第37話「決戦Ⅶ/ブレイズ・タキオン」
◇
——どぷん。ごぼぼぼぼぼ。
敵センチネルの直接攻撃を受けて落ちゆく意識。それはまるで静寂な水の中に沈んでいくかのよう。
でもそれは水の中などではなく、それは深淵への通り道で。
埋没する先にある構造体は、その立方体こそは——初めて見るけれど、わかってしまう。魂がそれを理解している。
それこそが星の知性、その一部が願望器としてカタチを成したもの。
名を——【深淵の願望器】。
これに触れることができるのは、札闘士のみ。最後の勝利者となった者か——或いは、死の淵に立たされた者か。
薄れゆく記憶を辿るまでもなく答えは明白。
私は戦いに敗れ、そして魂が深淵に取り込まれようとしている。
あのカードを、
ああ——ああ——
——この瞬間を、待っていた。
【深淵の願望器】に触れた部位から順に光の粒子と化していく私の身体。
だけど、今まさに——私は深淵に触れている。死の淵と深淵、その両方を経験している。
ゆえにこそ、今の私には資格がある。
死と敗北、その双方を覆す力。
アビスのカードを使用する資格を、私は行使する——————!!
◇
「——『深淵浸蝕/Rising Evolution』!!!
エボリューション召喚!
来て!
『クラス:ライジング/タキオンブレイド』——————!!!!!」
死と敗北とを覆し、白と黒のコントラストを帯びた鋼鉄の未来侍が姿を現す。
ビームを帯びた高周波ブレードを携え、惑星間航行すら可能とする翼型推進機を背部に備えた遠未来の剣豪。
それこそが——『クラス:ライジング/タキオンブレイド』。
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『クラス:ライジング/タキオンブレイド』
AP4000
種別:アビス・エボリューションセンチネル
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「バカな……深淵の力を持つ『Evolution』と……エボリューションセンチネルだと————!?」
驚愕に顔を歪ませるムガ。
絵になるリアクションありがとう。今からさらに歪ませてやるわよ……!!
「ライジングタキオンの特殊能力により、深淵属性と時空属性の二つを併せ持たないセンチネル一体を、二重の属性エネルギーによる斬撃で捨て札にする! これは捨て札にする処理だから破壊じゃないわよ! いい加減その深化連鎖を止めてやるってのよ!!」
効果発動宣言により、ライジングタキオンは二本目のビーム高周波ブレードを構えて二刀流となり、それぞれに深淵属性と時空属性を帯させて斬撃を射出する——!
「食らいなさい! 『タキオン・ライジングブレイザー』——————!!」
到達する二つの斬撃。この瞬間、手札を持たないムガの敗北が確定する、その最中——
「————仕留め損ねた!?」
代わりに、天の大穴が崩壊していくのが見えた。
「フゥーーーーーーーーーーーー危ない危ない危なかったァァ……!
よもや我が浸蝕結界の隠された効果を使うことになろうとはな。
『浸蝕結界/逆巻く深淵-リバースパイラル・アビスホール-』には、任意のタイミングでこのカードを破壊することで、自分のアビスセンチネル一体を破壊する効果があるんだよなァァァーーーーー!!」
「——フン、だからなんだってのよ。これでアビスセンチネルに効果打ち消しが適用できる上に、もうこれ以上妨害が立つこともない。先に底を見せたのはあんたよムガ!」
「——おいおい、おいおいおい。
それでも尚、俺には深化が残されている。
——
落ちる逆さまの螺旋行、その果ては間近!
絡み合う螺旋の具現よ、今ここに姿を現すが良い!! 来れ、我が切り札!!
『
砕けた大穴、その破片が空を舞う中、遺伝子めいた形状の——巨大な塔のような構造体が顕現する。
——これがムガの切り札、私が倒さねばならない最後の難敵!
それは、螺旋構造の巨人だった。
------------
『
AP10000
【効果】
このセンチネルが場を離れる際、アビス・カウントが0となり、このカードの持ち主はゲームに勝利する。
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「なんだこのステータスと効果は……? これではカザネは、勝てない——?」
「はぁぁーーーーーーーーー長かったなサカサマラセン。これで俺の勝利は盤石。その高いAPで殴っても勝ち。ここでなんらかの迎撃を受けて場を離れても勝ち。準備した甲斐があったってもんだ。
……月峰カザネ。確かに未だかつて進化と深化を同時に使った者はお前以外に存在しない。そこは誇って良い。だが、だがそこ止まりだ。
進化でさえも特殊勝利に満たないのならば、それはまだこの星の重力に引かれたままの赤子と言うことに他ならない。これが最早誰の意思なのかは定かではないが——いずれにせよ今回もまだ、人類は揺籃の中から抜け出すことは叶わなかったということだ。
逆転叶わず残念至極。だがワタシはお前を生涯忘れることはないだろう。
——さて、フィナーレだ。星の記録に刻まれるが良い」
遺伝子の様な巨人が両腕を掲げるや否や、そこに強大なエネルギー光体が出現する。膨大な力の凝縮体が、今まさにライジングタキオンへと直撃する——!
「——『
その一撃の重さは凄まじく、芸都の地面が溶け抉れてぽっかりと巨大な空洞が発生している。あれは最早クレーターだ。
「——今度こそゲームセットだな月峰カザネ。いや、悪くなかった。よくぞここまで進化したものだ。願わくば、ああ、願わくば、その進化の更なる先を見たかった」
そして直接攻撃の指示を下そうとするムガ。
……けどね。私にだってね、今まさに言いたいことがあんのよ。そのなんか全部知ってますみたいなノリやめなさいっての。あんたはあくまで残留思念の集合体が深淵の影響を受けているだけであって、星の知性でも代弁者でもないでしょーが。あーもう腹立つ。だから食らわせてやるわよ、極上のカウンターを!
「——ならさ。見せてあげるわよ、その更なる進化ってのを、今、ここで!」
「————何?」
私の発言がよほど想定外だったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするムガ。間抜けな顔もできるじゃないの。じゃあそこにオマケの一撃を食らわせてやるわ!!
「ライジング・タキオンにはもう一つ特殊能力があるの。それは——
破壊される際、
「何————!?」
「誰もやってこなかったわよね、進化したセンチネルを更に進化させるってこと。
まあ進化の使い手がほぼいないし、進化一回で大体リーサル取れるだけのカードパワーがあるからってのはあるだろうけど——単純に精神負荷もすごいんでしょうね。
でも————でも、限界を超えて深淵の力に触れた今の私なら、二段進化に手を出せる……!」
——瞬間、私とライジング・タキオンを白と黒の極光が包み込む。その光は地の底より出でてソラへと伸びゆく無限の光。
深淵の力を超える、新たなる境地——————!!
「エボリューション・フェイズシフト!
出でよ、ソラの果て——いつか届く終着点より伸びる巨影! 悠久の旅路、その果てにある力の一部を今ここに投影する!!
『
「ブレイズ……タキオン……!!?」
そこに顕現するは巨大な龍の影。この星すら覆うほどの巨大な影。実体ですらない、虚像の龍が、それでも尚、圧倒的な力の一端を以て、札伐闘技に介入する——!
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『
種別:オーバー・カウント
AP測定不能
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「……AP測定不能…………?! だが、ああ、だが! 如何なる存在であろうとも、俺のサカサマラセンを攻略することなどできない! このセンチネルは勝とうが負けようがこの俺に勝利をもたら——」
「それはブレイズ・タキオンが深淵と同格だったらの話でしょ?」
「何————?」
ムガの顔が、戦慄に歪む。
「ブレイズ・タキオンは宇宙の力の一端。星一つでは到底太刀打ちできない質量の力を持つ。
——焼却龍ブレイズ・タキオンの召喚時効果により、このカード以外の手札とフィールドのカードを全て、効果もろとも焼却する」
龍の影から、燃焼エネルギーが放出される。それはいとも簡単にサカサマラセンを消し炭に変え、捨て札にすらすることもなく消滅させた。
そして、焼却を終えた影もまた姿を消し、場にはライジングタキオンが再び姿を現した。
「焼却を行った縛りとして、このターン私は直接攻撃も含めてあらゆる攻撃権を失う。——けれど、私のターンは今から始まるのよね」
——そう。ムガにはもう使えるカードがない。ゆえにターン終了宣言以外に行うことは何もなく、こうしてターンは私に移る。
「カザネ……!」
カナタの声が聞こえる。けど、ここに来て私の精神も召喚負荷によって流石に限界が近く、今はただ、眼前のムガを見据えて意識を保つのみ。
「攻撃ッ! 宣言ッ!!」
今にも飛びそうな意識の中、私はどうにか声を張り上げ、戦いに決着をつけるべく声を放つ。
「『クラス:ライジング/タキオンブレイド』の攻撃ッ!
——————『アブソリュート・ライジング』!!」
閃光のごとく翔び進むライジングタキオン。その斬撃がムガを斬り裂く————!
「そうか、これが、進化の、光——————」
そして。ムガの声が、斬撃と極光の中にかき消える。
——かくして。戦いは私の勝利に終わり、札伐闘技は今度こそ、運営者を失い幕を下ろした——
------------
第五章、了。
第六章『崩壊編/遥かカナタ望郷の箱』に続く
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