第14話 心労

 背中に感じる人の温もり、女性ならではの柔らかい感触。

 これがもし、俺の想い人であったならば嬉しいことこの上ないのだろう。


 俺は背中から回された手を優しく解いた。そのまま彼女の方へと振り返り、まっすぐ見つめた。顔を赤らめ、耳まで赤くなっている前田さんに対し、俺はいたって冷静な態度で話をした。


「前田さん。こういうことはしないで欲しい」

「……どうして」

「どうして……って。恋人でもないのに抱きつくなんて……その……おかしいよ」


 前田さんに釣られて俺まで恥ずかしくなり、頬には熱を帯び始めた。


「じゃあ……恋人になる」


 俺は耳を疑った。


――恋人になる、って何言ってんの?そんな簡単になれるわけないだろ!


 さっきまで恥ずかしくなっていたのが嘘のように、俺の熱はどこかへ逃げて行った。


「何言ってんの?」

「私……和希くんが好きなの!初めて会った時からカッコいいって思ったし、話してみてもっと好きになったの。……初めてなの……自分から好きになったのが」

「……ごめん」

「なんで謝るの?」

「俺は、前田さんの気持ちに応えられない」


 俺の言葉に、俯いていた前田さんが顔を上げた。

 目には涙を浮かべ、今にも溢れ出しそうになっていた。


「和希くん……お試しでもいいから……恋人になってよ」

「この際だからはっきりと言っとくと……俺には好きな人がいる。その人しか考えられない」

「……ぐすっ……うっ……」


――このままの状態で俺が帰るものどうかと思うけど、早くここから離れたい……。って思う俺は冷たい人間なんだろうなぁ。


「……こんな俺を好きになってくれてありがとう」


 俺は前田さんにそう言い残し、駅へと向かった。

 自宅マンションの最寄り駅に到着し改札を出ると、目の前には綺麗な夕焼けが広がっていた。


――まっぶしい……。


 あまりの眩しさに目を細めしばらく動けないでいると、俺の目の前を知った顔が通りがかった。俺はその背中に向かって声を発していた。


「祐っ!」


 名前を呼ばれた祐希は、驚きもせず俺の方を向いた。


「おぉ。……和じゃん。おかえり」

「……ただいま」

「今日って……あぁおデートか」

「おデートって……くはははは」


 俺の様子をまじまじと見ていた祐希は、冷静な態度で俺に話しかけて来た。


「和……。無理すんなよ」

「は?」

「……何かあったんだろ。そう、顔に書いてある。けど、無理に話す必要はないし、聞くつもりもない。お前が話したいと思ったなら……そん時は仕方ないから聞いてやる」

「ふっ……頼もしい兄弟だな!」


 気持ちが少し楽になった俺は、祐希の肩を組みケラケラと笑っていた。


「仲がよろしいようで」


 突然後ろから声を掛けられたことに驚いた俺たちは、2人揃ってびくりとし、恐る恐る後ろを振り返った。


「お化けでも見てるような顔しないでよ……普通に傷つく」


 口を尖らせながらそう言うのは、俺が会いたくても会えなかった内海さんだった。


「んなこと言ったって、こっちだってビビるし……」

「うつみん……ちぃっす」

「おつ~」

「うつみん!?何その呼び方……ってか祐、いつの間に仲良くなってんの!?」

「えぇ~。……内緒」

「ふふっ……内緒~」


 祐希の方を睨むと、そっぽを向くように俺からの視線を外した。

 

「祐っ……」

「そんな怖い顔すんなって。お前が思うような関係じゃねぇし……」

「ほんとだな」

「マジマジ、大マジ」

「ならいいけど……」


 そんな小競り合いをしていた俺たち兄弟を見ていた内海さんは、わざわざ俺たちの間に入り込み、顔を覗き込むように見つめて来た。


「ほらほら。仲良くしなきゃあかんよ!」

「ちょっ!」

「うつみん……近いよ」

「んふふ……」

 

――この人は本当に……。


「ねぇ。ご飯食べに行こっか!」

「はぁ?」

「何がいいかなぁ」

「まだ行くって言ってねぇだろ!」

「和が行かなくても、俺は行く」

「はん?俺だって行くし!」

「ラーメンにしよっか!」


 マイペース極まりない内海さんに振り回されたが、何故か心地よかった。


――やっぱ俺、この人のこと好きだわ!


 改めて自覚した想いを胸に秘めたまま、俺たちは近所のラーメン店へと向かった。




 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る