第12話 約束

 俺ん家で夕餉を共にした日から数日経っていたが、あの日以降、内海さんと会う機会がほとんどなく日にちだけが過ぎて行った。


――全っ然、会えないじゃん!……仕事してはるから仕方ないのかもしれへんけど……にしても、こんなにも会えへんもんか?一応、お隣さんだよね……。


 俺は1人焦りを感じつつも、今日こそは、今日こそは……と期待に胸を膨らませる、すれ違う日々が続いた。


 そんなある日のこと、俺自身の中で忘れていたことを思い出させることが起きた。

 いつも通り学校へと向かうと、尚弥が息を切らしながら俺の元へ来た。


「和希っ!」

「おぉ……尚弥じゃん。おはよぉ」

「おはよぉ……って呑気なこと言ってんじゃねぇよ!」

「暑苦しい……朝から何だよ」

「お前、里桜ちゃんとデートするってマジか!?」

「お……お?やべっ……連絡忘れてた」

「そうだと思った……俺も紗江から言われてよぉ……和希のことだから忘れてるだけだと思うとは言ったんだけど……本当に忘れてたとは……お前は罪な男だぜ」


――そう言えば映画に行こうって話してたけど……正直もう前田さんと会う必要ねぇんだよな……。


「どうやって断ろうかな……」


 俺がぼそりと呟くと、尚弥の表情はみるみるうちに強張っていった。


「断るって……なんで?約束したんじゃねぇの?」

「そうなんだけど……」

「断るにしても、約束したんなら1回は行けよ!」

「……じゃあさ、お前らも一緒に行かねぇか?そうだよ!それがいい!我ながらいい案じゃん!」

「はぁ……お前って奴は……紗江に聞いてみるよ」


――おっ!今気付いたけど、尚弥……彼女のこと呼び捨てにしてる……。そんなに距離が縮まった、ってことか?


 尚弥がスマホを見ているように、俺もポケットからスマホを取り出し、メッセアプリを起動した。メルマガ通知の他に、前田さんからの通知をオフにしていたこともあり、アプリを開くと何通ものメッセが来ていた。


――しつこい人だなぁ……。俺、連絡をマメに取りたいタイプじゃないからなぁ……。


 スマホ画面を見ながら少しだけ溜息を漏らすと、尚弥が目を輝かせながら話しかけてきた。


「紗江も里桜ちゃんもオッケーだって!」

「……ふ~ん」

「おいっ!もっと喜べよ!念願のダブルデートなんだぜ!」

「ダボーデート、……ねぇ」


 俺は、前田さんと会うのをこれっきりで終わりにしようと強く心に決め、メッセージを打ち始めた。


KAZU:『なかなか連絡せずにごめん』

Rio:『全然いいよ♪』

KAZU:『映画、楽しみにしてる』

Rio:『私も♡』


――相変わらず返信が早い。ってか、最近よく♡が付いてくるけど……。


「なぁ尚弥。女の子って、ハートの絵文字を友達にも送るもんなのか?」

「好きな相手にしか送らねぇだろ。あぁ……でも、女の子同士ならありか……」


――好きな相手……ねぇ。ってことは、俺は前田さんに好かれている……ってことか?俄に信じがたいが……。


 相談した結果、俺たち4人は日曜日に映画を観に行くことで話がまとまった。


 そして向かえた日曜日——。

 待ち合わせ場所には前田さんがポツンと立っていた。


――よりにもよって前田さんだけとは……。


 俺は少し億劫な気持ちを抱えたまま、前田さんの元へと向かった。すると、前田さんのすぐ近くにいた数人の男どもが彼女に声を掛け始めた。


「ねぇねぇ、そこの彼女~。俺らと一緒の遊びに行かない?」

「他にも女の子来るのかなぁ?」

「…… ……」


 前田さんは、男達の声は聞こえんばかりの顔をしてスマホ画面を見ていた。


――あぁ……確かに声かけたくなるよね……ってか、何にも言わない派なんだ……。もっと嫌がるかと思っていた。


 見かねた俺が前田さんへ声を掛けると、さっきまでは無表情だった彼女の表情は明るくなり、俺の元へと駆けて来た。


「和希くん遅い!」

「……ごめん」

「チッ……男連れかよ」

「行こうぜ」


 俺たちの様子を見ていたナンパ野郎は、そそくさとその場を離れて行った。


「えっと……その……大丈夫?」

「何が?」

「さっきの……ナンパ」

「うん。あんな奴らに興味ないし!」

「そっか……」

「それより和希くん!」


 前田さんが俺の顔を下から覗き込むように見て来たかと思うと、その表情にはうっすらと怒りの感情が含まれているように思えた。


――相変わらず香水がきつい……。ん?なんだか怒っているように見えるが……。


「……なんでしょうか」

「私、2人で出掛けたいって言ったの忘れちゃったの?」

「え?」

「前に和希くんと連絡取り合っていた時に、今度の休みは2人で出掛けたい、って言ったのに……」


――そう言えばそんな内容のメッセが来てたな……。すっかり忘れてしまってるわ……。


「……ごめんなさい」

「もぅ!別にいいけど……次は……2人がいいな」

「そのことなんだけど……」


 俺が話そうとしたタイミングで尚弥と紗江ちゃんが仲睦まじく手を繋ぎながらやって来た。


「お~い!」

「お待たせ」


――なんというタイミングの悪さ……。結局最後まで言えなかったじゃねぇか!


「和希くん、行こ!」


 俺は今日中にこれからの事を必ず伝えよう、そう固く決意し3人の元へと向かった。









 

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