義理の妹が田中だった
第1話 十五人中七番目ぐらいに可愛い子
高校生活というものは思っていたよりも全然地味だ、それがこの一年の感想だった。
そして今日は二年生になった初日。張り出されたクラス替えの紙を見て、今までほとんど足を踏み入れたことのない階へと向かう。
入ったことのない教室の、指定された席へとようやく辿り着いたとき、隣の席にはすでに一人の女子生徒が座っていた。
そこにいたのは田中だった。
微かに茶色がかった、ショートボブといえば聞こえはいいけどつまりおかっぱの黒髪、色気のないメタルフレームの眼鏡、そこそこに可愛い顔。
なぜ二年生の最初の日から彼女が田中だと知っていたかというと、もちろん去年も同じクラスだったからだ。それ以上の何かがあったわけでもなく、そもそも僕は彼女の下の名前すら知らない。
自分の席に着いた僕はとりあえず景色を見回してみる。
隣の席には眼鏡を掛けた田中がいる。
背の高さは普通、というか百五十センチ台後半ぐらいか。冬服の下なのでよくは見えないけれど、去年の夏服を見た感じだと特に胸が大きいとかいうわけでもなかった気がする。成績も特に優秀ということもないし運動部で活躍しているという話も聞いたことがない。
要するに、この学校にもっともよくいるタイプの普通の女子、それがこの田中なのだ。言うならば普通の中の普通、The 普通 of 普通。多分こういう女の子が、大学に入ると髪を茶髪にして伸ばし眼鏡をコンタクトにして量産型女子に進化するのだろう。
気配を感じたのか突然田中が僕の方を向いてきた。
見過ぎてしまったのだろうか。うっかり目が合ってしまう。
「おはよう、有栖川君、同じクラスだったんだね」
この一年間で初めて田中に話しかけらてしまった。有栖川というこの御大層な僕の名字は出落ちっぽくて嫌なんだけど、覚えてもらえることだけが利点だ。
ところでさっきから彼女のことを田中と呼称しているけれど、もちろんいつもそう呼んでいるわけではなく、というか名前を呼んだことすらない。ただ単に個体名として田中と認識しているだけに過ぎないわけで、
「えーっと、おはよう……」
一瞬戸惑って名前を呼べず、微妙な返事を返してしまう。
「田中だよ、私」
「うん知ってる。同じクラスだったし」
どうやら僕が覚えてないんじゃないかと思われたようだけど、いくらなんでもそんなことはない。女子は十五人しかいなかったのだから。
「だよね」
「まあね」
それに彼女はクラスの中でもそこそこ可愛い方の子だった。どのぐらいかというと、十五人中で七番目ぐらい。僕個人の意見だけでなくクラスの男子の意見の総合でそんな感じだったと思う。正直五番より下はよく覚えてないけど。
「有栖川君とは、話したことなかったよね」
「そうだね……」
答えてはみたものの、眼鏡の奥の彼女の目は僕が続けるのを待っているように見える。確かにいま中途半端なところで会話を切っちゃったかもしれない。もっと何か言わないといけないのだろうか。
「田中さ、」
ここまで口にしたところで困ってしまった。次の会話の内容が全然思いつかない。一年間同じクラスだったのに今まで接点がなすぎて共通の話題がほとんどないのだ。むしろ初対面ならまだ何かあるだろけど。
そういえばこういう時は、相手の言ったことを繰り返すのがコミュニケーションの基本だと聞いたことがあるな。
「田中さ、ん……とは話したことなかったね」
「そうだけど」
眼鏡の向こうで田中の瞳が怪訝そうに動いた。
あれ、僕なんか変なこと言ったかな。
いやでもキャッチポールは返したはず。今度は田中の番のはず。
僕はとりあえず話が終わったことにして口を閉じ軽くほほ笑んでみる。
すると矢継ぎ早に田中が口を開き、次の質問が来やってくる。
今度はきちんと返さなければ。
「有栖川君って、何か部活入ってる?」
「いや特には入ってないよ」
「私も」
しまった、一往復半して僕の番になってしまった。この田中、さすがは女子だけあって思っていたよりコミュニケーション能力が高い。油断してしまった。
でも今の会話で判ったこととして、多少の個人情報を聞く事は許されるらしい。よしでは次の質問を。
「田中……さんって、兄弟いる?」
その質問に対して、田中は眼鏡を掛けた顔を傾げて思案顔。
しまった、家族構成を聞くのはまだ早かったか。
「あ、いや、言いたくなければ別に……」
「いや、そういうんじゃなくて、今はいないけど、今度きょうだいが出来るんだ」
「へー」
今度兄弟が出来るって随分歳離れてないか。まあいいけど。関係ないし。
それよりこの会話、いまどっちのターンなんだ。僕、返事したよな。あ、待てよ。ここは追加攻撃すべき?
「そうなんだ。僕は兄弟いないけどね」
よし、これできれいに返しが決まったはず。
「ところで有栖川君って下の名前なんて言うの?」
田中がさらに深堀して個人情報を探ってきた。
さすが女子、コミュ力が高い。
しかしよりによってその質問とは。困ったな。仕方がない。
「叡智の『智』に、水晶の『晶』って書いて……」
そこで一度区切る。目の前の田中が微かに首をかしげて続きを待っている。
「……ちあきって読むんだけど、トモ君とか呼ばれることが多いかな」
よくある会話なので最後は早口で一気に話す。
なんというか、子どものころ『ちあき』と呼ばれるのが嫌だったのでそうなってしまったのだ。だって女の子っぽい感じがするんだよな。いまはどうでもいいけど。
僕がそこまで喋った時、今まで静かに聞いていた田中の顔全体が、突然笑顔になった。
口元を緩め銀縁眼鏡の奥の目を細めて僕を見ている。
「そうなんだ、へー、ちあきって言うんだ。へー」
今度は僕が怪訝そうに田中を見る番だ。
今の話のどこにそんな面白い要素あった?
「ごめんごめん笑っちゃって。あのね、私の名前だけど……」
田中は笑顔を浮かべたまま続けて話してくる。
「……数字の『千』に、水晶の『晶』で、ちあきって読むの」
そこで田中はもう一度嬉しそうにニッコリとした。
「同じ名前だね、ちあき君。よろしくね!」
「はあぁ?」
田中はクラスで七番目に可愛い子だったけれど、笑った顔での順位はもうちょっとだけ上位に見えた。
・ ・ ・
いい意味でも悪い意味でも多様性にあふれていた中学時代、クラスでもそれなりにいい成績を取っていた僕は、ひょっとして自分の頭がいいんじゃないかとうぬぼれていた。
しかし入試を経て、同じぐらいの学力の人間がスライスされて集められた県立高校の中には、自分を含めそもそも多様性の存在する余地などない。
もちろんラノベみたいなことが起きないのは分かっていたけれど、それ以前に僕はただの高校生で、ここは千葉県にある普通の県立高校なのだ。この学校で僕が人と違うことがあるとするならばこのちょっと変わった名字だけ、そう思っていた。
そして今日、僕は改めて多様性とは何なのか考えてしまった。
なにも隣の席の男女で同じ名前でなくてもよくない?
~ 第二話「母さん、再婚しようと思うんだけどいいかな」に続く ~
―――
こんにちは。おおぎり第4回。
カクヨムコン10向けにわりと真面目に構想中の純ラブコメ第一話です。 純ラブコメというのは純喫茶みたいなもんです。
なおヒロインはガンダムでいうとジムみたいな感じですね。
では次回第5回でお会いしましょう。
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