第2話 お隣さん その②
例年に比べ、寒波が長引くなか迎えた俺たちの卒業式――。
体育館に置かれたストーブは、役目を果たしているようで果たしていないようだった。
「マジで寒すぎ~」
「こんな寒い中、ストーブ2台って……」
「しかもその2台は保護者エリアにあるっていう酷な現実」
「卒業証書とか教室で渡して欲しいわ~」
言いたいように文句を言う俺たちをよそに、淡々と進む卒業式。
――厳粛な式典とか散々担任は言ってたのに、その担任は薄着なせいか凍えてんじゃん……。まじうける~。
退屈な卒業式もいつの間にか終わり、教室内では別れを惜しむクラスメイトたちが帰らずに居残っていた。
「んじゃ俺、帰るわ」
俺が鞄を持ち、軽い挨拶をして教室を出ようとすると、仲間内のイツメンが俺の腕にしがみついてきた。
「和希~お前薄情だぞ!」
「ちょっ、まとわりつくなよ!うざいって!」
「ひどい!俺たち、小・中と同じ学校だったのに、高校はバラバラじゃん!もっと別れを惜しんでよ!」
「そうだそうだ!」
野球部で一緒だった他のクラスメイトも、同じように俺の帰りの邪魔をし始めた。
「別に、高校は違っても会えんだろ!」
「そうだけど~」
「じゃあな!」
腕にしがみついていた野郎を振り払い、俺は教室を後にした。教室内では何やらぶつくさと言っているようだったが、俺は気に止めることなく歩みを進めた。
下駄箱へ向かう途中、見知った後ろ姿を見つけた。
「お~ぉ……」
俺は近づき、声を掛けようとしたが、状況がまずいと思い、その場に踏みとどまった。
――これ、俺が出るとまずい……。
そんなことを咄嗟に思い、俺は柱の影に隠れた。
「祐希くん。その……制服の第2ボタン……私にくれないかな」
「……」
――は?ちょっと待てよ……何言ってんの?
悔しさと怒りがこみ上げ、俺は無意識に拳に力を込めていた。
「あのさ」
俺は気付いた。
俺だから気付けた。
――祐希、怒ってる。
「あんたさ、和希の事が好きじゃなかったの?和希に断られたから俺に言うってどういう了見なの?」
「そ、そんなこと言われたって……」
「あんた、男なら誰でもいいんじゃないの?」
「ひどいっ!」
「ひどいのはどっちだよ」
「もういいよっ」
走り去っていく足音が遠くなり、しばらくすると、祐希が柱の方へと近づいてきた。
「和、帰ろ」
「……おぅ」
帰り道、無言で歩いていた俺たちだったが、ふと祐希が話し始めた。
「なぁ和。和はあの人のこと好きだったの?」
「あの人って……下駄箱で祐にボタンせがんだ人か?」
「そう」
「別に好きとかそういう感情はねぇよ」
「だよなぁ」
「……俺に恋なんて無理だろ」
「そうかなぁ……和は好きになったらとことん好きになりそうだけど」
「なんだそれ……そういう祐はどうなんだよ」
「俺は恋なんてどうでもいいよぉ。面倒くさい」
「ははは、祐らしいな。俺も恋なんてわっかんねぇわ!」
他愛ない会話をしながら歩き、見慣れたマンションが見えてきた。エントランスホールに入ると、そこには見覚えのある後ろ姿があった。
「あの人って確か……お隣さんだよね」
祐希もその姿を見て、小さく頷いていた。
紺色のリュックを背負い、右手には重そうなエコバッグ、左手には書店の紙袋を持ち、エレベーターを待つ内海さんの姿があった。
「あっ、こんにちは」
俺たちの姿に内海さんも気づき、にっこりと微笑みながら挨拶をされた。
「ちわ」
「うっす」
「ん?こんな時間に帰ってくるの、おかしくない?……あぁ、卒業式か!」
祐希と俺の胸元に着いていたコサージュを見て、納得したように内海さんは言った。
「卒業、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「そうだ!ちょっと待ってね……」
そう言うと、内海さんはエントランスホールに置かれている椅子に荷物を置き、なにやらごそごそとエコバッグの中を漁り始めた。
「あった……。大した物ではないけど、これどうぞ」
俺たちの目の前に差し出されたのは、苺とチョコが絶妙なバランスで摂れるアポロチョコレートだった。
「アポロ……っすか」
「もしかして、好きくない?」
「んなことないです……ありがとうございます」
「いっぱい買ったからね。お裾分け」
「何個買ったんですか?」
俺が興味本位で聞いてみると、予想以上の答えが返ってきた。
「15個」
「15個っ!?」
「そんなに好きなんですか?」
「好きは好きだけど、普段はそんなに食べないよ。ただ、好きなアニメキャラのファイルを貰うために買ったの」
「あぁあ……」
「推し活、ってやつですね」
「そうそう!」
ドキッ――
好きな事を話す内海さんの笑顔を見ていた俺は、胸のあたりがむずむずする不思議な感覚を覚えた。
――なんだ……この感じ。
今まで感じたことがない感覚に戸惑いつつも、一瞬で治まったため、特に気にかけないことにした。
置いた荷物を持ち、エレベーターへと向かう姿を見ていた俺は、すかさず内海さんに声を掛けた。
「荷物、持ちますよ」
「え?……いいよ~これぐらい平気!」
「でも……」
「その気持ちだけで十分!ありがとう」
「……うっす」
ドキドキドキ――
さっきよりも速くなる鼓動……。
この時の俺は、この気持ちが恋だとは知らなかった。
そして恋することで生まれる、もうひとつの感情の意味を、俺はまだ知る余地もなかった。
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