第15話 人柄

 訪れたラーメン店で、俺は改めて内海さんの人柄の良さを思い知った。


「おっちゃん!ビールと餃子3人前とラーメン2人前!」


 店の扉を開けるなり、大きな声で注文をする内海さんの姿に、俺たち兄弟は目を丸くしていた。


「おぉ!えらく今日は食欲旺盛やな!がははは」

「私1人とちゃうよ!」

「ほなまた職場の後輩かいな?」

「ちゃうちゃう」

「なんや~ええ男連れてはるなぁ」

「なんや男連れか!」


 内海さんが入るだけでこうも店内が賑やかになるのかと思うと、俺は呆然と立ち尽くすしかできなかった。

 そんな俺たちに気付いた内海さんが、空いてる席へと座るように促した。当の内海さんはというと、カウンターへと向かい人数分の水を運んで来た。


「えっ?ここってセルフなんすか?」

「違うけど、おっちゃんも女将さんも忙しそうやし」


――だからって普通、客がすることか?いや……内海さんなら構わずするタイプやな。


 変に納得した俺は、水を飲みながら店内を見渡してみた。

 そこそこ年季の入ったラーメン店には、老若男女問わず来店しており、運ばれてくるラーメンを美味しそうに啜ってた。


「ここのラーメン、醤油ベースであっさりしてて美味しいねんよ!餃子も皮がパリッパリで、中からじゅわ~、って肉汁が溢れてくる……ビールとの相性抜群なの~」


 ものすごく嬉しそうに話す内海さんを見ているだけで、何故か俺も嬉しくなった。


「うつみん……ラーメン頼んでないやん」

「今日は餃子の気分なの!」

「……気分って」


 待つこと数分——。

 目の前にはラーメン2杯と中ジョッキに並々と注がれたビール、一皿に3人前盛り付けられた餃子が運ばれてきた。


「お待ちどうさん」

「うひょ~美味しそう!」


 俺たちに割り箸を手渡しながら、運ばれてきた料理を見ていた。


「いただきますっ!」


 レンゲですくうスープはにごりがなく透き通っていた。一口口に含むと、内海さんが言っていたようにしつこさのない、あっさりとした味をしていた。スープに相性がいい細麺が程よく旨味を纏い、何杯でも食べれそうな味だった。


「めちゃくちゃうまい!」

「ふふふ、そうでしょそうでしょ~」


 ジョッキを持ちながらご満悦そうな表情で話す内海さんは、餃子をパクリと一口で食べようとしていた。


――出来立てやのに、絶対中身熱いで……。


 案の定——。


「あふっ!くひのなかやへどする……あふっ……」

「慌てて食べるからやん!どっちが大人かわからへんなぁ」

「言い方ひどい……」

「ほんまの事やん」


 口を尖らせながら、飲み込んだ餃子の熱を冷ますようにビールをグビッ、と飲む内海さんは年齢よりも幼く見え、俺にはそれがまた可愛く思えた。


――いろんな表情しはるな……。もっと見せて欲しいわ……。


 そんな事を思いながらラーメンを啜っていると、俺たちを見つめる内海さんの表情がだんだんと暗くなり始めているように見えた。

 一旦食べていた箸を止め、俺は尋ねてみることにした。


「なんかあったん?」

「ん~まぁ……色々とあるよ」

「俺らにはわからん何かがあるねんな!」

「そゆこと~。……けど、なんや知らんけど、何とかなりそう!」

「……なんそれ」


――俺には内海さんの仕事の事はわからないし、俺が聞いたところでどうにもならないのはわかってる……。けど、何か力になれるのであればなりたい!


「あんま……抱え込みなや」


 ボソリと呟くも、恥ずかしさのあまり段々と熱を帯び始めた。照れ隠しのために俯きながら残りの麺を啜っていると、

 

「和くん……かっくいい~」

「ごほっ……ごほごほ」


 予想に反した答えに俺は思わずむせ込んでしまった。


「ちょっと大丈夫?焦って食べるから誤嚥ごえんするんやで……」

「誤嚥ってなに?」

 

 俺の背中をパシパシと叩きながら祐希が聞いた。


「食べたものが間違って気管の方に入ってしまうことやで」

「ふ~ん……和、焦ってたんか……」

「けほっけほっけほ……違うけど……もう落ち着いた……あぁしんどぉ」

「ほい。水飲んどき」


 手渡されたコップにはこれまた並々と水が注がれており、一気に飲み干したくてもなかなかできなかった。


――これはわざとなのか?


 俺は気にすることなく、コップいっぱいの水を飲み干した。


「いい飲みっぷりやねぇ」

「……わざとやろ」

「ふふ~ん……さぁね!」


 先に食べ終わった祐希の器と餃子の皿を持ち上げ、内海さんは厨房へと向かって行った。


「おっちゃん!ここに浸けといたらいい?」

「おうおう!ありがとな!」


 戻って来た内海さんに、俺は思わず聞いてみた。


「この店、結構来てんの?」

「う~んっと、今日で4回目かな!」

「ん?4、4回目っ!?」

「めちゃくちゃ常連感出てたけど……」

「3回来たら常連やろ!」


 俺たちのやり取りを聞いていたようで、店内では所々で笑いが起きていた。


「また来てな!」

「はぁい!ご馳走さまでした!」


 店を出る頃には日も暮れ、少し肌寒さを感じる程度の風が心地よかった。


「内海さん、俺たちの分払いますよ」

 

 遅れて店から出て来た内海さんに俺が言うも、聞く耳持たずな様子だった。


「大人しく奢られといて」

「けど……」

「さぁて。帰りますかぁ!」


 先を歩く内海さんに向かって俺たち兄弟は揃って声を掛けた。


「ご馳走さまでしたっ!」


 振り返って笑う内海さんに、俺の鼓動は速くなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る