第4話
◇
幾日も歩き続けてようやくコーラル市にやって来ることが出来た。グランダルジャン王国では街に入るのに通行税が掛からなかったので、野山の恵みを口にすることで手持ちの金が無くても何とかすることが出来た。とはいえ、ラファ以外の令嬢ならば、初日で既に脱落していたのは想像に難くない。
「ええと、ブルボナ伯爵の屋敷を探せばよいのよね。露店で聞いてみましょう」
人が集まる大通り、そこには出店屋台が並べられている。市場が形成されていて、市民の表情も和やかで明るい。残っている路銀だけでは果物を一つ買うのが精一杯だろうと、ラファは店の前に立った。
「あの――」
「こぉのクソガキが! もう許さないよ、泥棒!」
屋台の脇では店主だろう老婆が、男の子を捕まえて大声で怒鳴っていた。手には赤い果物が一つ握られている。店に並んでいたのを盗んだらしい。
「ご夫人、どうされましたか」
白地に青の軍服、緑の外套をつけた男が近づいて来る。偶然居合わせただけ、そんな感じの雰囲気だった。
「このガキが、あたしが生ごみを捨てに行ってる間に盗みをしやがったんだ!」
露天ではカットした果物が売られているので、その際に出る生ごみが痛む前に捨てに行っていたらしい。多く溜めすぎると捨てに行くのに重くなりすぎて大変、身体を壊してしまうから少量ずつを。
「少年、訴えに間違いはないか?」
男に確認されるも、少年は観念したのか頷くだけで喋ることは無かった。老婆は憤慨しているが、悪意があっての行動ではなさそうに思えたラファが余計なことと知りつつ声をかけた。
「そのルンゴですけど、銅貨二枚で私が買っても良いでしょうか?」
「ええ? まあこいつで良ければ構わんよ、カットしてやろうか?」
「いえ、そのままで結構です」
老婆から受け取り、それを少年に差し出すと、首を傾げてラファの方を見ている。手を取って握らせると老婆に向き直る。
「ご店主、何度も生ごみを捨てに行くのは大変ですよね」
「まあ、そうだね。でも放っておくと臭いって苦情来るから」
「でしたら、その生ごみを捨てる仕事を少年にあたえてはくれませんか。お代はルンゴ一つで」
ラファは微笑むと店主の瞳を覗き込む。怒っていたはずが、次第に落ち着いて行き少年の方を見た。
「それくらいで好いってならあたしゃ助かるからいいけどさ。子供だけで生きるにはこの街は厳しいからね、真面目にやるようならもう一つくれてやったっていいさ。ついでに水も汲んでくれるなら余計にやるよ、あんたそれでどうだい」
「お、俺に仕事くれるのか? やるよ! なんでもやる!」
老婆は肩の力が抜けて、くしゃくしゃの顔で笑った。素直な子供を助けてやりたい気持ちはあったが、盗みをされて黙っているわけにも行かなかったのだ。
「純白の慈愛、青い法の番人、自然を尊ぶソフラン騎士団ですね。どうかその深い慈愛の心で、少年の罪を大目に見ては頂けないでしょうか?」
市場を見回っているのがソフラン騎士団だと知ってはいたが、老婆もその服装の意味までは知らなかったようだ。金髪の騎士は、汚れてボロをまとったラファを見る。見た目だけは町娘だが、喋り方に仕草、それに騎士団への知識に驚いてしまう。
「当事者同士で和解を示されたので、私がとやかく言う必要はありませんね。年少者を援け、年長者を敬う。一体何の不満があるでしょうか」
「ありがとうございます。サーのご判断に感謝いたします」
その時だ、キュルルルル、と腹がなる音がした。ラファは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「あんた、いま切ってやるから食べてきな。騎士の兄ちゃん、娘さんに恥ずかしい思いをさせるもんじゃないよ。さっさと行きな!」
「では私もお一ついただきます。釣りは結構ですのでどうぞ」
騎士は果物を一つだけ手にすると、余計に支払って速やかに立ち去って行った。葉っぱに、カットされた果物が載せられて店主に渡される。
「あんた、いつでもおいで。あたしゃ大体ここで店出してるからさ」
「はい、ありがとうございます」
久しぶりにまともなものを口にして、とても幸せになりながら、すっかり伯爵の屋敷を訊ねるのを忘れていたことに気づく。通行人に聞いてみるとあっさりと場所が判明した。何とこの大通りに面している交差点らしい。何なら見える場所にあるという。
大きく切り取られた区画、公園でもあるのかという広さ。そこの正門前には衛兵が立っていた。といっても武器を構えているわけではない、短剣程度は持って居そうではあるが。
「あの、ここがブルボナ伯爵さまの屋敷でしょうか?」
見た目汚い者が何の用だと、言いはしないが顔に出ていた。それでも役目として応対する気はあったらしい。
「そうだが。何か用事かね」
「ブルボナ伯爵の求婚に応じて、ラファ・ブラウンベリーが参りました。お伝えいただけるでしょうか」
「え、求婚? 貴女に?」
台詞と状況があまりにも乖離しているので聞き返してしまった。どこからどう見ても、貴族の令嬢の要素など無い。そもそも従者はどこにいるんだという話だ。
「はい。こちらが書状です」
ブラウンベリー子爵家の蝋封を差し出してきた。印章を見てもわからないが、これをここで突き返すわけにも行かない。少しだけ悩んでから「別邸へご案内します。そちらでお待ちください」取り敢えず異常ありだと執事に報告を上げることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます