第9話「鮮血の放課後③/ライフゴーズオン」
回想/過日
——思えば。アリカとは本当に長い付き合いだ。よく考えてみると、小学校に上がるよりも前、何なら園児よりもさらに前からの親友であることに気づく。
中々あることではないと思う。幼馴染ならそれぐらいからの付き合いだって、別にゼロではないだろうけれど、それでもここまで関係がずっと続いているというのは、きっと幸運なのだと私は思うのだ。
——ずっと共にあった。
——ずっと連んでいた。
——ずっと、競い合うはずだった。
『だった』と言うのは別に、今回の札伐闘技でアリカとの関係が終わってしまうからではない。
そもそもの話、競い合う関係——これだけは、とっくの昔に破綻していたのだ。
私が、目を背けたばかりに。
もういつだったか思い出せない。小学生の時であることだけは確かで、その頃はずっと——
私の圧勝だった。
ずっと勝っていた。負けることなんて滅多になかった。だから、アリカは本当に悔しかったのだろう——度々、泣いていた。
今のアリカを作り上げたのは、あの時ずっと私を追いかけていたからだと、いつだったか彼女が言ったのを覚えている。
でも私はそのことをずっと引き摺っていて、もうあんなにアリカを泣かせるぐらいなら、いっそ——
——いっそ、私が負ければ良い。
そんなことを、胸に抱いてしまっていた。
それが、今の今までの私であり、
それが、アリカをどこまでも強くした理由でもあり、
アリカは、今もずっと、
私が、向き合うことをやめたから。彼女は、
——私のせいだ。
いや、かつて手を抜くことを選んだ私も、そして、今もなお、強くなったアリカを見た上で尚こんな上から目線なことを考えてしまう私も、全部、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ——
——ああ、なんて傲慢なのだろう。
それが、アリカの召喚したエボリューションセンチネルを見た上で、私の心に浮かんだ感情だった。
◇
ターンプレイヤー:白咲アリカ
手札:2枚
控え:戦闘不能3 残り枠1
場:『
種別:エボリューションセンチネル
AP30000(規格外)
プレイヤー:月峰カザネ
手札:1枚
控え:戦闘不能3 残り枠1
場:『時空の刃 シルバー・タキオン』
種別:エボリューションセンチネル
AP3000
◇
アリカが召喚した、太陽すら包み込むほどの超巨大エボリューションセンチネル。
サイズどおりというべきか、そのAPは驚異的な数値、30000を記録した。
おそらくこれは、正攻法で倒せる存在じゃない。
「カザネ、ブラックサレナのAPに驚いたかしら? でも安心して。これはあくまでも本体に至近距離で挑んだ場合の数値。あの距離からここまで主砲を撃っても、威力が減衰して、せいぜい1/10の3000ダメージってところだわ。
もちろん、それはそちらも同じことだけど」
今の発言によってか、『
◇
種別:エボリューションセンチネル
AP30000
このセンチネルには、相手のあらゆる攻撃が届かない。
このセンチネルは攻撃できないが、代わりに、相手バトルエリアのセンチネル1体のAPを-3000することができる。数値が負の数になったセンチネルは破壊される。
◇
——無敵に近い。
率直な感想はこうだった。私のあらゆる攻撃が届かない。これはつまり、センチネルの攻撃・特殊効果のみならず、スキルカードすら受け付けないということに他ならない。私からどうこうできるカードではない以上、本当に正攻法で攻略することは不可能だった。少なくとも、今の私の手札では。
——いや、デッキ全体でも、きっと同じだろう。
とにかく、あの巨大な黒百合は私では倒せない。それだけは確かだった。
「リコリスを倒す人自体、今までいなかったから。私もこの子を実際に見るのはこれが初めてよ? でも、でも——ええ。やっぱり綺麗だわ。太陽系外からああやって太陽を掴もうとしているあの姿。
——私が一番なりたい姿」
……追い詰めていたのだろう。誰でもない、私が。
自分で言うのも烏滸がましいけど、アリカにとっての太陽は、要は私なのだ。どれだけ手を伸ばしても届かない星。遠すぎて、それでいてすぐそばにいる星。
アリカにとって私は、大きすぎる存在になってしまっていた。
「——さぁ、始めるわよブラックサレナ。その特殊効果で、シルバー・タキオンを焼きなさい。
——『
瞬間。太陽より遥か彼方の巨大天体から、センチネルのみを焼却する熱線が発射される。
これがセンチネルではなく本当に存在するダイソンスフィアであったなら、地表は一体どうなっていたのか。それはSFの領域であり、いつからか碌に本を読まなくなっていた私には関係のない話であった。
かくして砲撃は直撃する。AP3000を誇るシルバー・タキオンは、すんでのところで破壊を免れた。
だが当然、
『シルバー・タキオン』
AP3000 → AP0
APを失ったタキオンに、戦闘は行えない。
ダメージを与えられない以上、仮に勝ちの目を拾ったところで直接攻撃すら空撃ちに終わる。攻撃自体は可能だけれど、プレイヤーに1ミリたりともダメージを与えられないためである。
加えてブラックサレナの攻撃は、戦闘を介さない攻撃。バフゥの効果でカードをドローすることさえできない。
さらに言えば、次のターンにタキオンが再びビームの直撃を受けたなら、今度こそ破壊される。
そして——普段の札伐闘技ではあまり意味のないことではあるが、戦闘前であれば、バトルエリアと控えのセンチネルを入れ替えることができる。
基本的にはセンチネルを逃すことを目的としたシステムであり、何なら、そんな状態になっていた場合、もう時間稼ぎぐらいの意味合いしか持たないことも多いルールであった。
——けれど、ブラックサレナならそれを有効活用できる。
ブラックサレナで効果破壊してガラ空きになった場に、交代させた新たなセンチネルを召喚してとどめを刺す。次のターンにはこれが可能となり、そもそも切り札の打点を削られた上に後1枠しか召喚できない私からしてみれば、それをされた瞬間、敗北が確定するも同じだった。
——徹底的であった。
もうブラックサレナは倒せない。もはやそれは確定事項であった。
だけど、それだけではなかった。
「ねえカザネ。あなたこう考えてるでしょ。
——控えセンチネルで直接攻撃してきた瞬間に、最後のカウンターを決める。ってね?」
「————」
完全に完璧に戦術を組み立てられている。
最後の穴、それは無敵ではないセンチネルによる攻撃時。私のデッキにはいくつものカウンターカードがある。それを利用した切り崩しによって私が勝利を狙うことすら考慮に入れられている。
——いっそ笑えてくる。それぐらいアリカは、私という人間のやり方を熟知している。
「さすがね。じゃあ、そもそもセンチネル出してくれないってワケ?」
肩をすくめながら私は訊ねる。
「ええそうね。だから私、こうすることにしたの。より安全で、より理想的な終局の用意をしたわ。是非楽しんでね」
そして、そのスキルカードは発動された。
「スキルカード『タキオン・パストストリーム』。私の場に時空属性センチネルがいるため、私の捨て札と手札を全てデッキに戻し、新たにカードを5枚引くわ」
——これは。
私は自分のデッキを凝視する。したところでどうにもならない。
これは——デッキ切れを狙っている!
「そうよカザネ。札伐闘技の決着方法は大きく分けて2つあって——
プレイヤーへの直接攻撃と、そして、デッキが0枚になりカードをドローできなくなること。
ね? これなら苦しくないわ。もう傷つくことなんてない。だから諦めて? そして——
——このまま、このターンをずっと続けましょう?」
「…………は?」
最後の最後に、アリカは札伐闘技を投げ捨てた。
◇
流入知識/停滞へのペナルティ
札伐闘技は世界のいくつかの場所で発生する特殊儀式である。それは人の進化を促す、何者かによって生み出されたシステムであり、必ず最後には儀式を終息させるように組まれている。
それは停滞を是としないがゆえ。
戦いを止める者があれば、それを排除するよう星の触覚を起動させることすら厭わない。
戦う意思のない札闘士を、札伐闘技を以って始末する。そうして儀式を円滑に進めていく。
——だが仮に。札伐闘技を行いながらも、それの決着を永遠に先送りしようとした者が現れたとしたら?
札闘士はもはや超常の存在ゆえに、札伐闘技でしか死ぬことはない。
つまり、決着がつかない限りは永遠に生き続ける。その方法で儀式を停めることが可能となってしまう。
その時初めて、ペナルティが発生する。
儀式の中枢に存在する【
全ては儀式を正常に完遂させるため。
——そうして、儀式は繰り返し執り行われた。
このペナルティを受けないための方法はただ一つ。
——願いを以て、札伐闘技に挑まんとすることのみである。
◇
「……ねぇアリカ。わかってんでしょ? そんなことしたって最後は」
「ええ、わかってるわ。わかってるのよそんなこと。——でも、そうね。それでも私は、最期まであなたと一緒にいたいわカザネ。
やっと、久しぶりにやっと、私を——強くなった私をちゃんと見てくれたんだから。
だからもう、離したくなんてないわ。このまま最期まで、ずっと、ずっとよ……ずっと!」
「…………」
何も言えなかった。たぶんこれも、私のせいだから。
カードデッキが、それを必要とする人の前に現れると言うのなら、アリカがそれを求めてしまったのはきっと——きっと私が目を逸らし続けたからだ。
アリカに、人の丈以上の欲望を抱かせてしまったのは——私だ。
——このまま終わってはいけない。せめて、せめてちゃんと終わらせないといけない。
ここまでこじらせてしまったアリカを、せめて私の手で止めて——
——違うじゃん。
これも結局、傲慢じゃん。
綺麗事並べて並べてその果てに、
結局、私が死にたくないだけじゃん。
このまま二人仲良く死ぬぐらいなら、カードを利用したクソみたいなデス儀式をぶち壊してやる——
ただ、それだけじゃん——
「……ごめんアリカ」
「……? どうしたのカザネ?」
「私、あんたよりよっぽど悪い子よ。
——だって、ここで死ぬなんてまっぴらだもん」
アリカの顔が、悲しげに歪む。綺麗な顔に似つかわしくないシワを作って、彼女は私に訴える。
「なんで……どうしてカザネ? こんな殺し合いなんて抜け出して、一緒に彼岸に行きましょう? 私、ずっとずっと頑張ってきたけど、それだって全部、全部全部カザネと並んで歩いていたい、ただそれだけのためだったんだから——」
アリカの言葉を耳にして。涙を堪えて、無理やり鼻で笑って、私は何とか口にする。
「——は。それよそれ。そのクソムカつく儀式よ。せっかくこのカードゲーム結構楽しいのに、こんなクソみたいなデスゲーム抱き合わせやがってさ。
——私、それをぶっ潰すことにしたの。絶ッッッッッ対ぶっ潰すから! だから、だからアリカ。
——さっさとターンを渡しなさい」
冷え切った心を奮い立たせて、私はしっかりとアリカの目を見据えて言った。
それはもはや、「邪魔をするなら殺す」と言っているも同じだった。
そう捉えられても文句なんて言えない。最後の最後に喧嘩なんて、本当はしたくなんて——
「——やっぱりすごいなぁ、カザネ。ずっと私にとっての太陽だったあなた。
あなたならきっと、その偉業を成し遂げられるわ、私の親友、カザネ。だから——
「————……ッ!」
泣き出しそうな声を堪えてドローする。
私はこれでも合理的。だからそんな私の心象を反映したデッキだと言うのなら、構築段階からして無駄などない。
勝利を呼び込む逆転のドロー?
——いいえ、私はそういう人間じゃない。
私がするのは、必然のドロー。
必要な時に引き当てる、計算し尽くした必然のドロー。
——そうして。
私の勝利は確定した。
「……行くわ。私は場のシルバー・タキオンを控えに戻して、手札から最後のセンチネルを召喚する。
——来て。『撹乱の刃 マクエ=ン』」
黒煙を纏う、ニンジャの様なセンチネルが姿を表す。
そしてそれは、幻惑の煙幕をフィールドに放ち、この札伐闘技に終局の時を齎す。
◇
『撹乱の刃 マクエ=ン』
AP1000
このカードの召喚時、お互いのプレイヤーは、それぞれ自分の戦闘可能センチネルを1体選び、それら2体の所有者を入れ替える。
このセンチネルが破壊された場合、自軍センチネル1体のAPを、このセンチネルがその時点で持っていたAP分上昇させる。
◇
「……マクエ=ンの効果でのセンチネル交換。これは、効果を受けないブラックサレナであっても通る。——アリカ、所有者であるあなたが選ぶからよ」
加えて、1枚ある手札には『エントロピー・ブレイズ』。時空属性を持つシルバー・タキオンが健在なため、マクエ=ンへの妨害効果を時空流が遮断する。
ゆえに。この入れ替えは確実に成立する。
「……すごい。すごいわカザネ。やっぱり本気のあなたは——とても強くて、かっこいい。だから、だから私は焦がれたの。あなたのその、お日様の様な力強さに!」
マクエ=ンとブラックサレナの位置が入れ替わる。
その時、センチネルが、所有者の心象の断片であるが故に。
——互いの心が筒抜けになる。
まあ今更、ここまで曝け出した今はもう、特に意味なんてないんだけれど。
「——カザネ。あなたと親友になれて本当に幸福だったわ。
きっとまた、会いましょう」
その言葉には、耐えきれなかった。
「当たり前よ"……っ!
あんた絶対生まれ変わりなさいよ! 私がぜっっっっっっっっっっっったい! 見つけてみせるから!!」
——そして起動するブラックサレナの主砲。
それに焼き尽くされたシノビが、
控えから再び場に舞い戻ったシルバー・タキオンの超周波ブレード——その切先がアリカへと向けられる。
出せるセンチネルを失ったプレイヤーにターンは回ってこない。
そのままタキオンの刃が、
「アリカーーーーー……っ!!」
白咲アリカを斬り捨てた。
斬られた場所から徐々に崩壊していくアリカの肉体。私は、思わず走り出していた。
「アリカ——!」
ほとんど粒子となったアリカを抱き寄せる。もうほぼ感触のない彼女の体を必死に抱きしめる。
——ああ、行ってしまう、アリカが。
「……んとうに、カザ……は」
もうわずかにしか聴き取れないほどにか細い声を、私は泣きながら聞き取ろうとする。
「……だいすきよ、かざね——わたしの、お」
そして、アリカはいなくなった。
------------
第1章『鮮血の放課後/コスモブレイズ・ブラックサレナ』、了。
第2章『再起へ至る谷底/ヴォイドフレーム・フェイタルイーター』に続く。
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