第4話 忘れられた鍵

 男子校はそれはそれで……むさ苦しい場所だと俺はすぐさま気が付いた。

 大人しい奴もいれば、騒がしい奴もいるのが男子校。

 俺のクラスはどちらかと言うと、騒がしい野郎が集まるクラスだった。


 教室の中に入ると、教卓には何人かが集まり、わいのわいの話をしていた。


「っつうか、部活どうするさ」

「俺サッカー部!一緒にサッカーしようぜ!」

「はぁ?俺は陸上って決めてるんだ!」

「んだよ、つまんねぇな!」

「あん?」

「ちょっとやめなって……」

「お前ら落ち着けよ!」

「うっせぇなタコ!てめぇが落ち着け」


――こいつら……初対面じゃねぇのか……。なんでもう既に打ち解けてるんだ……。ってか、この状況は打ち解けてると言えるのか?


 疑問に思いながらも、俺は気に掛けることなく決められた席へと向かった。

 すると、教卓の方から声を掛けられた。


「よう、かずきっ!久しぶりだな」

「……ん?」


――和希って名前はそんなに珍しくもないだろうし、俺のことではないだろう。


 特に気に留めることなく席に座ろうとしていると、


「ちょ、俺に気付いてねぇのか?……一ノ瀬和希いちのせかずき!」

「……俺?」

「お前以外、一ノ瀬和希はいねぇだろ!ってか、マジで俺のこと忘れてんのか?」

「えっと……」


――やべぇ。思い出せねぇ……。


「ごめん……思い出せない」

「しゃあねぇな!河北尚弥かわきたなおや!名前聞いて思い出したか?」


 河北尚弥——。

 小学校4年まで、毎日のように遊んでいたガキ大将。喧嘩っ早く、誰彼構わず喧嘩を仕掛けていたが、尚弥が唯一勝てなかったのが、この俺だった。

 親の転勤で遠方に引っ越して以降、何の連絡もなく年月だけが過ぎ、今に至る……。


「尚弥っ!まじか……全然気付かんかった……しばらく会わないうちにかっこよくなってんじゃねぇよ!」

「それ、お前もな!」


 荷物を机に置き、俺は教卓へと向かった。


「さっき話してた、俺が唯一喧嘩で勝てなかったのがこいつだ」

「へぇ……あんまり喧嘩するように見えねぇけどな」

「こういう大人しそうな奴が一番怖ぇんだよ!」

「たしかに……」

「ぎゃははははは」


――そう言えば、尚弥って基本誰とでも仲良くなれる特性があったよな……。適応能力が人よりも優れているのかもしれないな……。


 俺がまじまじと尚弥の事を見ていると、そのことに気付いた彼が俺に言った。


「お前、俺に見惚れてんのか?」

「何言ってんだ……馬鹿じゃねぇのか!」

「……ふはははは。ちなみに俺は可愛い女の子にしか興味ねぇからな!」

「俺だって同じだわ」


 相変わらずと言うべきか……。見た目が少し男前になっていても、中身は変わらないんだな……と思いつつ、俺は少しだけ安堵した。


――見知らぬ環境で、見知らぬ人たちと関係性を築くより、こうして知った顔があるだけでもこうも安心するんだな……。


 不安だった日常に光がさすような気持ちになった。



 

 こうして新しい環境での生活が始まっていたある日の事——。

 いつものように家族全員で家を出発し、マンション入り口でそれぞれ別のルートで向かう中、


「私、今日は会議があるからいつもより遅くなるからね」

「私も新商品の宣伝で打ち合わせがあるから遅くなる」

「俺もダチと遊ぶから遅くなる~」

「俺は……何もねぇや!」


 一ノ瀬家の朝の申し合わせが終わり、いつものように日常が始まった。


 欠伸をしながら教室へ入ると、大きな声で俺を呼ぶ声が聞こえて来た。


「和希~、今日って何か用事ある?」


――あぁ……いつもの……。


「俺はパス……」


 そう。

 俺は、尚弥から誘われては断る毎日を繰り返していたのだ。


「1回ぐらいいいじゃんかぁ」

「そうだよ……今日は華園かえん高校テニス部員となんだぜ!」

「美女が多くて有名な、あの華園……」

「俺たちには無縁の女の子たちと遊べるんだぜ!」

「どうだ?魅力的じゃねぇか?」

「別に興味ねぇよ」

「んだよ……いつもながらつれねぇな……そんなんじゃ、俺の方が早く彼女できるかもな!」

「どぉぞどぉぞ」

「もぉ~和希はガードが固い!」


――ガードが固い、というか俺自身が人に興味がない、と言えばいいのだろうか。同世代の女性には特に……。同世代じゃなければ恋愛対象になるのか?年上……年上……。


 俺の頭にぱっと浮かんだのはお隣の内海さんだった。


――なんして内海さんが出てくるんよ……。第一、年上かどうかもわからんやろ……。


「こんなことヤメヤメ!」


 退屈な授業をこなすための俺の妄想は一旦止め、頭を整理するために目を閉じ、睡眠学習に切り替えたのだった。


 放課後――。

 尚弥から誘われた合コンを断り、俺は自宅マンションへと帰って来た。オートロックを解除するため、家の鍵を探すが……ポケットの中にはあるべきはずの鍵がなかった。鞄の中を探しながら思考を巡らせた。


 朝の出来事を思い出すと――


――やべっ。俺……玄関に鍵置きっぱで出たんだ……。いつも俺が鍵を閉めてるのに、今日に限って祐希が閉めたんだ……。家族に連絡……しても、今日は皆遅いんだった……。


 どうすることもできず、エントランスの隅っこで座り込んでスマホを見ている時だった。


「一ノ瀬さん?」


 名前を呼ばれ顔を上げると、そこには内海さんの姿があった。



 

 

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