マシューはある朝、旅に出た

元井いとこ

第1話 マシューキ・ワイズマン・キリシマ

俺、マシューキ・ワイズマン・キリシマの朝は早い。物心ついた頃から、親父とマサさんに修行をつけてもらってるので、日が昇るよりも遅くに起きたことが無い。

俺は今年11才で、両親の友人である爺さんと二人暮らしだ。家は村から少し離れた森の中で、村の知ってる奴しか尋ねて来る事もない。帝国との国境にも近い辺境で、街道からも外れたこんな森に、偶然、旅人が立ち寄ることもない。まあ、そんな訳で、今朝も日課の鍛錬に取り掛かる。準備運動が終わってないとマサさんに怒られるし、朝飯までにいつもの課題が終わらなくなってしまう。


家から少し離れた広場で、ジョック・柔軟・補強、とこなしていく。鍛錬の内容は親父が自分に課していたものの劣化版だ。呼び方もそのままなので、軽く走ることをなんでと呼ぶのか、足を広げて胸が地面に着くように体を前に倒したり、足の裏側や腕の関節逆方向に負荷をかけることを、なんでと呼ぶのか。今となっては謎だ。

特に腕立て伏せや腹筋背筋、膝の曲げ伸ばしをまとめてと呼ぶのは解せない。以前、爺さんにそのことを聞いてみたら、


「お前はなんでマシューと呼ばれる?」

「なんでって、そういう名前というか、マシューキが略されてというか。。。」

「そういうことじゃ!」


と怒鳴って、この話は終わり、みたいな雰囲気を出しやがった。

は?絶対、違うだろ!?

別にどうでもいいことで、無駄に問い詰めることもないとは思うが、残念ながらでもジジイの態度は変わらない。親父のことはまだいい。ほとんど記憶が無い母親のことを聞いても、何も話しゃしない。恐らく、言わないことに決めた理由があるんだろうが、しつこく聞いてこん比べするのは性に合わない。その辺も含めてと思っている。まあ、そっちはついでだけど。まだ、装備や情報収集の準備が足りないし、レベルの方も、もう少しなんとかしたいと思ってるので、まだしばらくは無理だが・・・


(ダン!)


まだ、全方位の索敵を始めてなかったせいで感知出来てなかった。慌てて索敵開始。案の定、すぐ後方に反応。少し遅れて俺の後頭部に向かって何者かの攻撃が迫る感覚。方向は左後方から。俺はしゃがみ込み過ぎない様に気を付けながら、頭を下げてエドの蹴り(魔力強化されたコンバットブーツ付き)を躱しつつ、すれ違おうとしているエドの右脇腹に向かって、しゃがみつつ始動していた右フックを追い気味に放つ。空中で躱せないエドはの魔力盾を展開し、右脇腹レバーを庇う。


カーン!!


身体強化した同士がぶつかり合った時、特有の澄んだ音が早朝の森に響く。


「エド!遅ぇよ!もう補強終わったぞ。」

「悪ぃ。出掛けにまた親父と言い合ってさあ。」


俺が言い出した、村を出て旅に出る話を、エドの親父さんが聞きつけて、引き留めようとしているらしい。でも、エドの身を案じてとか、旅先のトラブルを心配してとか、そういった話ではない。単に、最近、親父さんが奮発して大きな畑を借りて、その世話として人件費ゼロの身内を当てにしていた、という身も蓋も無い話だ。エドは「人雇えばいいじゃん。」とこれまたストレートに言ったもんだから、「そんな簡単に言うならお前が金出せ!」とか無茶言い出した。「誰のために畑借りたと思ってんだ!」「誰がそんなもん頼んだんだ!」と完全な売り買い言葉の応酬、今では顔合わす度にケンカになるらしい。まあ、ケンカ出来るだけマシだよ、とか言うと、こっちに飛び火しそうだから放置してる。


「さっさと補強まで終わらせろよ。そしたら昨日の技、もっかい見せろ。」

「久々にいいの入れられたからって根に持つなよ。慌てなくても後でやってやるよ。ちゃんとポーション持ってきてんのか?」


昨日、いきなり背中を見せたエドの意図が分からず、一瞬、止まってしまい、そこからの宙返りしながらの打ち下ろし気味の蹴りを見事に食らってしまった。恐らく、一度見てしまったら、あんな大振りの蹴り、当たるはずがないと思うのだが、相手の意図を汲みながら組手をする癖のあるマシューにとって、「意図が分からず背中を見せる」というフェイントモーションと、予備動作が連結されたサマーソルトキックは、まさにこれ以上にないほど、ハマってしまった。まあ、後廻し蹴りと同じような攻撃と言えばそれまでだが、体術の実力者同志であればあるほど、ハマる要素は上がるのではないかとマシューは考えていた。


親父の修行してきた玖絽神流拳術くろがみりゅうけんじゅつが大陸武術から受け入れたというチャクラの呼吸法。小周天。

エドの親父さん、マサさんが修行してきた八卦掌とその源流の小周天。


玖絽神流くろがみりゅうは、小周天の呼吸法により、基礎的な身体能力の向上を得て、打身あてみ、組打術を行使する。

かたや、八卦掌は歩法、体捌きを洗練させ、その打撃は気功による勁としている。


その小周天によって循環するプラーナと、八卦掌の勁を結び付けることを骨子に、グレア爺さんから魔法についても助言をもらい、作り上げてきたのが、俺とエドの習っている拳法だ。厳密にはもうひとり弟子がいるんだけど、体力差が大きすぎて脱落中になってる。そんな、二人の努力の集大成ともいえる拳法だが、受け継ぐのはその息子たちと幼馴染の女子一人、という寂しい状態。二人にその気があれば、王都なんかで道場を開いて、という展開もあったと思うが、とある事情により、そういう訳にはいかないらしい。


俺はエドが広場を走り始めるのを確認してから、いくつか対策を考えていたエドの新技攻略について考えつつ、定勢八掌の型をなぞり始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年7月9日 21:00
2024年7月16日 21:00
2024年7月23日 21:00

マシューはある朝、旅に出た 元井いとこ @ElsaDeSica

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ