第8話 夕餉①
モヤモヤした状態のまま家に帰ると、リビングには祐希がゲームをしながらくつろいでいた。
「おかえり。どうだった?」
「まじで疲れたぁ……」
俺がへたるようにソファへ倒れ込むと、祐希はゲームを一旦やめ、俺の話を聞いてくれた。
「同じ高校生とは思えない感じだったよ」
「へぇ」
「1人、俺の事を気に入ってくれた人がいたんだけど、距離が近すぎて……」
「そんなに?」
「そう。ちょっと祐、ソファに座ってみて」
俺は起き上がり、祐希に座るように促した後、片手を祐希の太ももに添えながら身体を密着させるように座った。
「うえっ……まじで?」
「まじ」
「近すぎじゃない?……初対面だよね」
「やっぱそう思うよな!挙げ句、香水がきつくて……」
「はははは。和は匂いに敏感だもんな!……よく耐えたな」
「おうよ。けど、ボーリングだけで限界を感じた。カラオケまでは無理ゲーやったわ……」
「おつおつ」
その後も俺は尚弥の事や、他の参加者のことも祐希にマシンガントークしていた。
「んで、行ってみてどうだったのさ」
「う~ん……。好みの女の子はいなかった」
「ってかさ、和の中ではもう居るんじゃないの?」
「……」
実を言うと……薄々気づいていた。自分の感情に蓋をして、見てみぬふりをしていたのだ。だがそれも、あの光景を見たことで冷めてしまったのもまた事実。
「こんな感情……気づきたくなかったよ」
「けどさ、そうやって早い段階で気づいて玉砕したんだからいいんじゃない」
「玉砕って……」
「違うの?」
「ま、まぁそうだけど……」
――想いを伝える前に俺の恋は終わったのだ。
ボーリング場で見かけたのは、間違いなく内海さんだった。そして一緒にいた背の高い男性は、おそらく内海さんの恋人だろう。事実確認はしていないが、2人の雰囲気からはそんな印象を受けた。内海さんが俺じゃない男性に笑いかけているのを見ただけで、俺の心は押し潰されそうだった。きっとこの感情こそが『恋』なんだろうと思った。
「はぁあ……」
「色んな意味でお疲れ」
「俺、しばらく恋なんてせんでもええわ」
「いいんでない」
果たして立ち直れるのだろうか……。
お隣さんだけに、顔を合わすことがあればいつも通りに挨拶ができるのだろうか……。
そんな心配をしていた俺だったが、内海さんと会うことはなく1週間が経とうとしていた。
「和希、この間一緒に行ったボーリングで知り合った里桜ちゃんと連絡取ってんのか?」
休み時間、机に突っ伏して寝ていた俺のそばで尚弥が話しかけてきた。
「あぁ……。何か来てるけど返事してないや」
「ちょ……お前らいい感じだったじゃんか!ちゃんと連絡してあげなよ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「ふふ~ん。聞いて驚くなよ。俺、紗江ちゃんと付き合うことになったんだぁ。でへへ」
「……キモい」
「な、なんだと」
「良かったじゃん。おめでと」
「お前らも早く引っ付いちゃえばいいのに」
――んなこと言われても、俺は前田さんに1ミリも興味が無かった。むしろ、今は恋とか愛とかどうでもええわぁ……。
「……」
「いや無視すんなって……。けどよ、付き合ってみてもいいんじゃねぇの?」
「は?」
「ほら、付き合うことで好きになる的な事もあるんじゃないかなぁ……って」
「……頭ん中、お花畑だな」
「はぁん?」
――俺はそうやって幸せそうなお前を見てるだけでもしんどい、っつうの……。
何が正解なのか……。
このまま何の感情も抱かないまま誰かと付き合うのは、相手に失礼ではないのか……。
考えるのが面倒になった俺は、結局前田さんに返事をせずに時間だけが過ぎていった。
初めて合コンに参加して1か月が過ぎようとしていたある日、学校から帰った俺に母親が頼み事をしてきた。
「あ、和希おかえり~。帰って来て早速で悪いんだけどさ、机の上にある大根、内海さんに渡してくんない?」
「は?大根?」
「そう。お婆ちゃんが送ってくれたんだけど、
「……なんで俺が」
「何か言った?」
「ちっ……なんでもねぇよ」
「よろしくね~」
母親という存在は時に迷惑な存在だ。
――俺の気も知らねぇくせに……。
と思いつつも、あれから内海さんを見かけることなく過ごしていたせいもあってか、気持ちは案外スッキリとしていた。
俺はとりあえず荷物だけ部屋に置き、母親に頼まれた大根を1本持ち、家を出た。
――なんで緊張してんだよ!治まれ俺の心臓!
大きく深呼吸した俺は、内海家のインターホンを鳴らした。
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