総資産5兆円の子持ちの人妻が部屋に転がり込んできた 第一話


 ~ ピロリン ピロリン ~


 年末のくだらない番組を垂れ流すテレビから、ニュース速報の音が聞こえてきた。


 俺だって真剣に見ているわけでもない。ただ単に暇なのだ。彼女がいるわけでもない、実家に帰省する金もないから成人式にも出れない、かといって大学の勉強をするわけでもない。


『やっぱり大当たり三回でやめとけばよかったな……』


 などと昼間のパチンコの反省をするだけの、二十歳の怠惰な大学生がこの俺だ。


 テレビの速報は資産五兆円の若き実業家の殺人事件という、いかにもマスコミが好きそうなニュースの続報を伝えていた。


 もちろん俺は何の興味もない。しょせん他人の金だ。五万円ならいざ知らず、五兆とかなると意味が分からない。国家予算かよ。個人でそんな金持ってるから殺されるんだよ。


 昼間のワイドショーによると、その実業家は二十代後半にして二十三歳の美人な妻と三歳の子供がいるとのこと。持ってる奴はとことん持ってるものだ、俺はそんな覚めた気持ちしか感じなかった。


 しかし5兆円か。


 民法の授業を思い出す。妻の法定相続が半分だから2.5兆だろ。それから子供が2.5兆か。税金取られるとしても45%残るんだよな。基礎控除枠の3000万とかもう誤差だ。


 なんだか羨ましいという気すらしない。


 あまりの馬鹿馬鹿しさに腹が減ってきた。


 なんか食うかとお湯を沸かしたところで、俺はカップ麺の買い置きが切れていることに気が付いた。


 世の中は不公平だ。


 世の中には五兆の金と若い妻とかわいい娘を持つ男がいて、片やカップ麺の買い置きすらない男がここにいる。


 とはいえ死んでしまったら元も子もない。

 世の中意外と公平なのかも。


 仕方がない、買いに行くか。



 ・・・・・



 コンビニに行こうと上着を羽織り、アパートを出て歩き出したところで、ふと子供の声が聞こえてきた。


「お母さん、大丈夫? 死んじゃやだ……」


 小さく聞こえる声の方を見る。

 物陰に人がうずくまっている。そしてその前には小さな人影。


「どうしたの?」

「お母さんが……助けて……」


 話しかけたところに、子供の泣きそうな声が答えてくる。


『これは警察か救急車を呼ぶべきなのでは……』


 しまった、スマホを部屋に置いてきちゃったんだよな。

 まあ仕方がない。


「どうしたんですか、立てますか?」


 もう一度俺が声を掛けるとうずくまっていた人影が顔を上げてきた。

 髪の長い若い女だ。

 顔は暗くてよく見えないが、この寒い中、上着も着ていない。


「お願い……助けて……」


 女の声がかすかに聞こえてくる。


 一瞬どうしようかと考えたけれど、スマホも手元にないし、かといってここで放っておくわけにもいかないよな。この寒さだとうっかりすると凍死してしまう。


「そこに俺の家があるので、歩けますか?」


 そう聞いてみると女はうなずいて、よろよろと立ち上がった。


「お母さん……」


 子供が女を支えようとするけれど、どう見ても三歳ぐらいの子だ。大人を支えられるわけがない。まあ、しかたがない。


「俺に掴まってください」


 俺は女を支えながら、自分のアパートまで連れて行った。



 ・・・・・



「ちょっとそこに横になってください」


 敷きっぱなしの布団に連れてきた女を寝かせ、布団をかけてやる。

 子供が隣で心配そうにその顔を見ている。どうやら女の子らしい。


 そしてようやく明るいところで見たその女は、きれいな女の人だった。


 歳の頃は二十歳すぎぐらいか。女子大生と言っても通用しそう。黒い髪が長く、化粧っけのない整った顔立ち。


 ~ ピロリン ピロリン ~


「資産五兆円の実業家殺人事件、続報が入りました」


 テレビが伝えてくることによると、どうやらあの実業家の妻子が二日前から行方不明になっているらしい。誘拐の可能性もあるとして秘密捜査をしていたが、公開捜査に踏み切るとのこと。


 テレビの画面では、写真付きのフリップを持った弁護士を名乗る男がカメラに向かって話しかけていた。


「……妻〇〇〇さん、そして娘△△ちゃん、この二人の行方に関する情報がありましたらこちらまでご連絡ください。重要な情報であれば一億円差し上げます」


 最近見覚えのある黒髪の美人な女、そして女の子の写真。

 さらには画面に電話番号がテロップで表示される。


「あ、ママだ」


 テレビに映る女の写真と、目の前で倒れ込んでいる女の顔を見比べる。


 そろそろと手を机の上に伸ばし、俺はスマホを握りしめた。

 震える指で指紋認証を解除して、電話のアイコンを……


「お願いです電話しないでください、助けてください……」


 女の弱々しい声が聞こえてきた。



 一億円、一億円、いちおくえん、

 いちおく、、、



 いやまあ、まずは話を聞いてからでも大丈夫だよな?



― 第二話に続く ―



――――――――――――――――――――



 さて第2回目の第一話(?)は「総資産5兆円の子持ちの人妻が部屋に転がり込んできた」となります。


 この話も前回同様、X(twitter)のスペースでみんなで創作会みたいなことをしていた時のものです。ちなみにこの時のお題は「3歳ぐらいの子供がいる23歳ぐらいのシングルマザーと20歳ぐらいの男子のラブコメ」というものです。お題提供はイコ先生です。ありがとうございました。


 ところでこのお題、マーケティング的には相当キツイですよね。女性が年上で子持ちでラブコメとか。かなり頑張りました。まずキャッチーなシチュを作って最後はクリフハングです。猫も助けます。


 ちなみにこの続きとしては以下のようなサスペンス的なラブコメをイメージしています。


・口座に5兆円あるのに現金がなくて困る。

・しかし名乗り出ると夫を殺した殺し屋に狙われてしまうし警察も信用できない。

・逃げ回りながらなんとか現金を作る方法を考える。

・殺し屋を追い詰めてから黒幕を見つける。

・お金の力で黒幕と戦って勝つ


 重要なのはお金があるのに使えないというコメディ感、邪魔になる子供が実は大事だったという意外感、そして尋常でないお金の力で黒幕を倒す爽快感でしょうか。


 考えてはみたんですが、マジっぽい経済サスペンスになっちゃいそうで書くの大変な割にラブコメ感が薄くなりそう。しかも子供の立ち位置がものすごく大変っていうか、コメディ要因としてはいいんですがどうも読者のヘイトが溜まりそうで難しいですね子供って。


 では第3回に(そのうち)続きます。

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