第8話「鮮血の放課後②/コスモブレイズ・ブラックサレナ」
夕日に染まる『芸都高校前駅』。
カザネからのLINEを見、思わずアリカとの戦いよりも優先してしまったカナタだったが、それが完全なるミスであることを、駅前のあまりにも平穏な光景によって思い知らされていた。
「——月峰。お前、気づいたのか」
彼にしては冷静ではなかった。この状況だけではない。そもそも昼休みの会話の時点で既に、アリカが札闘士であることをカザネに勘付かれてしまったのだ。
そしてそれは同時に、アリカにも、カザネが札闘士であることを気づかせていた。
——そもそもの話、一般人であれば札伐闘技に巻き込まれることなどない。
世界の位相がズレることで、一時的に札闘士たちだけが世界から切り離される。
ゆえに、仮にカザネが一般人であった場合、どうあれ此度の失踪事件に巻き込まれることなどあり得ないのだった。
その上でカナタは、カザネを無意識の内に気にかけてしまった。
カザネに、彼女の親友であるアリカを殺させるわけにはいかない。
カナタ自身ですら困惑するほどに、彼はカザネの身や心を案じていたし、それに執心するあまり、上記のような根本的なミスを犯してしまった。
「——戻って、間に合うか?」
わからない、それでも——と。
己が心に萌芽した感情を原動力に、カナタはバイクを駆り、学校へと走り出していた。
◇
「私は、控えのラスターク2体を戦闘不能状態にして、このセンチネルを召喚します。
——現実を歪める異形の百合たち。その身を糧にし、捕食の覇者を目覚めさせよ。
——サクリファイス召喚!
彼岸より咲き誇れ!
『
高らかに口上を述べるアリカ。その眼前には、浮遊する彼岸花が現れた。
ラスタークとは異なり上下反転のない、巨大な彼岸花。赤い花の部分だけで、全長は2mほどになるんだろうか——
「——……!」
——そうして天井を見上げたことで、
——それは、確かに上下逆さまに相違なかった。
それは、巨大な真紅の蜘蛛だった。
彼岸花の細い紐のような部位それぞれが、全て蜘蛛の脚で——正しく上下反対に、廊下の天井を這っていたのだ。
◇
ターンプレイヤー:白咲アリカ
手札:4枚
控え:戦闘不能3体 残り枠1
場:『
AP3000
プレイヤー:月峰カザネ
手札:2枚
控え:待機1 戦闘不能1 残り枠2
場:『荒ぶる刃 ゲイル』
AP2500
◇
「さぁ。始めましょうか、カザネっ」
——どう来る? そう身構える私を翻弄するかのように、アリカは普段どおりの笑顔とともに、異形の
天井から壁伝いに、直角に二度曲がって、リコリス・アラクネスが降りてくる。
——今度こそ、正真正銘、上下反対の彼岸花。
その複数の眼が私を見据える。
——来る、今度こそ!
「ふふ、バトル。私はリコリス・アラクネスでゲイルに攻撃。
——『
宣言と同時に。
八本の脚を器用に動かし、異形の花が迫り来る——!
AP3000相手に、このままではゲイルは倒される。——そうは問屋が卸さない!
「——今よ! スキルカード発動!
『ブレイドダンス-ツバゼライズ』!
このカードの効果により、ゲイルは戦闘を行う相手センチネルと同じAPとなり、そしてこのターン、お互いのセンチネルは破壊されず場に留まる!」
相手を翻弄しながら距離を詰め、鍔迫り合いの形に持ち込む幻惑の近接舞踏! これでゲイルの打点を上げて、余裕を持った状態で次のターンをむかえさせてもらうわよ!
凌いだ!
次は——
「——いや、これは」
甘かった。
——アリカは、笑っていた。
「嬉しいわカザネ。いつからかあなたは、私に決して本気を出さなくなっちゃったから。だからこうして本気で向かってきてくれる——それがただ、こんな状況でも……私は嬉しいっ!」
交差させた両腕で自分の肩を抱きながら、アリカは既に、カード効果を発動していた。
「——リコリス・アラクネスの特殊効果を発動させてもらったわ。ほら見て。周りの光景を」
「——! これ、は」
言われて気がつく。反転した彼岸花。その、天に張った根が——あたかも蜘蛛の糸の如く周囲に張り巡らされている。
すでに結界内部は、リコリス・アラクネスの領域と化していた。
——そして。
「ツバゼライズのカードが……根に絡め取られている——?」
私の言葉に、アリカは心底嬉しそうに拍手を送った。
「ええ、そうよ! そのとおり!
リコリス・アラクネスはね。お互いのターンに1回ずつ、スキルカードが発動された時に使える効果があるの。効果は至ってシンプル。
——フィールド全域のカードの内1枚を絡め取って、そのターン効果を無効化させるの」
「————!」
効果の無効化!
単純ながら恐ろしすぎる。センチネルならまだ良い。APはそのままだから、凌ごうと思えば凌ぎ切れる目はある。けど、けど今回みたいに、スキルカードならそうはいかない。スキルカードは基本、その場で使い切るカード。だから——
——無効になれば、空撃ちに終わる。
力を失い、そのまま掻き消えていくツバゼライズのカード。
それはつまり、
『リコリス・アラクネス』
AP3000
『荒ぶる刃 ゲイル』
AP2500
「さぁ、ゲイル。今度こそおしまいね。捕食の顎に呑まれなさいな」
——凌ぎきれない。その結果として、ゲイルは上からアラクネスに捕食され、戦闘破壊された。
……強い。文武両道のアリカらしく、札伐闘技ですらそつなくこなす!
——まだ、足りないのか!
「さ、カザネ。次のセンチネルを出して?
どんな子が来ても、私のアラクネスが力の差をわからせてあげるから。
……でも、でもそうね。でもカザネは違うよね」
一呼吸おいて、どこか恍惚な笑みを浮かべて。
「——カザネはそれでも、私に食らいついてくれるよね?」
それが私に火をつけた。
……まだよ、ええまだよアリカ。
「私の本気、こんなもんじゃないからね……っっ!」
私は控えから『疾風の刃 ウィンド』を召喚し、召喚時効果で1枚ドローする!
「まあ嬉しい! 嬉しい嬉しい——身悶えしそう♡
……だから見せてね、カザネの炎。
——そのハートに火をつけて!」
〈ターンチェンジ〉
ターンプレイヤー:月峰カザネ
手札:2→3枚
(ゲイルとバフゥの効果で手札交換済み)
控え:戦闘不能2 残り枠2
場:『疾風の刃 ウィンド』
AP2000
プレイヤー:白咲アリカ
手札:4枚
控え:戦闘不能3 残り枠1
場:『
AP3000
◇
状況は明らかに不利。ターン開始時に引いたカードを加味しても不利。当然だ。あちらにはターン1のなんでも無効効果持ちがいる。しかもAPは3000。ちょっとしたズルでもしないと超えられない。
——そう、ズルをすれば、届く。
問題は、そのズルをどう通すかだ。
3枚の手札と、そしてフィールドのセンチネルたち。——思考を巡らせ、勝ち筋を見出す。
結論を言えば。Evolutionさえ発動できれば勝ちの目は見えてくる。けどあれは、打ち消し不能な代わりに自分ターンにしか使えず、そして——
——攻撃前のセンチネルしか、進化対象にできない。
追撃に使えればより良かったけれど、戦いで疲労したセンチネルは、その進化エネルギーの奔流に耐えれないのだろう。
加えて、アリカは実のところ、もう後がなかった。フィールドに存在するアリカのセンチネルは既に合計4体。迂闊にフィールドを埋めれば、こちらの返し札次第では手詰まりに陥る。出せるセンチネルは残り1体。アラクネスが破壊された場合に備えた次善の策を、アリカが構えていないわけがない。
その上で場にセンチネル1体分の空きを作ってあるということは……おそらくこのターン、あらゆる手を使ってアラクネスを場に維持してくる。
そうなれば、仮にシルバー・タキオンを召喚できたとしても、その時空加速効果を封じられてしまう可能性が高くなる。
そうでなくても、アリカの手札は4枚。あの中に何枚の迎撃スキルがあるのか、それを想像するだけでも恐ろしい。私は、私は——
思考回路がショート寸前だった。
「ふふ、カザネ。思い出して? 本気のあなたは私と並べる。でもそれって何も、頭脳だけじゃないでしょ? 私に何度も突っかかれる、その度胸と勝負強さ。それこそが、私の知ってるあなただわっ!」
「————」
……ほんっと。煽りなんだか励ましなんだか。
要は「ウジウジ悩んでんなよイノシシガール!」ってことじゃないのよ!
「あーあ。真面目に展開考えてた私がアホらしくなってきたわ。……よし、突っ込むわよ!」
心のエンジンに火をつけて。見切り発車でアリカへ突っ込む。
何、平気よ。私、その場のものでのアドリブ大得意だからっ!!
「バトル! 私はウィンドでリコリス・アラクネスに攻撃!」
「やけっぱち——そんなわけないわよね!」
「ったりまえよ!
私は手札からスキルカード『ブレイドダンス-オーバーロード・シュクチ』を発動! この効果により、ウィンドのAPを倍化させ、そしてこのターンの終わりにウィンドを破壊する!
——ごめんウィンド! 機会があればご馳走するわ!! 『リミットオーバー・ウィンドスラッシュ』——!」
意味のわからない叫びと共に、私は攻撃宣言を行う。
乗るかそるか、斃れるのは誰か。
『ウィンド』AP2000→4000
『リコリス・アラクネス』AP3000
「させないわっ!
『リコリス・アラクネス』の特殊効果! スキルカードが発動されたことにより、フィールドのカード1枚の効果をこのターン無効にする! 私が選ぶのはもちろん『ブレイドダンス-オーバーロード・シュクチ』!
これによりウィンドのAPは2000に戻り——今度こそ私の勝ちよ!」
——勝ったのは、私だ。ガッツリと!
「——ええ。確かにこれでウィンドは返り討ち。私の逆転の策ごとバクバク食べられちゃった。だからさっきウィンドに謝ったのよ私。
——囮にしてごめん。ってね」
「——え? 囮……?」
アリカは、その刹那、私の手札が2枚輝いていることに気づく。その光が、これから己を斬りかかりに来ることにも。
「私のサムライが戦闘破壊された場合、手札からこのセンチネルを召喚できる。
——来て! 『魔弾の刃 ブラスト』!」
私の呼びかけに応じ、手札から銃剣を構えた、カウボーイのようなサムライがバトルエリアに出現する!
そして同時に、ブラストの特殊効果が開示される。
◇
『魔弾の刃 ブラスト』
AP1500
召喚時に発動できる。手札からスキルカード1枚を発動する。この効果は無効化されない。
◇
「——手札から、問答無用でスキルを!?
リコリス・アラクネスが効果未使用でも、そして、
「しかもバフゥのおかげでさらにドロー。これで準備は万端よ。
——見せてあげるわ私の本気!
どの道無効にはさせなかったけれど、このタイミングで戦闘していないセンチネルが存在することに意味がある!
存在することに意味がある!
2回言ったのには理由があるわ!
それは——これが2度目の発動だから!
——EXスキルカード『Evolution』、発動!」
ブラストが極光に包まれ、悠久の時を刹那に詰めて、今——遠未来のサムライへと進化する!
「果ての未来をその身に纏い、されど心は私と共に! 異形の花を永劫の押し花に!
エボリューション召喚!
来て! 『時空の刃 シルバー・タキオン』——!!」
時空の奔流を携えて、悠久の武士が姿を表す。
◇
『時空の刃 シルバー・タキオン』
AP3000
◇
そして、シルバー・タキオンの時空加速を起動する。
「シルバー・タキオンの召喚時効果! 相手の時空流耐性を持たないセンチネル1体を捨て札にする! 『タキオン・アクセラレーション』!」
シルバー・タキオンが右手をアラクネスへ向けると、時空流がそちらへ向かう。これでアラクネスは捨て札になり、そしてアリカを守るセンチネルはいなくなる。
私の手札には『エントロピー・ブレイズ』もある。これによって、タキオンへのスキル妨害も遮断する。
私の盤面に隙はなかった。これで勝利への道は開かれた。
だから、だからほんの少しでも。
直接攻撃へ至る、その前に。
アリカと話す時間を——
「え——?」
その漏れた声は私のもの。
ありえない光景を前に、意図せず漏れた、困惑の声。
——リコリス・アラクネスは、未だ盤面にいた。
「……ふ、ふふ、あははははははは!
あぁ——ああ! さすがよ、さすがカザネよ! 私のリコリスを攻略するなんて! 本当にすごい、嬉しいわカザネっ!
——だから私も、ギアを上げるわ。
私は、リコリスを対象にスキルカード『彼此反転』を発動していたの。
このカードは、一時的に場の一部を、此岸から彼岸へ差し替える。具体的には次のターン終了時までね。
……これによりリコリスは、文字通り彼岸行き。あの世にいるから盤面に佇む以外のことが出来ない代わりに——相手もこの子に手を出せない」
「————!」
やられた。私の盤面には隙なんてなかったけれど。
——アリカの場は好き放題できる!
「——ターン、エンド」
どうにもならない。少なくとも、このターンは。だから、甘んじてターンを譲る他なかった。
——そして。彼女のデッキトップが光り輝いた。
「——うそ。これって」
「——ふふ、ふふふ、あはははははははは!
カザネ。私、これでも優等生なのよ? そのカードは、あなただけの特権じゃないわ」
そして彼女はそれを掲げる。それは人の心の進化の力。唯一、どのデッキにも入り得る共通のカード。
——EXスキルカード、その名は。
「『Evolution』——発動!
さぁリコリス。更なる芽吹きの時よ。
悠久の時の過程を、押し花の様に一幕に詰め込み——天蓋を超え、蒼天の巨星をその花弁で覆い尽くせ!」
瞬間。どこからともなく鳴り響く轟音。地響きではない、これは、空から聴こえてくる……!
「さぁカザネ。場所を変えましょう。
言わなくてもわかるわよね? 空が見える、あの場所よ?」
聞くまでもなく、当然、屋上だ。
意を決して、私はアリカの後を歩く。そして——
「これ、は——!?」
屋上に広がるは黄昏の空と、沈みつつある太陽。そして——
明らかにその背後にて花開く、太陽を包み込むほど極大の黒百合——!
「ああ、お前こそがソラを覆う
その名は——
『
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次回、『鮮血の放課後③/ライフゴーズオン』
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