水萌の気持ち
「
「いきなりなん、おい」
そして恋火ちゃんを抱きしめたくなったので抱きしめた。
「帰ろうかな」
「帰ったら私寂しいよ?」
「だから?」
「恋火ちゃんは罪悪感さんにわーってされる」
「意味がわからないのに言いたいことがわかる自分が嫌になる」
恋火ちゃんがため息をつきながら私の頭をなでなでしてくれた。
嬉しい。
「でも恋火ちゃんは帰れるの?」
「まあ無理なんだよな。居候の身だから
恋火ちゃんは絶賛家出中らしい。
理由は舞翔くんにも説明してた通り、恋火ちゃんがつんでれさんになったから。
私と同じようにお母さんからいらないと思われ、ずっと家を出る機会を探していた恋火ちゃんは、一昨日の私達の誕生日の日からこのお部屋にお泊まりをしている。
「えっへん、私偉い」
「そうだな、偉い偉い」
恋火ちゃんがまた頭をなでなでしてくれた。
なんかさっきよりも雑な気もするけど、恋火ちゃんからのなでなでは舞翔くんからのなでなでの次に嬉しいから気にしない。
「でもオレも結構な無茶ぶりを聞いたからそろそろ対等でいい?」
「無茶ぶりじゃないもん。恋火ちゃんが舞翔くんと仲良しさんに戻りたいって泣いてたからお手伝いしただけだもん」
「泣いてないけど? 記憶を捏造するのはやめろ」
恋火ちゃんが私のほっぺたをふにふにする。
「れっはいいっはもん」
「何言ってるかわからない。言ってないから」
「わはっへるひゃん」
私がほっぺたを膨らませると、恋火ちゃんはため息をつきながら手を離して反対側を向こうとしたが、私が抱きしめてるから動かない。
「離せ」
「恋火ちゃんが認めないから離さない」
「こいつ……」
「あ、それなら思い出せるように私があの時のことを話そうか?」
「やめ、お前、おいこら」
私は恋火ちゃんの動きを封じる為に恋火ちゃんの腕ごと抱きしめる。
これなら私の口を閉じることも、自分の耳を塞ぐこともできない。
私すごい!
「私が追いついたところからでいい?」
「やめろって言ってんだよ」
「恋火ちゃんは舞翔くんのお家から少し離れたところで立ち止まってたんだよね。私が追いついて逃げないように抱きしめると、私のお胸にお顔をギューってして『サキに嫌われちゃったよな……』ってすっごく元気なく言ってて、とっても可愛かった。舞翔くんが見たらもっと好きになってたよ」
まさに今の恋火ちゃんみたいな感じだ。
私のお胸にお顔をくっつけて、あの時と違うのはお耳まで真っ赤なこと。
「殺してくれ……」
「やだ! 恋火ちゃんと私と舞翔くんはずっと一緒なの!」
恋火ちゃんの言ってることが冗談なのはわかっているけど、私達はこれからずっと一緒なので、誰一人として欠けることは許されない。
たとえ恋火ちゃんと舞翔くんが恋人さんになったとしても、私は二人だけにするつもりはない。
「水萌の妹って設定さ、オレとサキが付き合ったとしてもその中に潜り込めるからってことなのか?」
「最初はほんとに舞翔くんの妹なのが嬉しかったからだよ? 舞翔くんが私のお名前を呼び捨てで呼んでくれるきっかけだったし。だけど今はそうかも? 私は妹だから恋火ちゃんと舞翔くんが恋人さるになっても、一緒に居ておかしくないでしょ?」
「多分おかしいぞ。まあオレもサキも気にしないだろうけど」
「……」
「なんだよ」
「べっつにー」
恋火ちゃんが眉間にシワを作って私を見てくる。
別にちょっとだけ思っただけだ。
『もう勝った気でいるんだ』って。
「てかもういいだろ。水萌も明日は学校行くんだろ?」
「うん。舞翔くんとお昼ご飯食べる」
「学校行く理由がおかしい気がするんだが?」
「恋火ちゃんだって舞翔くんに会いに言ってるみたいなものでしょ?」
「……うるさい」
恋火ちゃんが私の拘束を無理やり解いて私とは反対側を向いてしまった。
恋火ちゃんは最初からやろうと思えば簡単に拘束を解くことはできたけど、優しいから私の相手をしてくれたのだ。
そんな恋火ちゃんが大好き。
「早く寝ろよ。起きれなくても起こさないからな」
「うん、おやすみ」
「おやすみ。……今日はありがとう」
恋火ちゃんはこういうことをするからずるい。
こんなこと言われたらお胸がどんどんあったかくなって眠れない。
まあ元からまだ眠るつもりはないけど。
「恋火ちゃん、寝ちゃった?」
「……」
返事はない。
恋火ちゃんは眠るのが早い。
恋火ちゃんが「寝る」と言ってから眠るまでに一分かからない。
「起こさないよーに」
私はソッとベッドから抜け出す。
そしてベッドの前で正座をして、ベッドの下を覗き込み『とある本』を取る。
「恋火ちゃんが居てくれなかったら舞翔くんに見つかってよ。危ない危ない」
私はその本を持ってクローゼットに向かう。
「こっちも見つからなくて良かった。これは見つかった方がいいんだろうけど、こっちは舞翔くんが言うまでこのままがいいな」
私はそう言って『本』をほとんど空のクローゼットの中に置き、二枚のパーカーを取り出す。
「こういうのは駄目なんだろうけど、舞翔くんは恋火ちゃんを選ぶ。だから私を選んでくれることは絶対にないんだもん」
私はそんな言い訳をしながら、パーカーを抱きしめる。
一昨日、舞翔くんから借りた二枚のパーカーを。
「舞翔くん……」
雨に濡れたからちゃんとお洗濯はした、だけどこうしていると舞翔くんを感じることができる。
絶対に私のことを選ぶことのない舞翔くんが、私を選んでくれたように錯覚できる。
最近の私がおかしかったのは自分でもよくわかっている。
恋火ちゃんが舞翔くんに私と同じ気持ちを持っているのに気づいた時「負けたくない」って思った。
だけど舞翔くんも恋火ちゃんにそういう気持ちがあるのがわかった時、私は恋火ちゃんを応援することに決め、私は『妹』になることにした。
だから本当に恋火ちゃんのやってることが嫌だった。
私が舞翔くんの『妹』になろうとしてたのに、恋火ちゃんは私と舞翔くんを『恋人』にしようとした。
恋火ちゃんにも色々と考えがあったのはあの日に聞いたけど、そんなの知らない。
舞翔くんとお話したいのをいっぱい我慢して、二人だけの時間をたくさん作っても、恋火ちゃんは私と舞翔くんの関係についてしか話さない。
私が諦めた場所に居るのに、恋火ちゃんはそれを私に渡そうとしている。
渡されたって私が同じ場所には行けないのに……
だから私は考えた。
絶対に頼るつもりのなかった『これ』を引っ張り出して、恋火ちゃんに危機感を持ってもらおうと。
「『好きな相手もイチコロ! あなたの魅力を引き出す方法!』ってすごい名前だよね」
私はクローゼットに置いた本に目を向ける。
これはもちろん私が買ったものではない。
あの頃はまだ舞翔くんと仲良しさんになってなかったから、ほんとになんなのか意味がわからなかった。
だけど文月さん曰く「こういうのは好きな相手が偶然見つけるだけで意味があるから!」と言っていた。
こういう本が偶然見つかると、相手が意識されてると勘違いするとのこと。
正直いらなかったけど、捨てるのもあれかと思ってずっとベッドの下に入れていた。
それを引っ張り出してお勉強した。
男の子はギャップに弱いと書いてあったから、舞翔くんの反応がすごかった『浮気者』とかの言葉をよく使ってみたりした。
それと、これを探そうとしていた舞翔くんに、意味はわからないけど、色々と言ってみたりした。
結果はイマイチだったけど、最終的には舞翔くんが恋火ちゃんに気持ちを伝えられた。
まあ恋火ちゃんの答えは酷かったけど。
「素直になるって約束したのに……」
私は「すぅ」と可愛い寝息を立てている恋火ちゃんにジト目を向ける。
恋火ちゃんとはあの日に約束をした。
舞翔くんに謝ることは当然として、自分の気持ちに素直になることを。
私のことは聞いたけど、そんなのを恋火ちゃん一人が責任を負う必要はない。
それにそんなことが理由で舞翔くんの気持ちを無視していい理由にはならない。
だから私はまず恋火ちゃんを舞翔くんと会わせることにした。
お話はそれからだ。
だけど恋火ちゃんは「無理、サキに会わせる顔がない」と、強情さんだったから『会わせる顔』をあげた。
私の髪が伸びてきて黒いところが見えてきた時用のウィッグと、私のカラーコンタクトを渡して学校に行かせた。
行きたがらかったけど、行かなければ舞翔くんに泣いて後悔してたことも含めて全て話すと言ったら苦悩しながら学校に向かって行った。
恋火ちゃんが学校に行ってから思ったけど、一人でベッドに居るのがちょっと寂しかった。
だけど恋火ちゃんはお昼過ぎに走って帰って来た。
「サキにバレたぁ……」と、私の格好で泣きそうになりながら私に抱きついてきた。
とっても可愛かった。
だけどここでうっかりさんをしていたのだけど、恋火ちゃんに教室では私が舞翔くんのことを「お兄ちゃん」と呼んでいることを伝えてなかった。
それはバレる。
多分なくても舞翔くんなら気づいたんだろうけど。
その後は落ち込んだ恋火ちゃんを慰める作業になり、マンションのチャイムが鳴った。
舞翔くんなのがわかったから、恋火ちゃんのウィッグとカラーコンタクトを取ってもらって舞翔くんを連れて来てもらった。
それが恋する恋火ちゃんの全て。
そして恋をしてた私の全て。
この後は私の問題が解決されて舞翔くんと恋火ちゃんが恋人さんになれば終わりだった。
だけど……
「恋火ちゃんが悪いんだからね」
私は諦めたのに、私にチャンスをくれた。
本当にもう舞翔くんのことは諦めて、私は舞翔くんの『妹』として仲良くなろうとしていた。
だけど、恋火ちゃんがいいと言うなら私は『妹』じゃなくて『
「義妹なら恋人さんになってもおかしくないもんね」
私はもう遠慮なんてしない。
『妹』の距離感で舞翔くんを振り向かせる。
それでも舞翔くんなら恋火ちゃんを選ぶだろう。
その時はその時で舞翔くんの妹として二人の空間に潜り込めるから、私に負けはない。
私すごい!
「でも、負ける気はないからね」
私は寝返りを打ってこっちに可愛い寝顔を向けている恋火ちゃんに宣言する。
「……あんなに可愛い寝顔を見たら舞翔くんがもっと恋火ちゃんを好きになっちゃう」
これで舞翔くんと恋火ちゃんのお泊まりは禁止になった。
逆に私と舞翔くんがお泊まりすればいいのでは?
「うん、
会えるかはわからないけど、もしも会えたら舞翔くんとのお泊まりをお話してみる。
多分許してくれると思うから、その時に向けて色々と考えない、と……
「そろそろ寝ないと」
色々と考えていたら、日が変わっていた。
いつもなら既に眠っている時間なのでとても眠い。
「またお熱あがっちゃうよ」
私の風邪は、多分雨に濡れたことは関係ない。
もしかしたら関係あるのかもしれないけど、どちらかと言うと知恵熱というやつだと思う。
頭をたくさん使ったからお熱が出てしまった。
「にゃんれもいいりゃ」
もう眠くて呂律も回らなくなってきた。
舞翔くんのパーカーを綺麗にクローゼットに戻して、本も中にちゃんと入れたのを確認してからクローゼットを閉じる。
そしてベッドに向かい、枕元に置いてある舞翔くんからのプレゼントを見て頬が緩む。
嬉しい気持ちになってからベッドに入り、恋火ちゃんと向かい合って横になる。
いつも通り恋火ちゃんの手を握って目を閉じる。
するとすぐに眠りにつける。
とても深く、いい眠りに……
(私の方こそありがとうだよ)
恋火ちゃんは私に感謝を伝えてくれたけど、恋火ちゃんの方が私に色々とやってくれている。
私は全然知らなかったけど、私がこうして家から出れたのだって恋火ちゃんのおかげだ。
だから恋火ちゃんには感謝しかない。
恋火ちゃんには幸せになって欲しいけど、舞翔くんに関しては私も手を抜かない。
だけどありがとうの気持ちは本物だ。
なんだかんだ言って寝坊した私を起こしてくれるし。
「早く寝ろって言ったよな?」
「ごめんなさい。ありがとう」
私は感謝の気持ちを込めて恋火ちゃんを抱きしめる。
恋火ちゃんはため息をついて呆れているけど、嫌そうではない。
本当にありがとうね、恋火ちゃん。
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