第9話 夕餉②
パタパタパタ―—
インターホンを鳴らしてしばらくすると、スリッパを履いたままこちらに駆けて来る足音が聞こえてきた。
扉が開いたかと思うと、ラフな格好をした内海さんがひょっこりと顔を出した。
「おぉ!一ノ瀬さん家の和希くんかぁ……どうしたの?」
「……誰かもわからずに開けたんすか?」
「あっ、バレた……へへへ」
――この人……不用心極まりないな。
「危ないので、ちゃんとインターホン画面で確認してから開けてくださいね!」
「……はい。で?」
「あぁ、忘れるところだった。これ、母親が渡すようにって」
俺は手に持っていた大根を1本差し出した。
「でーこん」
「そ。ばあちゃんが送ってくれたんだけど、うちだけだと食いきれないからお裾分け」
「あぁ……ありがと」
――あんまり嬉しそうじゃないけど、ま、いいか。
「そんじゃ」
「はぁい」
――俺、案外普通に接することができたんじゃね……。まぁ……こうして顔を合わせると吹っ切れてない感は否めないんだけどな。
家に戻った俺は、母親に渡したことを伝えそのまま自室へと戻った。制服から着替えるのが面倒になった俺は、そのままベッドへと寝転がった。ふとスマホ画面を見ると、前田さんからのメッセ通知が入っていた。
――俺が連絡しなくても、こうして連絡をしてくるなんて……。
「……どうすっかなぁ」
このまま前田さんと連絡を取れば気持ちが変わるのだろうか……。
――いい加減、連絡をしないと失礼だよな……。
そう思った俺は、スマホのメッセを開いた。
Rio:『今度の休みに2人で出掛けない?』
Rio:『休みの日って何してるの?』
Rio:『うちの学校、基本的に土日が休みなんだよ!和希くんの学校は?』
Rio:『紗江が尚くんと付き合うらしいよ!あの2人、お似合いだったもんね♪』
Rio:『観たい映画があるんだけど、一緒にどうかな?』
Rio:『こうして連絡するの……迷惑かな?』
――こうして見ると、俺……めちゃくちゃスルーしてんじゃん!こんな男、ほっとけばいいのになぁ……。何がいいんだか……。
とりあえず俺は、既読にしたメッセを読み返しながら返事を打っていた。
KAZU:『連絡が遅くなってごめん 俺も観たい映画があるから一緒に行こう』
――これでいいんだよな……。
ブブッ―—
送信してすぐ、メッセが返ってきた。
「はやっ!」
Rio:『やったぁ♡ありがとう♡また日にち決めようね♡』
俺は無難なスタンプだけ送信し、スマホをベッドへと放り投げた。
「はぁあ……」
何が正解なのかわからない俺は、流れに任せてもいいのかもしれないと思っていた。
しばらくベッドで横になっていると、玄関のインターホンが鳴った。
母親の足音が玄関へと向かっているのを聞いていた俺は、少しだけ部屋の扉を開け、聞き耳を立てていた。
「お忙しいところすみません……」
玄関先から聞こえてきたのは、俺がさっき話したばっかりの内海さんの声だった。
「別にいいのよ~何かありました?」
「……さきほど頂いた大根なんですが」
「もしかして痛んでました?」
「いえ違うんです……その……うちに調理器具がなくてどうしたものかと思いまして……」
――は?調理器具がないって何?そんな家あんの?1人暮らしだよね?
俺の頭に『?』が浮かぶ中、母親も同じように戸惑っていた。
「えぇ……っと」
ほんの数秒、無言の時間が流れたかと思うと、思いもしないことを母親が言い出した。
「だったら一緒に夕飯はどうかしら」
「え?」
――え?……夕飯?……内海さんが家に来んの?なんで?
「ほら~前に和希がお世話になったじゃない、そのお礼ができてないと思って、ね。一緒に食べましょうよ!」
「けど……迷惑なんじゃ」
「そんなことないわよ~ささ、上がってちょうだい。もうじきできるから!」
「では……お言葉に甘えます!」
――いや、甘えんなっ!
少しだけ開けている扉からリビングの方まで歩いて行く2人の足音を聞きながら、俺は内心焦りを感じていた。
――内海さんと一緒に夕飯?嘘だろ……。
そして間もなく、母親が俺たちを呼ぶ声が聞こえて来た。
「祐希!和希!ご飯よ!」
ドキドキドキドキ―—
速まる鼓動に俺は戸惑っていた。
――全然吹っ切れてねぇじゃんか!どうすんだよ!
「和希!いつまで部屋にいるの!さっさと来なさい!」
「わーってるよっ!」
――もうどうにでもなれ!
制服を脱ぎ捨て、上下グレーのスウェットに着替えた俺は、緊張しながらもリビングへと向かうことにした。部屋を出ると、母親が作ったハヤシライスの美味しそうな匂いが漂っていた。
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