第6話







その日からは全然食事も喉を通らず日に日にやつれていく俺を見て、シビレを切らした俺の執事が喝を入れにきたのがそこから10日後のことだった


「単刀直入に申しあげますとウザさレベルはカンストしてますね。千影様の隣をキープするのに必死で胡座をかいて気持ちを伝えずに、ウジウジと振られるのが嫌なヘタレだからってカラダから堕とそうと考えるなんてサイテーの極み。あのかた相手にそう簡単にいくはずがないじゃないですか。ザマァみろって感じです。…が貴方が使い物にならなくなりますと、こちらとしても困ります」

傷口に遠慮なく塩を塗り込んで、いや。ぶち撒けてくるのがこいつの専売特許でもある

今回のことは間違いなく100%俺が悪いから、こいつの言ってることは間違いでもないしな


「ですが千影様を攫いに行くにしてもなんとまあ無様で酷い格好ですね。そんなのでは到底連れ戻そうなんて不可能です」

「連れ戻すなんて…それこそ嫌われるだろ」

「あら、よろしいのですか。貴方の千影様への想いがそんなにも軽いものだとは思いもしませんでした。まあ初恋は実らないってよく言いますしね

あの方は素敵ですから新しいお相手と素敵に暮らすことでしょう。それなら一層の事私が立候補しましょうかね?」

「ダメだ!!…そんなこと、、クソッ、どうすりゃいいんだよ」

「それならばまず探してみたらどうですか。そんなはしたない格好では、到底見つからないとおもいますが。」


そこから俺はまず千影を探すために、自分のコンディションを整えることにした

確かにこいつのいう通り今のままでは千影の隣に自信を持って立つことなんて、不可能だ

不服ではあるが万全の状態で会いたい

もしかしたら他の奴があいつの隣を歩いてるかもしれない

それでも取り返せるくらいの自信とコンディションを整えることにする

再び隣に並び立てるように整うまでに費やした時間は、千影が消えてあっという間に3ヶ月もの月日が経っていた

そこからは使えるものは全て使って捜索をお願いした。正直直ぐに見つかると思っていて舐めてかかってた部分はある

それは間違いだったとすぐに知ることになった。見つからない事実に気持ちばかりが焦って、あっという間にあいつが居なくなって一年の月日が経ってしまった

周辺の地域は探しても見つからないので、全国に範囲を広げるしかない

それにもしかしたら海外に行った可能性もある

そうなったら探すのは不可能に近い。いくら海外支社があると言っても世界は広すぎる

…それでも!何年かかってもあいつを探すんだ

どうしても千影じゃないと俺はダメだと知った

最後のあの日に感じた幸福感と満たされた心は、千影以外には埋められない

お前はとんでもない爆弾を俺に落としたんだ

覚悟しろよ




そして千影が居なくなってから3年が経った頃、千影らしき人を見つけたと地方に旅行に出かけた友人から聞くことになる

その場所へと探偵を送り込み千影の情報を集めた

写真もあり儚げ美人だったあの頃よりも、少しだけ逞しくなった千影がそこには映っていた

その姿に懐かしく思いながらも何枚かめくっていくうちにふと目にとまったものに衝撃を受ける

そこから何枚も続く千影と子どもとの写真

絶望の波が広がっていく


俺が見つけることの出来なかった3年という月日の中で千影は家庭を持ったのか。それなら、せめて俺にも一言くれても良かったじゃないか

だが最後まで見終わった写真には疑問が残った

あれ、奥さんは?子どもがいるなら奥さんが写っていてもおかしくない

『あの、この写真俺に気を遣ってわざと奥さんをうつしてないんですか?』

「いえ、どうやらあの家にはおふたりしか住んでいないようです。聞き込みをしても住民のかたも深い事情はよく知らないらしくて、来た時からおふたりだったと。それ以上は調べようもありませんでした。」

『そうですか、ありがとうございました』

執事が探偵を見送っている間もう一度写真を見返す


『奥さんはすでに亡くなったのか。それとも事情があるのか。でもやはりこれって』

「似てますね、貴方の幼い頃に」

『ッ、なぁ男性が妊娠出来る体質の人は?』

「現時点では0.0002%ですね」

『今週末、連休がほしい』

「それならば今日から頑張らないといけませんね」

『ああ』



この日のために寝る間を惜しんで仕事をこなした。流石に昨日はせっかく戻したコンディションがダメになれば元も子もないので、しっかりと寝たがな。あの時の二の舞にはなりたくなかったから

ようやく千影に会える。

はやる気持ちを抑えて綺麗な海が広がる街に降り立った早朝。普段千影が見ているだろう景色を眺めながら、千影が現在住んでいる場所へと歩いて向かう

あっという間に家の前つき、震える手をインターホンに伸ばす。きっと大丈夫だ。

もしこの扉を開けて出てきてくれたら俺と真剣勝負をしよう、ちーちゃん

もちろん。千影を手に入れる為のな



「はーい、どちら、さ、ッ、、ぁ」

呆然とした表情で固まった目の前の愛しい人

あぁ、現実に存在していた。間違いなくここに住んでいるんだね。

『久しぶりだね、ちーちゃん』

「ぅ、あ。な、んで」

良かった。ひとまず門前払いで追い帰されはしなさそうだった


「ぱーぁぱ?」

『ちーちゃん、』

「はぁい!…ん?だぁれぇ?」

遠くから聞こえてくる幼い声。思わず咄嗟に千影の名を呼べば思っていた返事とは別のところから元気な声が聞こえた

俺がつけた渾名で君を呼ぶ声にその愛しい小さな天使が反応を示したことを考えたら溢れる幸福感が止まらない

「きゃー!!かぁこいねぇ!」

不思議そうに俺を目に捉えて、キャッキャと楽しそうにはしゃいでいる

『ふふ、お名前は?』

そばまで来て千影のズボンを掴んだ子の目線までしゃがみ込みたずねる

「ちーちゃんねぇ、ちとしぇってなあえなの」

「!!ッ、ちとせちゃんって言うんだ」

ちーちゃんでちとせか。もう言い訳させないよ、千影。


「うん!ぱぁぱもちーちゃんとおしょろいなんだよ、おにぃしゃはー?」

「俺はね、はるとってお名前だよ。言えるかな?」

「はぅとー?」

「そうだね、よく言えました!えらいね」

「えらい?きゃー」

俺は今この瞬間ちゃんと確信を得たから、千影覚悟してね?もう逃さないから。


覚悟を決めて家に招き入れてくれた千影の後に続き、促されるままに椅子に座る。

さてまずは質問からしようか。その前に俺からお願いをしなければならない

おそらく嘘には気づいてしまうから、だからどうか俺にそれだけは言わないで。嘘だと分かった上で千影の言うことは信じてあげたいと思ってしまうから。


千影の腕に収まった小さな存在。俺と千影の愛の結晶の宝物であってほしいと願いながら強気に問いかける

返ってきた答えはやはり目の前の子は千影と俺の子で間違いないとのこと。

嬉しさでにやけそうな顔を引き締める


それならここからが本番だ

俺はその子と一緒に暮らしたい。今まで育ててきた千影がそれを否定するのであれば、俺が通えばいい。

それでもダメなら、電話で手紙でアプローチをかけ続けて最終的には折れてもらおう。

もちろん今までよりも注意深く千影が他の誰かに恋なんて出来ないくらいに俺の存在で埋め尽くそう。約束する、と思いながら慎重に言葉を選んで伝えていく

その間、千影は何も言ってはくれなかった。やはり俺はダメなのか?絶対に折れないと思っていた心が折れそうになる


不安で名前を呼ぶと

『どうしてもこの子を連れて行くつもり?』

「ああ、ゆくゆくはそうしたいと思っている」

『貴方は』

その言葉を聞いてここに踏み入れてから今まで一度も名前で呼ばれていない事実に胸が軋んだ音がした

そうか名前を呼ぶことすら嫌だったのか、もしかしたら家に俺がいるのも嫌なのかもしれない

だからこんなにも拒絶を感じるんだ

自分勝手でごめんな。それでも俺は千影を手放すことが出来そうにない

最低な俺は俺らの宝物の子どもを盾にして千影を取り込もうと必死だった


『なぁ、千影。』

「何?」

まだ返してくれる言葉に嬉しくなって口からたくさんの言葉がこぼれ落ちた。

知られたくなかった本音やあの時感じた想い、そして嫉妬したこと。

そして千影が俺と会いたくないんだとしてもその子がいる限り俺との繋がりは消えないんじゃないかって。ずるくて卑怯な考えでごめんな

でもその子がいる限り嫌でも俺を思い出してくれるだろう?だから俺の精一杯のおもいをぶつけることにした

どれも本心だけど優しい千影ならこんなことを言われたら断れない、最後には折れてくれないかと期待して。それからそんな卑怯な言葉で許しを乞おうとするとその言葉は遮られることになった


『ちょちょ、ちょっと待って?』

「うん」

混乱している様子の千影の言葉をそのまま待つ

考えたくないけれどもし未来で俺が千影の側に居なくても、ちゃんと遠くから千影たちの幸せを護りたいと思うから。




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