第25話「スペシャルズ/ソード・オブ・ビブリオン」

 ——凄まじい空間の軋みを察知した時には、もう手遅れだった。


 私とカナタは、未だかつてない濃度の『札闘士特有の殺気』を感じて一つ横の路地へ急いだ。

 そこには——


 雨の中で、今にも消えていきそうなカレンと、その場へしゃがみ込む剣守カイリと、


 ——がいた。


「カレン——……!」


 何をすべきか、何が最優先か。それを論ずる時間などなく、私はカレンの元へ駆け寄る。

 カレンは、剣守社長の腕の中で、燃え尽きて灰になりつつあった。


「——ぁ。カザネせん、ぱい? そこにいる……ん、ですか?」

「いるよ、ここにいる! カレン、目を閉じないで——……まだ、ここにいて……」


 言ってももう遅い。そんなことはわかっていた。それでも、それでも彼女には、どうにかして今後も無事でいてほしかった。健やかにいてほしかった。彼女が札伐闘技に参加するに至った詳しい事情をしっかり聞くことはできなかったけれど、そうであっても、彼女が私に見せたいくつかの表情を思えば——彼女にあと一度でも奇跡が起きてほしいと、そう思わずにはいられなかった。


「……うれしいな。社長も、せんぱいも、アタシにやさしくしてくれる。

 アタシの家族をたすけてくれた。罠を仕掛けたのに、アタシのために泣いてくれた。いいひとばかりで、こんな出会いじゃなかったら、よかったのにね」


 ——消え入りそうな声で、カレンはそう話した。

 もう見えてもいないであろう目で、カレンは私たちの方を見て、それでその後、少し笑って、


「ありがとう——」

 そう言い残して、カレンは塵になった。


 ————————、————————。


 ————————やることなど最早問うまでもなく、眼前の何者かを、その願望を砕くか否かの判断を——判断を————どうあれ、せめて対話を——


「残る札闘士は私を入れて五人、その過半数が集ったか。

 私が一人一人を見定め、そして今のように処理をしに赴く必要も、もうなさそうだ。そちらからやってきてくれたのだからね」


 ——殺しちゃ駄目かな。

 一瞬でもそう思ってしまうほどに、仮面の札闘士は冷静に、冷酷に、それでいて淡々と——こいつは処理と、そう言った。


 気づけば私は、デッキを出現させて、戦闘態勢に入っていた。この人物が何者かなどわからない。けれど、、私の直感が告げていた。


「——! 待てカザネ、迂闊に動くな。冷静になれ!」

 カナタが手で私を制止するも、私はそれを払いのけようとして——


「——待てお前たち。

 ここは俺が出る。部下を無惨に殺されて冷静でいられるほど、俺は行儀良くはない」


 怒りの視線を敵に向ける剣守カイリに、そして彼のデッキから迸る凄まじい濃度のオーラに気圧された。


「剣守カイリ。君はこの戦いがどういうものかなど、とうに理解し、そしてその上で勝ち続けていたはずだが。その心境の変化は如何なるものか?」

「……変化などしていない。だが、それでも共闘者への情ぐらいは持ち合わせていたという、それだけのことだ。現状を素直に受け入れるつもりなどない。そういった思いが怒りとして発露することに、お前は疑念を抱くのか?」


 カイリの返答に、敵は「なるほど」とだけ呟き、そして再度デッキを構えた。


「剣守カイリ。今私は落胆している。或いは君ならば、そうとさえ、思ったのだがね」

「……なんだ? 何が言いたい」


「闘争による発展——その縮図に等しきこの儀式において、その怒りさえ制御できなければ、進化の道は開かれない。、進化の果てを見ることは未だ能わず、ただ先を示す者を求め、幾度も幾度も半端な勝利者たちを、【深淵の願望器】に代わって始末してきた」


「何……? 貴様、?」


 ——カイリが困惑と、ある種の得心を込めた声色で、仮面の敵に問いを投げる。

 私もカナタも、会話内容から——そんなことがあり得るのか? という疑問はありつつも——敵の正体と目的に、ある程度の答えを見出しつつあった。


 仮面の敵は、少しの逡巡もなく、


「——さてな。1000年は、ここで先導者の到来を待っていることになるな」


 事もなげにそう言いきった。


「——であれば、今回も合格者なしとして、お前が運営側の代弁者として処断を行うというのか?」

「そうだ。それこそが私の望みだからね。

 文明の発展のため、いや——発展の果てを、私は見たい。全ての物事の果ての果て、行き着く地点を、私はこの目に焼き付けたい。

 そのために、私はこの戦いを勝ち残り、札闘士という擬似的な不死者の身で、長きに渡る月日を過ごし、そして願いを欲さんとする者たちを、時には大穴経由で海を越え、裁定を下してきた。

 ——途中で気付いたよ。深淵の力を一箇所に集約した方が、質の良い札闘士が現れるだろうとね。それで、私の故郷であるこの地に、深淵の全てを集約させたわけだ。だがそれでも、未だ求めた者は見つからず、そして今に至るわけだ。

 わかるかね剣守カイリ。歴代でも最強格であると、私は君を評価しているのだが——その君が、怒りを制御できないとあれば、私は此度も月日を積み上げる作業として、君たちを屠らねばならないのだよ」


 話はここまでだ、と。仮面の敵はカードデッキを出現させ、


 まさか、儀式全体のシステムさえ、この人物が掌握しているっての……?


「儀礼結界のシステム自体、私が願望器側に提案したものだ。私の望みのため、儀式は滞りなく進行されなければならない。私はただただ、果てのため、悠久の時を儀式と共にあろうと決めたのだ。半端な覚悟でこの儀式に入って来ようものなら——先刻のように私が処断する。そしてこの分だと、辿


 ——気づけば、儀礼結界に、更なる変化が起き始めていた。これは、


「これって……浸蝕結界!」


「御名答。私の先攻、私は手札よりEXスキルカード『浸蝕結界/アカシック・Zero』を展開する」


 瞬時に結界内部の景色は文字通り様変わりし、満天の夜空と——そして鏡面の様な大地の世界へ切り替わっていた。


「ここは星の記憶庫、その投影。私は札伐闘技の勝利者となった際、己が願いを叶えるために真に必要な物を知った。私はただ知的好奇心のために願望器と同化し、そして思い知ったのだ。私は果てを知りたいのだと。だとすれば、星に根差したアーティファクトたる願望器との同化など生温い、日和った選択でしかなかったのだと、私はそう思い知ったのだ。

 だからこそ私はこの、同化した星の記憶そのものをデッキに投影し、君たちのような次代の札闘士たちにぶつけることにした。星の記憶そのものを用いた、惑星級高出力札伐闘技プラネット・フダディエイトを乗り越えられる者こそが、進化の果てを齎すのだとね」


 星と同化しているからか、私の目線ではどうかしているとしか思えない発言も散見されたけれど、ともかくあの敵がただの自信過剰な見かけ倒しでないことだけは確かだ。……そもそもカレンが倒されている以上、雑魚なわけはないのだけれど——。


「私は『アカシック・Zero』の効果を起動。手札全てを、


 ——カードの書き換え!

 そりゃ心象具現のカードな以上、それはあり得る話だけれど、だとしても、敵が利用しているのは地球そのものの記憶。それがマジなのだとしたら、本当に何が飛んでくるのか皆目見当もつかないんだけど……! ぶっちゃけなんでもありってことでしょこれ!


「私は『滅星ほろぼし』を選択。これにより私は手札よりセンチネルカード4枚を場に出す。

 まず控えに『矛盾の滅星ほろぼし』、『二律背反の滅星ほろぼし』、『行き詰まりの滅星ほろぼし』を召喚し、そしてバトルエリアに『残火の滅星ほろぼし』を召喚する」


 ◇


ターンプレイヤー:?????

手札:0枚

控え:3体 残り枠1

場:『残火の滅星ほろぼし

   AP0


 ◇


 詳細不明のセンチネルたち。それら全ては召喚宣言と同時に、その場に人間大の光体として出現した。

 まるで星のようなそれらは、何をするでもなく、ただそこに佇んでいる。

 カイリはそれを当然のごとく警戒しているのだろうけれど、どこか怪訝そうだった。


「——AP0か。裏がないとは到底思えんが、その敵意のなさはなんだ? 俺を舐めている——わけではないな?」

「そのようなことはないさ。だが確かに、この四つの『滅星ほろぼし』たちは、星の記憶を私なりにアレンジしたものだからね。私のセンスを知らなければ、もしかすると理解する前の前衛芸術に見えるかもしれない」

「くだらん戯言はあの世で言え。効果起動宣言でもターンエンド宣言でもなんでもいい、早くその底を晒すがいい」


 カイリの挑発に乗ることもなく、敵は冷静にターンエンド宣言をした。


「俺のターン。ドロー後、特殊効果により、このカードは手札一枚と入れ替える形でデッキから手札に加わり、そして召喚される。

 ——来い、『剣の司書-ライブラリアンSOB』」


 ◇


『剣の司書-ライブラリアンSOB』

 AP1000


 ◇


 召喚宣言と共に現れたのは、剣のエンブレムが描かれた白いマントを羽織り、眼鏡をかけた、知的な印象の女性だった。

 司書と言っていたから、本関連のデッキテーマなんだろうか。


「ならば『滅星ほろぼし』たちの効果を開示しよう。このカードたちは全て同じ効果を持ち、それらは

 ①:戦闘以外では破壊されない。

 ②:星の外殻を砕き、内部コアを露出させねば倒せない=一度だけ戦闘破壊を無効にする。

 という効果を持つ。

 それが四体。——さて、剣守カイリ。君は私の準備が整うまでに、このカードたちを倒しきれるかな?」


 ——八回攻撃してようやく丸裸になる。そのような状況。守りの効果である以上、このようなカードゲームではそこまで強力なカード効果ではないけれど、流石に八回となると時間がかかりすぎる。確かに敵の手札は0枚だけど、あの浸蝕結界の効果によって、またいつ予測不能のカード書き換えを行ってくるかわからない。本来デッキ構築段階で頓挫するようなプランであっても、ゲーム中での入れ替えが可能となれば話は変わってくる。時間をかけながら、じわじわと必殺のコンボを打ち立ててくる可能性が非常に高い。


 剣守社長、どう動く——?


「そうか。八回か。

 ——ぬるいわ!

 俺はライブラリアンSOBの効果を起動!

 『ソード・オブ・ライブラリ』!

 この効果により俺は、手札の枚数分デッキからカードを捨て札として、その中のセンチネルカードのAP合計を好きなように振り分けて、SOB!」


 そしてデッキから展開された五枚のカード、それらは全てセンチネルカード!

 幸運? それとも、これが、謎の敵をして最強格と言わしめた社長の実力——?


「捲られたカードは次の通りだ。


SOBソード・オブ・ビブリオン-ベオウルフ』AP3000

『SOB-ラウンズ』AP3000

『SOB-ヴラド』AP3000

『SOB-ヘラクレス』AP3000

『SOB-スサノオ』AP3000


 このデッキは、基本的に一律AP3000の伝承剣として、あらゆる伝説の力を纏った剣を射出するのが基本戦術だ。


 攻撃を八回耐えるだと? ぬるい、ぬるすぎる。

 AP0なら尚のこと!

 合計AP15000を八分割し、『滅星ほろぼし』全てを破壊する……!!


 ソード・オブ・ビブリオン一斉掃射、撃てェーーーーーッ!!」


 ライブラリアンSOBの指揮の元、五発の伝承剣が発射される。その最中——


「そして、捲られたカードがスキルカードだった場合、センチネルカードの射出処理後、全てデッキに戻る」


 意味深な追記が、カイリから発せられた。


------------

次回、『積滅星トラペジウムⅡ/咎有咎無スタァローグ』

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