第4話「Evolution/シルバー・タキオン」
——その実、神崎カナタは本当に感情の振れ幅が小さかった。決してカッコつけなどではなく、ただただ単純に、感動というものをした経験がなかった。
彼のこれまでの17年、別に何一つ情緒への影響がなかったとまでは言わない。だがそれでも、己の人生に影響を与えるほどの
彼の心には虚無があった。何を人生の糧、何を生の実感にするべきか。自問自答の日々が続いていた。何度か危険なこともした。だがそれでも、それでも感情は動かなかった。
もう自分の心が動くということは決してないのだろう——とさえ、空の心でカナタは思った。
——だが、状況は一変する。
そして、それに伴ういくつかの要素が今、彼の心に大きな影響をもたらしていた。
「月峰、お前は……諦めないんだな」
特段、カザネの踏ん張りに対して感動したというわけでもなかった。デスゲームではないにせよ、そういった場面を彼は、これまでに何度も経験してきた。
——それらとは、明確に何かが違ったのだ。
その理由を、彼はまだ知らない。そんな感情を抱くのは初めてだったから。
ただ少なくとも今は、彼の目を釘付けにするものがそこにあった。
『Evolution/シルバー・タキオン』
◇
「来いッ!
吹き荒れる向かい風のその向こう——そこにある勝利を掴むべく伸ばした右手は、確かな感触と共に謎のカードを引き当てた。
『Evolution』
種別:EXスキルカード
これが何を意味するのか。引いた瞬間から絶えず輝き続けるそのカードは、私にまだ効果テキストを見せてはくれない。
このターンではまだ使えない、そういうことなんだろう。
——思えば、とても長い1ターンだった。
脅威のAP4500の大型センチネルによる、絶望にも等しい四連撃。手札と場のあらゆるカードを使い、なんとか繋いだ1ターン。私の心が迷っていたことによる防御寄りな手札も、確かな意義を持っていた。
心の強さを掴むための踏ん張り、その全てが私に味方してくれたのだ。
これ以上ないかもしれない幸運とチャンス。
——なら、掴まない手はない!
「——今の光。ワタシは確かに見た。
あるいは汝が、歴史を進める魁となるか?
ターンエンドだ。
——見せてみろ月峰カザネ。お前の可能性を」
そして訪れるターンチェンジ。
私は、決意を胸にドローした。
〈ターンチェンジ〉
ターンプレイヤー:月峰カザネ
手札:1→2枚
控え:戦闘不能2体 残り枠2
場:『荒ぶる刃 ゲイル』
AP2500
プレイヤー:ローブマン
手札:1枚
控え:戦闘不能2体 残り枠2
場:『ダーク・ベルセルク』
(効果無効・即ちデメリット消滅)
AP4500
◇
私はドローしたカードを見て、再び驚く。
意味不明のカードだったからだ。
——時空属性? 時空流? 『タキオン』センチネル——?
少なくとも、これまで手札に来たカードの中に、該当ワードは何一つ含まれていなかった。
ならばこれは何だというのか。——現時点で考えられること、それはもう、先のドローカードに他ならなかった。
光が収まり、可読カードとなったEXスキルカード『Evolution』。それは自分のターンにしか発動できない代わりに、おそらく私を勝利へ導く逆転のカード。
いやおそらくではない。私は、このカードを信じる。
読んだ上で未だ、何が召喚されるのかハッキリとはわからない。
けれどそれでも、私はこのカードを使うのだ。
——未来を掴むために!
「——私は、手札よりEXスキルカードを発動する。
EXスキルカードは自分ターンにしか発動できない代わりに、如何なる妨害をも遮断する」
「——来たか! ああ——ああ! それをワタシは待ち望んでいた!
——いや、いいや違う。対策カードの有無とは違う。
ワタシは——ヒトがそれを得るのを待ち望んでいた……!」
意味不明の発言を続けるローブマンはひとまず置いておいて、私は『Evolution』の効果を起動する。
「このカードは、私のバトルエリアに存在するセンチネル——つまりはゲイルを進化させる。
私だってどうなるのか全然わかんないけど、今は賭けるわ、このカードに!」
そして私は、『Evolution』をゲイルへ投げた。
何を宣言すべきかは、たった今アンロックされた流入知識が教えてくれた。私はそれを、高らかに叫ぶ。
「時の理を踏み越えて、時空の潮流をその身に流し、風の刃は進化する! 進化せよ、ゲイル!
——エヴォリューション召喚!」
瞬間。ゲイルは凄まじい光を放ち、辺りの空間を歪ませる。——いや、さっきの言葉どおりなら、きっと時間も歪んでいる。
何か、超常的な時空の動きがゲイルを包み、悠久の時を必要とする種の進化を——今、この場で引き起こしている!
やがて極光が収まり、周囲の時空乱も消えていく。そしてその場には——
神秘的な光を帯びながらも、金属を思わせる装甲を身に纏ったサムライが佇んでいた。
——私はその名を知っている。彼の名を、心が知っている。ゆえに、私は召喚宣言を行う。
「遠未来の稀人、ここに来たれり。
——『時空の刃 シルバー・タキオン』、召喚!」
『時空の刃 シルバー・タキオン』
種別:エヴォリューションセンチネル
AP3000
「これは——」
神崎くんすら声色に幾ばくかの驚愕が混じり、
「至ったか、エヴォリューション召喚に……!」
星の触覚とやらは歓喜に声を上擦らせる。
私はむしろ冷静で、この戦いの決着へ至るルートを既に装填していた。
「シルバー・タキオンは、悠久の時を経て行う進化の過程を、刹那の時に圧縮した。これにより、彼の周りには荒れ狂う時空流が発生する。
それは、『Evolution』の力を受けていないセンチネルの時間を——瞬時に加速させる」
時空流がダーク・ベルセルクに迫り、その月日を瞬時に終わりへと進ませる。
「この効果により、時間流耐性を持たないダーク・ベルセルクは完全に朽ち果て——捨て札置き場へ送られるわ」
いつしかダーク・ベルセルクは砂粒となり、フィールドから退去していった。控えにすら戻らない、完全破壊。それこそが、シルバー・タキオンの召喚時効果だった。
私は、すかさず攻撃宣言に入る。
「バトル。シルバー・タキオンで、プレイヤーに攻撃——」
構えをとるシルバー・タキオン。けれどそこに、ローブマンが最後の手札を切った。
「あくまでも足掻かせてもらおう。ワタシは手札よりスキルカード『闇の拘束-ダーク・チェーン-』を発動! これにより、シルバー・タキオンの攻撃を封じ、そしてそのAPを500ダウンさせる!」
瞬時に迫る漆黒の鎖。けれどそれを許す私ではなかった。
「させない! スキルカード『エントロピー・ブレイズ』を発動! この効果により、時空属性を持つシルバー・タキオンは、次の私のターン開始時まで相手のあらゆるカード効果を受け付けない——!」
「——……!」
宇宙全体の熱量を利用し、闇の鎖を焼却したことで、シルバー・タキオンの斬撃が——今度こそローブマンへと到達する!
「これで決まりよ! シルバー・タキオンの攻撃!
『スラッシュ・オブ・タイムブレイズ』——……ッ!!」
その刀の一振りは、空気どころか時空すら軋ませる。それゆえの金切音が響いた時、既に斬撃はローブマンを両断していた。
「——見事、なり。新たなる、札闘士、よ」
そしてそのまま、ローブマンは光の粒子となって消えていった。
……息の上がった状態で周囲を見回す。どうやら神崎くんが戦ったローブマンも、同じように霧散していったようだ。
——気づけば、周囲に人がいるのが見えた。
……いやきっと、さっきもいたんだろう。駅にいた人たちの視線が私を向かなくなっていたのと同じように、さっきまでは私たち札闘士もまた、いわゆる一般人を認識できなくなっていたのだと思う。……あっ正解らしい。なんか流入知識がまたアンロックされた。いやこれは最初からアンロックでいいだろ。何考えてんのよ。
「——なかなかやるな、月峰。いつかは戦う定めだが、相手にとって不足なし。今は互いに牙を磨いておこう」
まあまあ落ち着いた調子で神崎くんが寄ってきた。そうだそうだ、私は言わなきゃいけないことがあったんだ。
「あのさあ、それなんだけどさ。何なのこの無茶苦茶なルール! なんでどっちかは死なないといけないのよ! さっきのはなんか運営側の分身みたいんもんらしいけど、今後はさ、その——」
「——それがこの戦いだ。最後まで勝ち残れば願いが叶う。参加が半ば強制的だったのは否めないが、俺は特に気にしていない。そして、この戦いを降りる方法は、負ける以外にない」
「——っ! それがふざけてるって言ってんのよ!」
流入知識にも確かにそうあった。……誰の差金かは知らないけど、そこが本当に腹立たしい! なんで運命のレールを勝手に敷かれてるのよ! こういうのは自分で探しに行って、その時見つけたり、その途中で教えてもらったり示してもらったりするもんでしょうが! こんな、自分から引きに行ったわけでもないのに、勝手、に——
——いや。違う。
落とし物という形だったとはいえ、窓口に持っていくだけのつもりだったとはいえ、それでも、
——それでも、掴む選択をしたのは、私だ。
「何やら黙っているが、これに選ばれる人間は、偶然のように見えて必然なのだという。お前もそうだったんだろう」
「——……っ」
言葉が出ない。悔しいのか腹立たしいのかわからない感情で胸が掻きむしられるかのようだ。今にも金切り声を上げて暴れたくなりかけた、その時——
「ならば月峰。お前が止めろ」
「——え」
「お前が勝者となり、お前がこの戦いそのものを今後一切起こらないよう願えば良い。やることなど、単純なことなんじゃないか?」
「————————」
一見冷徹にも聞こえるその言葉は、どうしてか私には、存外暖かいものに感じられた。
「まあそういうことだ。俺とお前もいずれ戦うことになるかもしれないが、たぶんそれは今じゃない。今はその昂る心を休ませるんだな」
そう言って、神崎くんはバイクを押して街路を歩いて行った。
日が暮れるその刹那の黄昏時。日差しの残火が、私の目を沁みさせた。
「——それで良いのかはわからない、けど」
今は戦いを止める。ただそのためにこのデッキを使おう。私はそう決めたのだった。
かくして序章は終わりを告げる。
そしてそれは同時に——
私と神崎くんとの、戦いの日々、その始まりを意味していた——。
プロローグ、了。
次章、『鮮血の放課後/コスモブレイズ・ブラックサレナ』
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