ー Episode 3 ー 太陽神の血

「ビゼライ様。さぁ、お手をどうぞ」


「な、なぁ、これ本当に大丈夫なのか?落ちたりしないのか?」


「大丈夫だ、何かあったら俺が支えてやるから」


「何かあってからじゃ遅いだろ」


 翌日、ビゼライはシファンに手を引かれ城へ向かっていた。宙に浮く階段にかける足が震える。こんなものは人間界にはない。落下しないものかと、ビゼライは恐怖していた。


雄神ゆうしんの方々には、城の大広間にてお待ちいただくよう伝えてあります。ここを登ればすぐですから、もう少しの辛抱ですよ」


「雄神?…まさか、神話のプレシェルトの?」


 雄神。その言葉に、ビゼライは聞き覚えがあった。

 遠い世界の神話の話である。

『プレシェルトの三大雄神』。

 教典にそう記載されているのを、ビゼライは読んだことがあった。

人間の上に立つ神たちの、更に上に立つ存在・雄神は、『英雄』から名を得た神たちである。その優れた能力で雄神に抜擢されたと言われており、数多くいる神たちの中で、たったの数人、片手で数えられる程度の数しか選ばれない地位。神話の世界のおとぎ話としてしか考えていなかったビゼライは、彼らが実在していた事実に驚愕した。

 英雄の神と謳われる彼らに、直に会うのである。ビゼライは再び警戒の念を宿した。


「魔法が強いと偉いんだな」


「そうですね。特に今は侵食が手強いので、雄神様抜きでは浄化が厳しいのです」


「ふーん…。セランは?あんたも城に住んでるんだろ。雄神じゃないのかよ」


「俺か?あはは、俺の魔法は雄神さんほどじゃないからな。城に住んでるのは、俺が官神かんしんだからだよ」


「かんしん?」


 ビゼライは思考を巡らせた。それは教典には載っていない、初耳の言葉であった。


「この国の役人的な立場さ。雄神さんたちと一緒に戦って、街や一般の神たちを守ってるんだ」


「へぇ…。官吏の神ってことか?」


「そうなるな。俺も、アノンも、先生も官神だ」


「は?あの赤髪もそうなのかよ。あんな奴に役人なんて務まんの?」


「アノンは魔法が強いですからね」


「結局魔法か」


 昨日こちらの国に来て以降、赤髪の青年の姿は見ていない。強引に連れて来たのは彼であるのに、まったく無責任なものである。


「あんたは神殿に住んでるのに官神なんだな。城に住まないのか?」


「はい。私の役目は神殿を守ることですから」


「あぁ、奥の部屋か?なんか大事なもんでもあんの?」


「えぇ。そうなんです」


「…ふーん」


 そうこう話をしていると、ビゼライの足は階段の最上、城の門前を踏んでいた。

シュヴェリーンの城と似た風貌を瑠璃色ラピスラズリに染めた巨大な城は、玻璃さながらの美しさで、この国での絶対的な力と地位を象徴していた。


「どうぞ」


 セランフォードは自身の魔法で城門についた歯車を稼働させ、門と扉を開けた。


 一歩踏み入れると、そこは別世界であった。高い天井を飾る褪せたフレスコが淡く見えるのがまた美しさを際立たせている。画の周りは白い彫刻たちが囲み、どこかヴィースを感じる。

城内は全体的に豪華絢爛、栄耀栄華で、その瑠璃と相まってまさに氷のヴェルサイユ、氷柱の城とでも言えるようであった。


「雄神の皆様。失礼いたします。太陽のシビュラ様をお連れいたしました」


「おお。すまんなシファン。手間をかけた。セランもご苦労」


 シファンが声をかけると、奥の方でカウチから立ち上がるシルエットが見えたと共に、シファンとセランフォードを気遣う声が響いた。

コツンコツンと踵が鳴る音が近づき、シルエットが鮮明になっていく。


「太陽のシビュラよ。よくぞおいでくれた。我は雄神が一人、ギベルクじゃ」


「どうも。ビゼライです」


 毛先を緑に染めた薄橙の髪は後ろで一つにまとめられて肩まで伸びており、頭に巻いたバンダナには宝石の飾りが揺らめいている。肩にかけた緑のロングコートが靡いて、深い海のような群青の瞳がビゼライを見た。

 彼の口からは老爺のような語尾がついた言葉たちが発せられるが、彼自身はまだ若い青年である。シファンと同じくらいであろうか。


「では、私はこれで失礼いたします。セラン、ビゼライ様をよろしく頼みます」


「はい!先生」


 ギベルクとセランフォードにビゼライを預け、シファンは神殿へ戻っていった。

立ち入りを禁じるあの奥の部屋に、片時も離れられないような何かがあるのかもしれない。


「残りの二人はまだ奥におる。着いて来ておくれ」


「はぁ」


 自ら出てきたのはギベルクただ一人であった。他二人の雄神に会うため、ビゼライは歩みを進める。

 神は信用できない。それがビゼライの考えであるから、普段ならば言われた通り着いてなど行かないビゼライである。しかし、今は神話に聞いた『プレシェルトの三大雄神』を前にしている。ビゼライの警戒と嫌悪で占められた心のうちには、わずかながらに高揚も芽生えていたのかもしれない。


「ほれ。太陽のシビュラぞ。挨拶したらどうじゃ」


「んー…」


 ギベルクに連れられた先でたどり着いたのは、城の庭にある温室だった。

床には大理石が敷かれており、靴を履かずとも問題はなさそうに思える。

 中央には大きな噴水が目立ち、美しく澄み渡る透明な水を噴き出している。その周りにも地から水を吹き出す水場があり、できた水たまりはもうほぼ足の爪に届くほどであった。


「こんにちは。きみが昨日来たっていう太陽の?」


 声のする方へ視線を移すと、噴水にもたれかかるようにして大理石に座り込み、こちらに眼差しを向ける青年がいた。青年は全身濡れていて、その長いまつげと透き通った白い肌がどこか儚げに見える。

 鮮烈な桃色の髪は毛先を紫に染め、大理石に散らばっているのを見るに足首あたりまで伸びているであろう。肌に張り付く白いシャツと長い髪、そして透き通った淡い水色の瞳が美しく、これが俗に言う「美」なのであろうと、ビゼライは直感した。


「きみ、いい髪してるね。綺麗な色だ」


「え?」


「はは、急にごめんね。おれ髪が好きなんだ。自分のも他人のも」


 綺麗な髪と言っても、貧相な我がセレタニアで暮らして来た以上、ビゼライの髪は手入れなどされていない。だが、ビゼライのこの深い紫が、彼に綺麗と思わせたのだろうか。


「おれはリスティー。雄神だよ」


「シビュラの…ビゼライ、です」


「リスよ。そなたはまた水浴びか。毎日毎日飽きないのぉ」


「日課だしね。ギベも来なよ」


「いつか機会があればの」


「…なぁ。この人本当に雄神なのか?」


 親しげに話す二人を横目に、ビゼライはセランフォードに問う。

リスティーの自由気ままな姿は、とても神話の選ばれし英雄には見えない。一体何の能力に長けていると言うのか。


「あぁ。リスティー様は戦略を考える天才なんだ。軍師ってやつかな」


「魔法じゃなくて頭で雄神になったってことか?」


「そうじゃないか?リスティー様が魔法使ってるの、あんまり見ないしな」


 本当に彼が天才だと言うのなら、やはり天才とはどこか他より違っているものなのかもしれない。古代ギリシアの科学の天才も、常人とは外れた言動のせいで殺されたと聞く。目の前に裸足でしゃがみ込み、水を浴びて悦楽の表情を見せる彼をぼんやり眺めながら、ビゼライはそんなことを考えた。


「すまんなビゼライ。最後の一人を探しにいくとするかの」


「いってらっしゃい」


 リスティーの声を背後に温室から出て城内に戻り、再び瑠璃色の回廊の歩いていた時、ふと獣の鳴く声がした。辺りを見渡してみても獣の姿はない。


「ふぉっふぉっふぉっ。先に食事とするか」


「え?」


「そうか、悪いなビゼライ!早くに神殿を出たから…!」


 そこまで言われて、ようやくビゼライは獣の声が自身の腹からだということに気がついた。空腹なのはいつものことだが、腹が鳴ったのはいつぶりだろうか。


「いや、いいよ。先に会ってからの方が…」


 食事の誘いを断ろうとしたビゼライは、差し掛かった曲がり角の先で、何者かの影を見た。雄神か、官神か、はたまた別の何かか。こちらに近づいて来る影に警戒すると、ギベルクが影の名を呼んだ。


「リスの元へ行くのか」


「はい。殿下にこれを」


「そなたは気が利くの」


 ビゼライは影の正体、長く美しい髪を持つ青年を、食い入るようにまじまじと見た。シファンやギベルクよりは若いように見える。アノン、とかいう昨日の赤髪の青年やセランフォードと同じくらいであろう。


「ちょうどいい、紹介しよう。彼は太陽のシビュラ。我々の生命線じゃ」


「貴方様が…!そうだったのですね。私は官神のシェロと申します。リスティー殿下の従者です」


「ビゼライです、どうも」


 先ほどの天才の従者と聞いて、ビゼライは目の前の彼の美しい髪に納得がいった。

薄い黄緑の髪の毛先は水色に染まって、襟足だけが長く腰まで伸びている。ここまで長いというのに痛みはおろか、枝毛さえ目につかない。リスティーと同格の美しさである。


「ビゼライ殿ですね。協力感謝いたします」


 彼の柔らかい光のような黄色の瞳は優しくビゼライを見た。その顔はリスティーと似て儚げな雰囲気で、造形はまだどこかあどけなく、何とも中性的であった。


「シェロよ。これから朝餉にする。リスと共に食堂に来ると良い」


「承知しました」


 シェロはビゼライたちに一礼し、大きなタオルを抱えて温室へ向かっていった。


「従者って雄神全員にいるのか?」


「いや。リスティー様だけだな」


「あやつはシェロを自分で見つけてきたからの。ある日突然『今日からこの子を従者にする』などと言い出しおって…驚いたものよ」


「え…じゃああの人どこから来たんだよ」


「それが我らにも教えてくれぬのだ。まぁ、だいたいの察しはついておるがの」


「セランも知らないのか。同じ官神だろ」


「あー。まぁ、そうだな」


「ほぉ。にしてはそなたは最初からシェロと仲が良かったな」


「あ、そ、それは…」


 セランフォードは視線を落とす。泳ぐ瞳はこの場に最適な答えを探しているように思えた。


「ほぉっほぉっほぉっ。すまん。意地の悪い問いじゃったな」


 視線を上げたセランフォードは、はは、とから笑いをこぼす。城外から突然現れたというシェロを初めから知っていたと言うのは、街で知り合っていたとか、昔馴染みであったとか、そう言う類の出会いがあったのかもしれない。まだこの国の仕組みを理解していないビゼライにはそんなありふれた予想しか浮かばない。しかし、だとしたらなぜそれを隠すのか。なぜ彼の瞳は気まずそうな落ち込みの表情をしているのか。ビゼライには何の検討もつかなかった。


 食堂に到着すると、もうすでに豪華で大層な料理が並んでいた。食欲を湧き立てる香りに、ビゼライの腹の獣がまた声をあげる。


「好きなだけ食べると良い。この侵食状況じゃ。さぞかし下界の争いは深刻なのであろう。ほれ、セランも座れ」


 ギベルクに椅子を引かれ、ビゼライとセランフォードは席についた。テーブルクロスのきめ細かなレースが目につく。高級品であろう。神の城ともなれば、テーブルクロスまで上品である。


「あんた食事はどうしてたんだ?セレタニアには昨日初めて降りたがだいぶ荒れてたよな」


「民の食事は一日一食。二食食べられればいい方だ。王族やシビュラは金を持ってるから食事ができるけど、民はそうじゃない。オレは食べ物を買えたけど、ずっと教会で民と一緒にいたからほぼ一食しか食べてないな」


「なんと。それでは腹が減っていただろう」


「まぁ。…それより、ギベルク…さん。今侵食がどうのって…。それ、どういうことなんだ?」


 ギベルクで良い、と返した彼は、神の国の侵食とセレタニアの戦との関係について語った。どうやら、セレタニアで起きている戦によって生まれる、飢餓や貧困、緊張の続く生活、死んでいく者の姿。それらに対する国民たちの憎悪、悲哀、嫌悪の類の感情が怨念という形になって、この神の国を蝕んでいるようであった。

その事実は少なからず、民たちの不満や怒りが神に向いているということの証明になっている。ビゼライが神に対して抱いていた嫌悪も、教会に祈りに来る者から感じた責任転嫁の声も、恐らくは怨念の一部として、侵食の力になってしまっていたことだろう。

 怨念によって起こる侵食は、昨日セランフォードやシファンから聞いた通り、ドロドロとした黒い液体のようなものが突如として街に流れ込み、そこから怪物が生まれ、襲ってくるというものらしい。怪物は街を破壊し、魔法の弱い一般の神たちを襲う。だからそれらを浄化し、神々と街を守るのが官神と雄神の役目なのだと、ギベルクは語った。


「雄神と官神だけでこの国を守ってるって…あんたら雄神は三人しかいないんだろ?だったら官神が大勢いないと危険なんじゃ…」


「俺たち官神は四人だ。俺とアノンと先生と、さっき会ったシェロでな」


「は!?じゃあ七人で国一つを守ってんのかよ?」


「そうなるな。でも雄神様がお強いからさ、すぐに片付くんだ」


「しかし最近は侵食も威力を増しておる。早くにセレタニアの戦を止めねばならん」


「…あのさ、そのことなんだけど」


 優雅に紅茶を飲むギベルクにビゼライは食いついた。セランフォードもパンを食べる手を止め、ビゼライを見る。


「結局、オレは何をするために呼ばれたわけ。月の復活とか、侵食の食い止めとか、セレタニアの戦争を止めるとか、色々あって分かんないんだけど」


「…全ては、矢印で繋がっておる。そなたらの国で戦が起きた。故に我らの国は侵食が始まった。そして侵食によって、我らが司る月の崩壊も始まった」


 ギベルクは真っ直ぐにビゼライを見る。その瞳は昨日のシファンと同じ、願いを乞うような表情をした群青であった。


「そなたが持つのは、聖なる光の力。その力があれば、月の崩壊を止めるどころか、また丸く満ちた月に復活させることができる。故に、そなたの国の戦を終わらせることも、我らの国の侵食を終わらせることも、同時に出来るというわけじゃ」


「オレの力がそんなに万能なわけないだろ。シファンには覚醒しろって言われたけど、そもそも力なんてあるのかも分かんないし。オレはただの人間だ」


「ただの人間。されどそなたはシビュラの家系の生まれ。…そなたはシビュラの祖を知っておるか」


「知らないけど」


「シビュラはもとい、下界に降りた太陽神じゃ。そなたは人間であるが、太陽神の末裔でもあるのじゃぞ」


「えっ、そうだったのか。すごいじゃねぇか、ビゼライ!」


 太陽神の末裔。とても信じられるものではない。確かにシビュラは太陽を司ると言われているが、司っている自覚などありはしないし、何より太陽は勝手に昇って勝手に沈む。シビュラはそれを見て鐘を鳴らすだけである。それとも、その鐘で本当に太陽を操っているとでもいうのであろうか。


「すなわち、ビゼライには太陽神の血が流れておるということじゃ。シビュラも神みたいなものよ。力は備わっておるし、覚醒すれば我ら雄神を遥かに超えることは確定事項じゃ」


「えぇ…」


「だとしたら、ビゼライは神王しんのう様と同格かもしれないんだな」


「そうじゃの」


「神王?誰だよそれ」


「雄神様と官神を従える、神の王。全ての神の頂点だ」


 神王。全ての神の頂点という存在がいる。ギリシアの神話、全知全能と謳われるゼウス神のような存在であろうか。そんな存在がいるのなら、その人物が月を復活させればいい。なぜ自分が呼ばれたのか。なぜ太陽神に月の復活を頼むのか、ビゼライはまた疑問が増えた。


「そんなすごい奴がいるなら、そいつに月を任せればいいだろ。なんでオレなんだよ」


「神王もそなたと同じで、まだ万全ではないからの」


「それに、神王様はお姿を見せてくださらないんだ。人前に出られないらしくてな」


「人前に出られないって…王ならこの城にいるんじゃないのか?見たことないのかよ?」


「この城にはおらぬ。神王は、シファンが守る神殿の奥におるのじゃ」


「え…」


 シファンが片時も神殿から離れない理由、奥の部屋への立ち入りが禁じられている理由。

それは全て神王のためであったのだろうか。


「なんで王が城にいないんだよ」


「…さぁ。それは我にも分からぬ。しかし恐らく、誰にも顔を晒していないからじゃないかの」


「顔?」


「顔も声も、名前も。シファン以外誰も知らぬ。故に窓の多い城は不都合なのであろうな」


「命令や伝言は、全部先生を通して俺たちに伝わるんだ」


「シファンは官神なんだよな?何で雄神を通り越して神王と…」


「それが分かんねぇんだよな。どうして先生なのか」


「なぜ神王が素性を隠すのかも分からぬ。…まったく、謎の多いお人じゃ」


「何だそれ…」


「ギベー。なんの話してんの?」


 かけられた声に振り返ると、リスティーとシェロが到着したところであった。噴水で全身濡れていた彼はさっぱり乾き、爽やかな香りがする。シェロの持っていたタオルで拭いただけとは思えない。


「リスか。遅かったの。あまりシェロに迷惑かけるでないぞ」


「ごめんごめん」


「シェロもご苦労じゃったな。そなたも座ると良い」


 失礼します、と言って、シェロはセランフォードの隣、ビゼライの前に座った。こうして改めて見ると、所作一つ一つが丁寧で洗練されている。食器を使う手も姿勢も、目線でさえ、何もかもが整っていた。


「ちょっとギベ。また朝からお酒飲んでるの?」


「ち、違うぞ。紅茶じゃ」


「ギベが紅茶なんか飲むわけないでしょ。はい、嘘つきー。没収でーす」


「あぁー!!待っておくれリス!最後の一杯なんじゃあぁぁ!!」


 先ほどまで深刻な顔をして侵食を語っていた男が、今は子供同然の叫び声を上げている。神話の英雄とはいえど、その姿は特に人間と変わらない。周りを見ても、雄神二人を眺めながら笑うセランフォードと、頬いっぱいにパンを頬張って満足げに咀嚼するシェロがいるばかりである。どうやらこの状況が日常らしい。


「なぁシェロ…さん。あの人のこと、どうやってこんな短時間で乾かしたんだ?」


「ふぇむはのふぁほふへふ」


「あ、悪い、飲み込んでからで…」


「ふぁほ、ふぁふぁふぃほふぉふぉふぁ、ふぇほほふぁふぁふぃふぁふぇふ」


「の、飲み込んでからでいいから!!」


「殿下の魔法です。あと私のことはシェロで構いません。だってよ」


「いや何で分かんだよ」


 食事を終えたセランフォードは頬杖をつき、得意げな顔で通訳した。シェロは急いで咀嚼をしている。ビゼライは少し申し訳なく思った。


「んん、で、殿下が使われるのは風の魔法ですので…水浴び後は瞬時に乾かしておられます」


「へぇ。あの人は風なのか」


 リスティーは魔法の威力ではなく、頭脳で雄神になったと聞いたビゼライであるから、てっきり魔法はまったく使えないものだと思っていた。だがそんなことはないのかもしれない。


「シェロは?何の魔法なんだ?」


「私は水です」


「水か。そりゃああの人の従者としてぴったりな魔法だな」


 シェロはビゼライのその言葉に少し嬉しそうに頷き、また口にパンを運んだ。セランフォードはシェロを見ている。何を考えているのだろうか。


「シェロや、すまんがこの後街で酒を買って来てくれんか」


「はい、承知しました」


「ちょっと、シェロはおれのなんだけど!ていうか飲み過ぎ。怒られてもおれ知らないからね」


「う、うむ…」


「シェロ。俺たちもついて行っていいか?」


「もちろん」


「よっしゃ!行こうぜ、ビゼライ」


「でも最後の一人が…」


「良い良い。街に出るのならばその途中で会える」


「うん、あの人いつもあそこにいるからね」


 雄神の二人に見送られ、ビゼライとセランフォード、シェロは席を立った。

ビゼライは紅茶だと思っていたものが酒であったことに驚いたが、リスティーの反応を見るに毎朝のことなのだろう。朝から豪快なものである。


 長く広い回廊を抜けて、城の出口に辿り着く。先ほど入ってきた正面の扉とは違う扉らしかった。外に出ると、そこには今までの壮麗で絢爛な城の雰囲気とは一転して、ごつごつとした岩場のような風景が広がっていた。巨大な岩場の先で、獣が喉を鳴らしたような声がする。今度はビゼライの腹ではない。


「何者だ」


 岩の奥から人の声がすると共に、真っ白な虎が姿を現した。


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