第7話

落合おちあい雪羅せつら side








「急急如律令、撃」




 出来る限りの早口で唱えたソレは、無事に【霊撃】の効果を発揮し餓鬼王の顔面を襲った。


 意外にものたうち回っているところを見るに、使い手が俺でも序盤最強クラスである『破魔札(下)』の【霊撃】を急所に食らえば辛いらしい。


 まぁ『餓鬼王』は火力よりで、『破魔札(下)』のメインスキルは【霊撃】だったから、当然の結界か。




「グゥゥゥゥ、死ネッ!」




 当然、そのままサンドバックになってくれる筈もない。


 『餓鬼王』は我武者羅に暴れ回り、偶然ヤツの手が放置していた『木の棒』に当たると青白い炎となり消え去った。


 ちくしょう、これで鈍器の熟練度上げられなくなっちまった。


 片目が白濁してるくせに、よくやるものだ。




「光よ!」 




 牽制の『ワンド』で攻撃を行いながら、次の一手を考える。


 ちなみに、【守護】の結界を張る余裕など二重の意味でない。


 あれは「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」なんていう有りがちで長ったらしい呪文を唱える必要があり、その効果は知っての通り『餓鬼王』には気休めにしかならない。


 一時の余裕もない現状で無理に行う作業ではないだろう。はてさて、どうしたものか。




「臆病者メ、男ナラ拳デ戦エ!」




 うるせぇ、こちとら男であるせいで死にかけてんだよ。そんなに決闘もどきがしたいなら、他所でやってくれ。


 だいたい、この程度で消える程お高いプライドなんか持ってたら、とっくに綺麗な死に方選んでるわ!




「急急如律令、撃」



「ガァァァ……、オノレェ!」




 挑発で仁王立ち隙だらけだったので遠慮なく最大火力を打ち込みながら、ふと考える。


 主人公勢のチートっぷりに自信がなくなりかけてたけど、そういや俺って肉体チート持ちじゃん。ついでに前世で武道経験者なのだ。




「サァ、追イ詰メタゾ」




 やってしまった。


 蔓延るデストラップに気を取られていたら壁際まで追い込まれていたらしい。『餓鬼王』は【霊撃】で焼け爛れていても、その戦闘力は健在である。


 もし今、詠唱の素振りでも見せようものなら俺は挽き肉になることだろう。


 ああ、これは……




「【刺突】」




 お望み通り、近接戦闘俺の得意分野で戦うしかないな。


 初期装備の『包丁』を取出した俺は、火傷で動きが鈍くなってきた『餓鬼王』にスキルを繰り出た。




「ヌ゙!? 貴様モ戦士ダッタカ」




 向かってくるのは想定外だったのか、反応が一歩遅れた『餓鬼王』の腕を浅く突き刺す事に成功する。


 つーか「も」ってなんだよ。お前は『王』じゃん。そして俺はゲーマー戦士です。


 それはさて置き、あまりに分が悪すぎる。それは身体能力の差ではない。むしろ、敵が弱ってる分こちらが上手だった。


 では何が問題なのかと言えば……




「ダガ、武器ガ貧弱スギルナ」



「ちっ」




 どうやら、お見通しらしい。


 タイミング的に骨まで届く一撃だった筈だが『餓鬼王』に当たった瞬間、分厚いゴムのような感触があり、まともに刃が立たなかったのだ。スキルで攻撃力に倍率が掛かってるというのに理不尽な話だ。


 生物を傷つける事への忌避感? んなもん、ねぇーよ。女の子(笑)主人公勢殺す覚悟を決めた時に消し飛んだわ。




「興醒メダナ、死ネ!」




 迫る拳を、持ち前の超高校級eyeで捉えて強く思う。アホだなと。


 【刺突】は効かず、詠唱の余裕を潰した事で勝利を確信したのだろう。


 雑に放たれた正拳突きは元々コイツが弱っていたのと相まって酷く無様な完成度だ。それでも直撃すれば俺を殺せる威力を秘めてるのは流石と言えるが、ソレではこのクソゲーは生き残れないぞ?


 拳を受け流し、やる気のない顔面の眼球にカウンターとして【刺突】を叩き込んだ。しょぼい武器でも、やりようはあるのだ。


 僅かでもダメージを与えられるなら、この現実化した世界では急所攻撃クリティカルヒットは自分で引き出せるのだ。




「ギャァァァァァァァァァァァァッ!!!」



「アッチィなクソ」




 『餓鬼王』の絶叫を聞き流していると、体に熱を感じたので目線を下へ向ければ、正拳を受け流した腕が青白い炎で燃えていた。


 『餓鬼王』は手で触れたものを燃やす能力を持っているのだ。完全に避けたつもりが服にでも掠ったのだろう。


 慌てて服を脱げば、皮膚が再生中・・・・・・の左腕があり、スキルが正常に働いていることに安堵する。


 これこそ、アホキャラ『肉吸い』から奪った【HP吸収】のスキルだ。ソシャゲでもお馴染みの与えたダメージの割合回復するスキルである。


 この『怪異ホラーより恐ろしいホラーな私はオキライ?』の世界では武器はもちろん、回復手段も極めて乏しい。


 ハスクラでもあるので、拾うアイテムがメインなのだが、まず絶対的に拾える数が少ない。どの種類のアイテムにも言える事だが回復系統は本当に少ないのだ。


 あとは現ナマ大好き幽霊からボッタクリ価格で買うか、デストラップ付きの安全地帯とかいう訳のわからない地点で回復の泉を使うくらいが精々だ。


 それを考えれば、装備枠も使わずコストも掛からない【HP吸収】がどれだけ優秀か、嫌でも分かると言うものだろう。




「ア゙ァァァァァァッ、殺ス、必ズ殺シテヤルゥゥゥ!!」




 油断大敵だったな『餓鬼王』。


 もう少しまともに攻撃していれば、俺は安全策を取り、戦闘を引き伸ばしたというのに。




「急急如律令、撃」 




 今のうちにトドメを刺しておく。


 コイツも『肉吸い』と同じく固有の討伐報酬があるのだが正直微妙である。


 先ほどまで『餓鬼王』の骸があった場所を見れば、飢えに苦しむ餓鬼達が描かれた腕輪が落ちていた。これこそ『餓鬼王』討伐報酬の『餓鬼求道』である。


 この『餓鬼求道』は空腹ゲージの減少を止めてくれる大変ありがたい効果を持つのだが、その代わり使用者に凄まじい飢餓感を与える初見殺し地雷アイテムなのだ。


 ああ、忌々しい。ゲーム時代、それを知らずにアホお嬢様へ装備させた俺は唐突に始まった仲間食いカニバリズムイベントにビビリ散らしたのを思い出してしまった。




「……非常用にとっとくか」




 いつ食糧難に陥るかは分からない。


 気が狂うほどの飢餓感も死ぬよりマシだろう……………………多分。


 さて、そう遠くない内に『栄養剤(超)』の効果が切れて俺は動けなくなる。早いとこ安全地帯に辿り着かねば。




「のぅ、悪い虫は貴様か?」




 そんな時だ。


 俺が序盤で最も聞きたくなかった声を聞いたのは。











─────────────────────


 『包丁』のスキルが、なぜ【斬撃】ではなく【刺突】なのかだって? 


 まず前提として、ゲーム時代で『包丁』は主人公勢女の子が使ってたのよ。


 んで、包丁持った女の子なら斬るより(痴情のもつれで)刺す方が似合うでしょって事で決まりました。(笑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る