第6章「崩壊編/遥かカナタ望郷の箱」

第38話「序/ノーヴェンバー・レイン」

 ——平成36年、11月某日。夕刻。

 ——天気:雨。


 降り頻る雨が、もう暗い曇天をより一層闇に染め上げている。

 月峰カザネたちが通う高校『戯画高等学校』校舎内、2階渡り廊下の窓からも、11月の雨が街を濡らしている光景はよく見えた。


 ——暗い廊下で、その光景を眺めているのは1人の男。

 名を、沖田シゲミツ。


 自身を自ら『虚無の器』であると語る彼は、着慣れた白と黒のストライプ・スーツをきっちり着こなし、光のない目で芸都を見据えている。


 その背後に、銀髪の女子生徒が1人。


「——それで、沖田先生。これはなんの茶番なんですの?」

「…………」


 女生徒の問いに暫し沈黙していた沖田だが、彼女の方へ向き直り、こう答えた。


「——簡単な話だ。

 おれは器に適しているのかもしれないが……。しかしそれでも、器の完成は喫緊の達成課題と化している」


「……それで、このような終幕装置を?」


 生徒の問いに、教師は頷く。


「——ああ、そうだ。それが【おれ】であるがゆえに。任されたのならば——おれがやらねばならないのならば。

 ——


「——そう、ですか」


 男の回答に少女は一言返し、そして踵を返す。

 暗い廊下を引き返す少女。その向かう先には、幾人かの人影。


「——お前たちも来ていたのか」


「……戯けたことを。見届けざるを得んだろうが」

「そうですよ。物語の幕引き、そのために呼び出されたんですから」


 2人ほど、言葉を発する者がいたが、沖田はそれに対して少し目を伏せるのみだった。


「先生。申し訳なさを感じているのであれば、早めの行動を。どちらにせよ、停滞は許されないはずです。さもなくば、私のようになりますよ」


 銀髪の少女が再び口を開く。その発言を聞いて、沖田シゲミツは彼女らの立つ闇を直視した。


「——申し訳なさ? いや、悲しいことに、おれはそのような人並みの感情などないよ。

 おれはあくまで器でしかない。だが——


 ——だが請われた以上は、己が職務を全うするとも」


 それは冬の始まりを告げる11月の夜。


 札伐闘技を巡る、崩壊の物語が始まろうとしていた。

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