めましてブラウンベリー子爵令嬢、私はブルボナ伯爵家の執事でセバスチャンと申します、以後お見知りおきを」


「ラファ・ブラウンベリーです。こちらこそよろしくお願いします」


 笑顔で応じるラファ、人となりには好感が持てた。だとしても主人の意思を優先するのが使用人だ。そこは無感情に務める。


「伯爵さまはお忙しいので、暫くこちらの別邸でお過ごしいただければと思います。侍女をお付けいたしますので、ご挨拶の為にこちらに招いても宜しいでしょうか」


「侍女ですか? その、はい、そう仰られるならば」


 なにか疑問でもあったのだろうかと思ったが、今手配をしてしまえば後はもう殆ど関わることもないだろうと言葉を飲み込んだ。二人に部屋に入るように伝えさせた。並んでやって来ると、ボロボロの恰好をしたラファに無遠慮に視線を投げかけた。


「ルチナ・アイトーエンです。ルチナとお呼びください」


「イゼラ・ロフェです、イゼラとお呼びください」


 乾いた感じの態度で自己紹介する、敬意は感じられない。それでもラファは笑顔を崩さなかった。家名があるということは、少なくとも騎士以上の家格。爵位が無ければ家名を名乗ることが許されない、これは名誉という一つのステイタスだ。


「ルチナとイゼラが身の周りのお世話を致します。何かございましたら両名にお申し付けください。それでは私は失礼いたします」


 自分の仕事はこれでお終いだと、セバスチャンが部屋を去っていく。二人の侍女が目線を合わせた。


「それではラファお嬢様、お部屋へご案内致しますのでこちらへどうぞ」


 そういうと二人はラファの荷物を持つ素振りすらせずに、さっさと部屋を出ようとする。それに遅れないようにと、自分で鞄を手にして小走りでついていく。二階の奥にある部屋、日当たりが悪い角部屋だ。荷物置き場になっていたので、埃っぽくてどこかすすけたような状態。


「こちらをお使いください」


 お前にはここがお似合いだと言わんばかりの、伯爵家の客人には不似合いな場所。どんな反応をするのかと待っていると、特に憤慨するわけでもなく自然と鞄を脇において部屋を見回すだけ。


「湯あみの準備を致しますので、そちらへ」


 クローゼットには幾ばくかのドレスがあるが、汚れていたりデザインが大昔のものばかり。ところがラファは何故か沢山のボロに少し喜んですらいた。全く理解出来ないまま、イゼラがバスルームへと案内する。そこには湯あみ専属のメイドが居て、少し表情が曇っていたが、イゼラに睨まれると視線を伏せてしまう。


「お嬢様、どうぞごゆっくり」


「ありがとうイゼラ」


 メイドが恐る恐るといった感じで湯舟の傍で待機した。ラファが浴槽に足を入れると一瞬だけ動きが止まり、直ぐに中へと入った。それもそのはず、湯あみと言っているのに水が溜められていたからだ。それなのに何一つ文句を言わずに割とご機嫌なのにメイドが首を傾げてしまう。手を入れてみて冷たくて自分で驚く始末だ。


 普段から水浴びしか出来なかったラファが今さらそれで何とも思うはずがない。汚れを落としてボロのドレスに袖を通した時も、今までよりも大分マシといった感じで喜びを醸し出していた。イゼラがこれ以上ない程に不思議そうな表情をして、二階の角部屋へと戻ることになる。




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