第35話「決戦Ⅴ/ザ・ガーデン・オブ——」

「浮遊と飛行。その境界を越えて、深淵へのカウントダウンはフェイズシフトする——。

 逆さまに落ちたその先で、深淵の輪廻が巡り来た今——その新たな姿で天より降臨せよ!

 ——『ACアビス・カウント4 Nothingキョムノ heartウツワ』……!!」


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ACアビス・カウント4 Nothingキョムノ heartウツワ

種別:アビスフォール・センチネル

 AP10

 召喚時、手札1枚をデッキ内の『アビス』スキルカード1枚と差し替えることができる。

 このセンチネルが破壊される場合、代わりに深化アビスフォールする。

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(これは……俺や沖田のものとは違うタイプのアビスフォールか!)


 戦いを注視していたカナタは、己や沖田シゲミツとはまた異なるタイプの『深化』戦術に戦慄していた。


 黒百合を模したセンチネルから生まれ堕ちた新たなるセンチネル。それもまたアビスフォール・センチネル。EXスキルカードすら使うことなく流動的に発動する深化アビスフォール。浸蝕結界によって『アビス』カードは効果を打ち消されないため、事実上の——任意のタイミングでフリーチェーン・発動可能な深化アビスフォールと化していた。


 そしてカード名に冠された『アビス・カウント』、その数字も5から4へとカウントダウンしている。順当にいけばいずれ1ないし0へと至るのだろうが——その果てに何があるのかは、使い手であるムガにしか未だ預かり知らぬことであった。


(だがカザネ——どうする? お前は一気に畳み掛けて決着をつけるつもりだったんだろうが、こうなった以上追撃は悪手。間合いを見極めろ、今はただ、な)


 カナタはただ独白するのみ。戦いの最中に助言をする選択肢は今の所なかった。そもそも互いに初見のデッキ。下手な発言はカザネの判断ミスを誘発しかねない。初戦でカザネを助けたのは、あの時のカザネがまだ右も左もわからない初心者だったからに過ぎない。今の彼女にはもう既に、戦いのセオリーが生まれている。不用意な発言でそのセオリーや思考テンポを崩すリスクを考えた結果、カナタは沈黙——そして黙考を選んだのだった。


 ——カザネとて、カナタのそういった思考はある程度わかっていた。今彼が黙っているのが、別に敵対行為ではないことを彼女は理解している。それゆえに、彼女は己の思考に意識を埋没させ——そして即座に今取るべき最適解を算出した。


「私は——ザンゲツの二撃目を取りやめるわ」


 ——そう、それが現状取る最適解。アビス・カウントダウンを進めることは、おそらくかなりの危険択。カザネもカナタもそれを察知していた。まだムガのターンで進められる分には諦めもつく。アビス・カウントの仔細が明瞭でない今、何よりもまずは——これが最優先事項であった。


 本来このような選択はゲーム進行テンポを遅める停滞の一手であろう。だが殺伐闘技は敗北=死であるがゆえに——トライアンドエラーの効かない状況が常に存在する。その条件下では——場合により一時撤退を選ばなければならないこともあるのだった。


「ふむ、ふぅーーーーーむ、フム。なるほどそれは道理ではあるな。どおりで俺の直感が囁いていたわけだ。もっと策を練れとな」


 上っ面しかないような、感情を雑に乗せた声色でムガは語る。だがその戦術だけは本物。それ以外の全てが無思考にして無指向の、空っぽの存在であるムガが唯一理性的に実行しているもの——それがカードの采配である。ゆえに——


「もちろん想定していたとも。だから俺は『Nothingキョムノ heartウツワ』の特殊能力——手札交換能力で、このカードを手札に加えたわけだ。

 ——スキルカード『アビス・グラヴィティ』!」


「————!」


 瞬間、『Nothingキョムノ heartウツワ』の上部が開き——そこから超重力の塊が現れる!

 虚無の器は、中身が無であるため、そこには何かを格納することができる。カード交換効果とは即ち、このカードそのものがデッキ内部と繋がった箱であることを意味していた。

 そして、デッキの内部から『アビス・グラヴィティ』が出現したのだ。


「このカードの効果は至ってシンプル。このターン、お前の攻撃権を持つセンチネルは——

 要は、ザンゲツの攻撃はキャンセルできなかったってわけだ。シンゲツは控えで引きこもっているようだし、ま、後にしておこうか」


 キャンセルのキャンセル。これにより強制的に第二撃を行わなければならなくなったザンゲツは、その太刀を以てNothingキョムノ heartウツワに急接近する。


「くっ、でもこうなったらやるしかない——ザンゲツ! その箱を斬り裂いて!」


 カザネの声を聞き、ザンゲツは虚無の器を両断する。AP2500のザンゲツによってAP10のNothingキョムノ heartウツワを破壊することは造作もないこと。だが、当然これはムガによって張られた罠でしかない。ゆえに——


 ——カードはさらに、深化する——


 斬り裂かれた箱は——その全てが、空に穿たれた孔へと逆さまに落ちていく。アビスフォールが巻き起こる——。


「虚無なる器はその役目を終え、中にて胎動せし何者かは——逆さまの螺旋階段を更に下へと進み行け。——深化アビス・フォール

 来るが良い、『ACアビス・カウント3 Ever cryドウコクムサン』——!!!」


 天から堕ちるは霧の幻影——ザザ鳴りの雨が如き霧夜の騎士ナイトミスト

 雨に溶ける慟哭をつるぎと為して、雨によって互いの手札を叩き落とさんとする——。


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ACアビス・カウント3 Ever cryドウコクムサン

 AP100

 召喚時、お互いの手札を全て捨てる。

 破壊される際、代わりに深化アビス・フォールする。

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「手札破壊カード!」

「そうとも! ハハハ! 気に入ってもらえたかな!??」


 このタイミングでの手札破壊、それはこの後来るムガのターンにおいて、カザネに取れる迎撃手段が失われることに等しい。スキルカードは手札から発動するもの。そしてカザネのデッキは、基本的に攻撃面をセンチネルで行い、その攻撃を通すためのあらゆる調整をスキルカードで行っている。ゆえに、カザネのデッキにとって、手札破壊は最も警戒しなければならない戦術であった。


(結界効果はあくまでも『アビス』カードの効果を打ち消せなくするだけ——つまり、……!!)

「なら私は、このスキルカードを使わせてもらうわ!

 『ブレイドダンス-ディメンション・スラッシュ』!

 このカードの効果によって、場か手札のカード一枚を——ターン終了時まで次元の狭間に封印する!」


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『ブレイドダンス-ディメンション・スラッシュ』

 種別:スキルカード

 効果:場か手札のカード1枚を、ターン終了時まで次元の狭間へと封印する。この効果で場のセンチネルカードを封印する場合、その封印されるセンチネルの持ち主の場に、更にもう1体センチネルが存在しなければならない。

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 発動宣言の直後、ザンゲツの斬撃によって時空の裂け目が発生し、カード一枚を封印するための準備が整った。後は封印するカードを選ぶだけなのだが——


「おいおいおい、わかっているんだろう月峰カザネぇ。そんな除外カードじゃあ発動したアビスカードの効果は無効にできない。どっちにしろ俺のフィールドをガラ空きにすることはできない。そのカードの制約によるものだな。だからこそ俺は問おう。

 ——どうするつもりだ? 月峰カザネ!」


 一瞬の沈黙。だがその直後、カザネは不敵に笑った。


「簡単な話よ。

 ——この効果で、私は自分の手札を封印する!」


 対象は自身の手札。手札破壊ハンデス攻撃への対抗策。それも兼ねた万能札。

 降り頻る雨に貫かれる手札たちの中で、一時的に封印という形で退避に成功する。

 それこそがカザネの希望。

 状況を打開し得る、逆転のカードであった。

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