第5話 お隣さん家

「どうぞ~」

「お邪魔……します」


 俺は今、初めてお隣の内海家へ招かれている。と言っても、俺が家の鍵を忘れてマンションのエントランスで座り込んでいるところに声を掛けられ、今に至るだけのこと。


「あんな所で、誰か帰って来るのをずぅっと待ってようと思ったの?」

「まぁ……はい」

「どのくらい?」

「う~ん……1番早く帰って来るのは……祐希かな……多分19時くらいっす」

「19時!?……まだあと2時間近くあるじゃん」

「そうっすね……」


――今まで挨拶程度だったせいか、めちゃくちゃ緊張する……。


 そんな俺を余所に、内海さんはすたすたと廊下を歩き、リビングへ繋がる扉を開けた。


「まぁ適当に座ってて」

「……うっす」


 同じマンションでも、少しだけレイアウトが違うだけでこうも印象が変わるのか、と思いながら目の前のソファを見てみると……。


――え?……なんだ、この見覚えある光景は……。


 黒の大きめなソファの前にはこげ茶色のローテーブルが置かれ、その上にはゲームのコントローラーに攻略本。テレビ画面にはゲームオーバーの表示。ソファの近くまで行くと、案の定とも言うべきか……人が1人座れるだけのスペースがあり、両サイドには漫画が数十冊積まれていた。ローテーブルの反対側には座椅子が置かれ、その前ではノートパソコンが開かれたまま。座椅子の両サイドにも、小型ゲーム機とスマホが転がっていた。


――この光景……祐希の部屋と同じじゃん!


 俺が驚愕していたのを見ていた内海さんも、俺と同じように驚いていた。


「うわっ!ごめん……片すの忘れてた……へへへ」

「なんか……祐希の部屋と同じ感じがしたので平気っす」

「ちょっと待ってね……今片すから」


 そう言うと、内海さんは買い物したものをそっちのけでリビングの方へと小走りしていた。


「これ、冷蔵庫に入れなくてもいいんすか?」

「うぇっ?あぁ……じゃぁお願いしようかな。適当に入れといて~」

「うっす」


 エコバッグに詰め込まれてた物を取り出していくと……。

 ビール1パック、プレーンヨーグルトが5個、バナナ2房、冷凍餃子4袋。


――なんか……すごいな。まぁ、人様が買い物した品にいちいちツッコミを入れるのもおかしいし、とりあえずは冷蔵庫に入れるべき物を入れるか……。


「冷蔵庫、開けますね……」

「はぁ~い」


 冷蔵庫を開けた俺は、俺の目を疑った。

 一旦冷蔵庫の扉を閉め深呼吸し、もう一度開けてみた。


 ガラ~ン―—。

 ドアポケットには2Lペットボトルのお茶と水が1本ずつ、ボトルコーヒーが1本入れられ、他に見当たる物が、エコバッグに入っていたプレーンヨーグルトに豆腐3パックだけだった。


――は?この冷蔵庫の容量に、入ってるのこんだけっておかしくないか?いやいや……野菜メインで食事をされているかもしれないしな……。


 俺は気を取り直し、野菜室を開けてみた。


「なっ……!」


 野菜室に本来あるべき野菜はなく、変わりに入っていたのは……ビールの缶だった。


――嘘だろ……俺の家にある冷蔵庫と全っ然違うじゃねぇか!この家の人たちおかしいぞ!


「なんかごめんね~手伝ってもらって……って、どうしたの?」

「あ、いや……ちょっと衝撃過ぎて……」

「ん?」

「冷蔵庫の中身っす……ここ、何人で住んでるんですか?」

「私だけだよ!」

「はぁ?」

「だから、私1人だって」

「……まじか」


 内海さん淹れてもらったコーヒーを手に、俺はリビングのソファにもたれて広々としたリビングを眺めていた。

 内海さんの話によると、もともとこのマンション1室には親戚が住んでいたものの、子どもたちの自立を機に田舎へ引っ越したそうだ。マンション自体のローンは完済しており、資産として持ち合わせていたところに、内海さんが住みたいと言ったところ、内海さんが結婚するまでの間、という条件で暮らしているという……。


「この広さに1人って……贅沢っすね」

「うん!家賃はないし、光熱費とマンションの修繕積立費に……あとは車の保険か」

「運転するんっすか?」

「するよ」

「意外っす」


 その後も俺は内海さんと色んな話をして過ごした。


 ブブッ―—

『もうじき家着く』

 祐希からのメッセだった。


「もうじき弟が帰ってくるみたいっす。……その、ありがとうございました」

「とんでもございません。隣同士、これからもよろしくね!あっ、言葉遣いも敬語じゃなくていいよ」

「いいんすか?」

「うん」

「じゃぁ……タメでよろ!」

「よろ!……ふふふ」


 内海さんの笑った顔に、俺の心臓はバクバクと跳ねていた。

 その後の記憶は曖昧だったが、祐希と一緒に家に戻るまでの間、内海さんが手を振っていたことだけは覚えていた。


「和、内海さんに惚れてんだろ」


 祐希の言葉に、俺は何も言い返せなかった。






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