第39話「廻るデイドリーム①」

 ——平成36年11月某日。天気晴れ。


 月峰カザネ18歳。大学受験も目前——というか推薦で一つ合格を勝ち取った状態——ということもあって、日々をどこか忙しなく過ごす日々です。あ、日々二回言っちゃった。日々サンドだ。


 サンドで思い出したのだが、私の父は町でも結構評判の喫茶店マスターで、今度新メニューを出すらしい。案は大体決まっており、なんなら常連客の方々にも色々リクエストを聞いた上で試作品を既に作り上げたという。その中にサンドイッチもあって、今それの名前を考えているとかなんとか。


 うーん、ちょうど良いかも。


 などと思案したわけだが、そもそもの話、人間は例えば何かを思い出そうとした際に、その時思い出せなくともバックグラウンド処理じみたことを脳は行ってくれているそうで、つまりは私が他のこと——例えばスマホを見たりご飯を食べたりお風呂に入ったりなど——をしている間にもその忘却の彼方にある何かしらを記憶の引き出しから探してくれているらしい。

 急に「あ! 思い出したパーソナルスペースだぁ! なーんでこの前はプライベートビーチしか思い浮かばなかったんだろうねぇ」みたいなことが発生するのはそういうメカニズムらしい。


 何が言いたいかと言うと、日々サンドというのも実際のところ、「父がサンドイッチの名称を考えている」ということを私が聞いており、そこから無意識のうちに様々な事柄をサンドと結びつけようとしていた——とまあ、そう言うことを言いたいのであった。言うなればコンボ探しである。そう、カードとカードとのコンボ——カード……?


「うーーーーーーーーん、うん?

 あれ? なんの話だっけこれ?」


 登校中に偏頭痛。私たぶん、他にも何か忘れてそうです。


 ◇校舎一階・3-1教室◇


 高三とは言っても、まあ基本的にはまだまだ精神的には子供なわけでして。教室に入ると始業前ということもあり、騒いでいるメンツもいた。もちろん勉強している人もいるんだけど、うるさすぎるためイヤホンを付けている感じ。うるさいよね、いやホントに。


 そんなこんなで私は窓際の自席に向かう際、ふとアイツの席に視線を移す——が、やはりいない。来てるには来てるらしいんだけど……。


「何やってんだろ、アイツ」


 などと、しんみり神妙に思案に耽ろうとしたところ、背後から両手で視界を塞がれた。


「アイツって、誰ですの?」


 聞き馴染みのある、親しい間柄の少女の声色。一時期ちょっと距離取りかけたり、なんなら血みどろって感じの喧嘩もしたけれど、今はまた昔のような関係に戻った親友の声。


「知ってるくせに。ねえ、アリカ」

「んふふ、全部お見通しというわけですのね」


 返答とともに手を離し、それで自由を取り戻した私が振り返る。

 そこには大親友の白咲アリカが笑顔で立っており、今日も銀のツインテールが尻尾みたいに可愛くふりふり揺れていた。ツインテールなので尻尾で例えたわけだが、本当になんかご機嫌な時の犬の尻尾みたいでだいぶ可愛いのだった。


 私が微笑を返すと、

「ああでも」とアリカは続ける。


「そのアイツさんですけど、どうも視聴覚室に出入りしているところを見た人がいるみたいですわよ。一体何をしてらっしゃるんでしょうね」


「視聴覚室——んー、ていうかそれ、先生たちは知ってんの?」


「出席確認時にも特に何も言及がないということは、おそらくは何らかの理由があって承認されているということなんでしょうけど、不思議ですわね」


「ふーん。ちょっと見てこよっかな——ってアリカ。なんで私の手を掴むし」


 それでつんのめりそうになる私。危うく顔を床に擦り付けるところだった。だいぶタワシ。


「視聴覚室は訳あって今は施錠されてますの。だから今カザネが様子を見に行ってもきっと入れないでしょうし、どちらにせよ私が先生方に口添えしないとおそらく中に入ること自体叶わないでしょう」


「えっでもアリカもう生徒会長交代したじゃん。口添えも何もなくない?」


 そもそも生徒会長にそのような権限がマジにあるかどうか自体が議論の対象になり得るのだが、そこは割愛しておく。


「ふふん。既に蓄積された優等生カウンターが山のようですの。星積みだったらとっくに宇宙に届いていますわ」


 星罪ってそういうもんなんだろうか。なんか無人の惑星に数年放逐されるとかそういうSFチックなやつなんじゃなかろうか——などと思ったけれど、なんか私が漢字の勘違いですれ違いって感じなので、深く考えないことにした。


「んー、じゃあさ。アリカに無理言うのもなんだけどさ。その優等生パワーの口添え、お願いできないかな……? 私、やっぱどうしても気になっちゃって」


 困り眉を良い感じに作りながら声のトーンを半音上げてアリカにゴマをする私。今なら誰かのヒモになれるような、そんな気がするわね!


 などと思っていたのだけれど、アリカは呆れ顔で息を吐き、そして少し困ったような声色でこう言った。


「でもねカザネ。私の口添えが上手くいくいかないの如何にかかわらず、遺憾だけど——


 ——神崎カナタさんのことはもう放っておきなさいな」


「……え、なんでよ。なんやかんや言ってもやっぱ、アイツのこと心配っていうか、急にどうしたんだろうって気になるっていうか……」


「だからそれがもう半年近くになるでしょう?

 理由は定かではないにせよ、向こうから連絡を絶っている以上、今のあなたにできることはないですわ」


「いや、その……かもしれないけど。でも、もし教室に来れない理由があるとして……仮にでも私に出来ることがあるのなら——」


「——いえ、ありませんわカザネ。それだけは絶対です。私が保証します」


「なんで? どうしてよアリカ。何でそんなことあなたが——」


「今はまだ答えられません。でも、あなたが背負う責任は何もありませんわ。全て彼の問題、彼の選択です。それはいずれわかるかもしれませんし、それより先に解決するかもしれません。……とにかく、今は私を信じて、詮索はしないで」


 少し物憂げな笑みを浮かべながら、アリカにそう言われ——私は、私は、


 原因のわからない偏頭痛を理由に、保健室へと向かった。


 ◇


 ——朝のホームルームより前に保健室に来ることになろうとは。元気ガールなのが取り柄みたいなところあったのに、アイデンティティ・クライシスになりかねないよぉ〜〜。などと心の中で叫ぶ——つまりモノローグ・シャウトといった感じなのだが、驚いたことに、そんなことを考えながら5分ほど横になったらもう楽になっていた。時刻は8時20分。余裕、あまりにも余裕である。予鈴すらまだ鳴っていない、これは——これはつまり——


「——チャンスね」


 そう呟くと、私はキリッとした表情で保健室を後にした。向かう先はもちろん、視聴覚室である。


 ↓


 そろり、そろり……などと、別に足音を立ててはいけないわけでもないのに抜き足差し足忍び足なのはいかがなものかと思わないでもないが、それでもアリカを出し抜いた形にはなるため後ろめたさはあるわけで。

 そういった気持ちを足から床に出したくないなぁと無意識下で考えた結果としてのニンジャ・サイレントウォークだった。


 だった、のだが。


「……月峰。視聴覚室に用でもあるのか?」


 見知った担任、吉良ヒラカズ先生と出会した。

 ていうかまだ視聴覚室まで行ってないのにバレてーら。筒抜けなん……?


「ヒッ! 吉良先生……! いや、ヒッじゃないんです。全然別にこれっぽっちも慌ててなくて」


「別にそこまで訊いてはいないよ。ただ単純に、もうこの先にある教室というのが視聴覚室ただ一つで——そして、朝のホームルーム直前にわざわざ向かう理由が気になった。それだけだよ」


 少しやつれ気味の笑顔で、吉良先生は私にそう言った。前はもうちょっと張りがあった気がする。何か嫌なことでもあったのだろうか。


 そんなことを考えているとなぜかまた頭痛が起こりそうな、そんな気がして——


「いや、特に何でもないんですアハハ。こっちで知り合いを見たような気がしたんで、ちょっと寄り道……みたいな、ハハ」


「……そうか」


「そうです! てなわけで教室に向かいますね!! それではまた後で!!」


「ああ、そうだね。また後で」


 どこかつまらなそうな表情とともに、吉良先生は私を見送った。


 ◇


 ◇放課後。2階・視聴覚室前◇


 ——尚も諦めない月峰カザネを上手くなだめた後、白咲アリカは腕と自慢のツインテールを振り回しぶん回しそして強固な決意を胸に視聴覚室前まで来ていた。


 理由は明白。

 ——神崎カナタと会うためだ。


 と言っても逢瀬というわけではない。彼女たちにそのような感情はない。仮にあったとしてもそれは過去の話に過ぎず、どのみち今の彼女に神崎カナタとの距離を縮める意図は微塵もなかった。


 彼女はただ彼を問い正し、場合によっては問い殺し、それでも死ななければ儀礼を以て算段であった。


 神崎カナタを探し求めるカザネとは違い、白咲アリカにとって彼は——


「……開いてますわね、鍵」


 ——現状を根底から崩しかねない、余計なノイズでしかなかった。


「ノックの必要はありますか?」


 ——彼女の問いに返答はない。

 ——元より彼女も、聞き入れるつもりなどない。


「——理想的な無返答、感謝しますわ」


 そう言って白咲は、扉を脚で蹴り飛ばした。


 ——音は響けど、辺りに人影はなく。

 ——ゆえに廊下には白咲と砂煙しかなく。

 ——そして砂煙が霧散したその時、


「————何ですか、これは」


 白咲アリカの眼前——そこにあるはずの視聴覚室。そこには——


 


「これは——……あなたの仕業ですわね、神崎カナタ」


 白咲アリカは気づく。駅のホーム、線路を挟んで向かい側に立つ、神崎カナタの姿を。


 見覚えのある学ラン姿で、神崎カナタは佇んでいる。白咲を見下ろすように顔を傾け、そして目を細めながら。


「——ああ。お前か生徒会長。待っていたぞ」


「情報が古いですわよ。元・生徒会長です。強いて言うなら級長ではあります。委員長呼びでも良いですよ」


 白咲の返答に「そうか」と返し、そしてカナタはどこかへ行こうとする。


「あ! 待ちなさい! ていうか『待っていたぞ』って言いましたよね!? あれ何だったんですの!??」


「言葉のあやだ。本気にするなよ」


「なんて無茶苦茶な理屈……! 無茶苦茶と言えばここですここ! なんですかこの空間は! どうして視聴覚室の中に地下鉄のホームが存在するんですか! そもそもここ2階ですわよ! 物理法則ってご存知ですこと!?」


「気にするなよ、バックドアだ。舞台裏にようこそ——とでも言っておこうか?」


「バックドア……!? ここをあたかも電脳空間のような物言いで——っ!」


「似たようなものだろ。それともお前は電脳空間を下に見るタイプか?」


「はぐらかさないでもらえますか!?

 ——神崎さん、あなた……?」


 ——状況がわからない、飲み込めないと。白咲はそういったニュアンスでカナタに質問を投げた。


「——言ってどうする、言ってどうなる。

 お前がそれを知って、お前がそれをどう活用できる。……まあ聞いても無駄なんだがな。お前が知っても現状は変わらない。俺の望みは叶わない。この、俺にとって退屈極まりない現実では、俺の渇きは満たされない」


 カナタの発言、その直後。電車の到着を知らせるメロディが鳴り響く。

 メロディが鳴り止めば次は順当に電車の走行音が近づいてくる。



『null番ホームに、:3!/)-でンshaが参ります——』


 走行音、そして停車に伴うブレーキ音。

 ——そして扉は開かれた。


「乗れよ委員長。知らないわけじゃないだろ、札伐闘技フダディエイト


 ——札伐闘技フダディエイト

 既に終わったはずの戦闘儀礼。各々の心を40枚のカードとして投影→具現化させて戦う決闘の通称。


 また、当然の事として、前提として、白咲アリカとてその名を知らぬわけではなかった。

 そして——彼女の名は、に即した名へと変貌していく。


「——わかりましたわ神崎さん。であれば私もとしてあなたに決闘を申し込みます。

 我があざなは【デイドリーム】。あなたに夢想を齎す、最初の鍵です」


 白咲アリカ——デイドリームの宣言と共に、彼女の目は黒く染まり、そして電車の扉は音もなく閉まった。


 二人は向かい合い、そして左腕に出現した腕輪の様なものから露出した40枚のカードの束——デッキから5枚の初期手札を持ち、そして——


「「——フダディエイト!!」」


 同時に1枚ずつカードを投擲し、これを以て決闘の火蓋を落としたのだった。


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次回、「廻るデイドリーム②」

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