第56話 関係性の完全修復?

「それでなに? 鞄の中に道端で拾った綺麗な石でも入ってるの?」


「レンは俺をいくつだと思ってるんだよ。さすがに鞄には入れない」


 鞄を持ってきた俺にレンがからかうように言ってくるが、さすがの俺でも綺麗な石を鞄に入れたりしない。


 立ち止まって眺める程度だ。


「男子ってそういうの好きなんだよな」


「俺にも普通の男子な感情があったのか……」


「サキって性別を気にしないだけで、それ以外は普通の男子だと思う」


 言われてみるとそうなのかもしれない。


 俺は今までレンと水萌みなもを異性の友達と思わず、ただの友達だと思っていた。


 だから水萌に対する距離感にレンが苛立ちを覚えたんだろうし。


「対等に見てくれるのは嬉しいけどな」


「じゃあ今まで通り、頭を撫でたり抱きしめたりしていいと?」


「今のサキにできんのか?」


「俺も甘く見られたものだ。俺以上にレンが照れてくれるから多分できる」


 相手が自分以上の反応を見せてくれる時は、逆に自分は落ち着くことができるので、多分レンを抱きしめることはできる。


 水萌は難しいが。


 さっきはたまたま上手くいったけど、水萌も俺と似たような感覚を持っているから、俺が恥ずかしくなって終わる可能性が高い。


「それで鞄を持ってきた理由は?」


「なんか盛大に話を逸らされた気がするんだけど?」


「気のせいだろ。それよりなんなんだよ」


「いやさ、俺とレンがすれ違った日って二人の誕生日だったじゃん?」


『喧嘩』という言葉を使いたくなかったので、少し変な言い方になったけど、だいたいあっているはずだ。


 あの日はレンと水萌の誕生日で、二人はお祝いに興味がなさそうだったけど、勝手に少しだけお祝いするつもりだった。


 その一つがずっと鞄の中に入れっぱなしになっているのを思い出した。


「誕生日プレゼント。安物だけど」


 俺はそう言って鞄からラッピングされた小さな箱を取り出してレンに渡した。


「……」


「俺の勝手な自己満足みたいなものだから、いらなかったら捨てていいよ」


「いや、違くて。こういうの初めてだから反応に困ってる」


 レンが貴重品を触るかのように、箱をじっくりと丁寧に見回す。


「ほんとに安物だからそんなに丁寧に扱わなくていいよ」


「安物って値段だろ? 値段が安いとしても、サキが選んでくれたっていう気持ちが嬉しいし、それなら大切に扱うだろ。それとも適当に選んで気持ちも何もない?」


「レンのそういうところが好き。ありがと」


 俺が素直に感謝を伝えると、レンが少し頬を赤くしてそっぽを向いた。


「ちなみに気持ちはめっちゃ込めた。選ぶのに土日のバイト終わりの一時間を二日分使った」


「だから集合時間遅かったのか」


 土日に二人と特別なことはしてないが、俺はバイト終わりに個人的に出かけて買い物をしていた。


 だからレンとのデートを一時間遅らせてもらったけど、その時のレンは少し拗ねていて可愛かった。


「俺がいきなり一時間遅らせたのが嫌だった?」


「そりゃ暇つぶしの相手がいないんじゃつまらないだろ」


「ずっとムスッとしてたじゃん」


「は? してないけど? もししてたとしても、急にいつもと違う時間になって腹が立ってただけだし」


「俺に会えなくて?」


「サキがドタキャン一歩手間みたいなことするから」


 それに関しては言い訳できないけど、そもそも俺とレンのデートに時間の決まりはない。


 むしろ少し前のレンなら俺の用事を優先させて、何かあれば無しにしても構わないと言っていた。


 だからこうして一時間ずらしたことに怒ってくるのは、なんだか俺との時間を楽しみにしてくれてるみたいで嬉しい。


「でも、オレと水萌の為の時間だったんだろ? それはありがと」


「急に素直になるな。頭を撫でるか抱きしめたくなる」


「そういうのはやる前に言え」


 レンが俺の手を頭からはたいてどかす。


 言いながら手が勝手に動いていたようだった。


「それより開けていいの?」


「もちろん。中身に期待はするなよ?」


「超期待してる。サキならオレと水萌が喜ぶものをプレゼントしてくれるんだろうな」


「ハードル上げるな。一応喜んでくれるようなものを選んだつもりだけど、俺もプレゼントを買うのは初めてだからほんとに期待はするなよ?」


 レンと水萌ならあからさまに嫌がることはしないだろうけど、それでもどうせなら喜んで欲しい。


 実際に見て選んでた時間はバイト終わりの二時間だけど、水萌が帰った後に家でずっとスマホでプレゼントを調べていた。


 調べれば調べるほどにわけがわからなくなって、最終的にはすごい無難なものになった。


「へぇ」


「うわ、すごい微妙な反応」


 レンがラッピングを綺麗に取って箱を開け中身を取り出した。


 そして『それ』を見て真顔になる。


「さっきも言ったけどさ、反応に困ってるだけなんだよ。でも、オレも詳しく知らないんだけど、異性へのプレゼントでネックレスって大丈夫なの?」


 俺がレンにプレゼントしたのは天使の羽の形のネックレスだ。


 理由の説明なんていらないだろう。


 正直猫と悩んだけど、猫はぬいぐるみがあるから今回は天使にしてみた。


「仕方ないだろ。確かにそういうのってその人の趣味とかあるからあんまり良くないって書いてあったけど、俺はレンと水萌と末永く仲良くしてたいから残るものにしたくて。やっぱりいらないよな……」


 とても死にたい。


 俺だって最初は消え物にしようと思っていたけど、なんだかあげたプレゼントが無くなると、そこで関係が終わるような、そんな感じがして嫌だった。


 だから場所を変えてみたらこのネックレスに出会った。


 だけどやはり消え物にすれば良かったと今更後悔している。


 いっそ俺が消えて無くなりたい……


「ちょっと何言ってるかわからないんだけど、いらないとか無いからな? 普通に嬉しいよ」


「ほんとに? 気とか使ってない?」


「サキは真剣に選んだくれたんだろ? なんでそれを嫌がるんだよ。なんで天使の羽なのかは気になるけど、こういうの好きだし」


 レンがネックレスを見て微笑む。


 多分本心で言ってくれている。


「レンのその顔ですごいホッとした。こんなのみんなよくやるよ」


「それだけ真剣だったってことだろ。本当にありがと」


「俺が帰ったら投げ捨てたりしないでよ?」


「サキはオレをなんだと思ってんだよ。一生大切にするから」


 レンはそう言ってネックレスを優しくぎゅっと握る。


「でも、汚したくないからずっと箱に入れときたい」


「どう使うかはレンに任せるよ。俺の見えるところで捨てたりしなければ」


「だから大切にするっての。普段は箱に入れとくか。全部解決して、サキと恋人になれたらこれ付けてデートでもする?」


「現地取るけどいい?」


「そう言ってサキがオレを選ばないんだろ? 知ってる」


 レンが小憎たらしいことを言うのでお仕置きにデコピンをする。


「俺を馬鹿にするな。俺はレンが最初で最後の好きになる人だよ」


「あっそ」


 レンが興味が無さそうにネックレスを箱に丁寧に戻していく。


 だけどその頬が少し赤くなっているのを見逃す俺ではない。


 まあ今回は突っ込まないで眺めるだけにするけど。


「イチャイチャ終わった?」


 俺が可愛いレンを眺めていたら、いつの間にか俺の隣に居た水萌に話しかけられた。


「起きたの?」


「サキってほんとに驚かないよな」


「ねー。舞翔まいとくん、恋火れんかちゃんに夢中で私に気づいてないと思ってたのに」


 もちろん気づいてなかった。


 だから驚いたのだけど、なぜか毎回俺が驚いていることが気づかれない。


「つーかイチャイチャしてないし」


「恋火ちゃんは私と舞翔くんが一緒に居るだけでイチャイチャって言ってなかった?」


「お前らのはそうだろ」


「なるほど。自分では気づかないってやつなのか」


 水萌が両手を胸の前で組んで首を上下に振って一人で納得している。


「そうだ、水萌もこれ」


 俺は鞄からもう一つの箱を取り出す。


「私の? えっと、ありがとう?」


「ほんとにどういう反応すればいいのかわからないんだな。とりあえず誕生日とか気にしないで、俺から何かを貰ったって考えてみて」


「んーと……」


 水萌が顔を斜め上に上げて何かを考えだす。


「すっごい嬉しい!」


 水萌がグイッと俺の顔に自分の顔を近づけながら嬉しそうに言う。


「そ、そうですか」


「おー、また浮気か?」


「レンうるさい。俺の告白をぶった斬ったレンに浮気とか言われたくない」


「サキがオレの心をぶった斬りやがった……」


 レンが胸を押さえながらうずくまる。


 悪いこと言ったが、至近距離の水萌を前にして少し焦った。


 だから仕方ない。


「またイチャイチャしてる。両思いさんだから仕方ないんだろうけど、ずるっこ……」


「すごい久しぶりに聞いた気がする」


「それより早く開けろよ」


「開けるのもったいないんだもん」


「気持ちはわかるけど、その箱がサキからのプレゼントじゃないからな?」


「恋火ちゃんのいじわる。開けていい?」


 水萌が両手の上に載せた箱を俺の前に持ってきて子首を傾げながら聞いてくる。


「もちろん」


「綺麗に開けられるかな」


 別に普通に開ければいいのでけど、なぜかこういうものは綺麗に開けたくなってしまう。


 レンもだけど性格が出るのだろうか。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「水萌うるさい。少し箱が破けただけだろ」


「舞翔くんがくれたプレゼントなのに……」


「だからプレゼントは箱じゃないっての」


「舞翔くん、が、くれた……」


 水萌の目元から涙がこぼれる。


 一応説明するけど、箱が少し破けただけだ。


「水萌はいい子だな」


「ごめんなさい……」


「気にしないで。その代わりに中身を大切にしてくれる?」


「する! 絶対に大切にする」


「中身も見てないのに」


「そんなの関係ないもん。舞翔くんからのプレゼントならどんなものでも大切にする」


「喜んでもらえそうなものを探したんだけど、なんでも良かった?」


 俺が意地悪くそう言うと、水萌が涙を浮かべながらジト目で睨んできた。


「嘘だよ。とりあえず中身見て」


「後で舞翔くんはお説教だからね」


 水萌がほっぺたを膨らませてふくれっ面の状態で箱の開封を再開した。


 今度は絶対に破かないという気迫を感じるぐらいに慎重だ。


 そして数分かけてやっと開封できた。


 中身は……


「恋火ちゃんと同じ?」


「ちょっと違う。レンのは天使の羽で、水萌のは悪魔の羽。俺的には小悪魔だと思ってる」


 水萌にあげたプレゼントはレンと同じでネックレスだが、羽の色が違う。


 レンのは白い羽で、水萌のは黒い羽。


「素直な感想をください」


「綺麗……」


 水萌がネックレスのチェーンを持って、黒い羽を綺麗な笑顔を眺めている。


 こちらも本心で言ってくれているのがわかる。


「良かった。ちなみにその二つってペアネックレスって言うのかな。合わせられるみたいだよ」


「そうなの?」


「だから半分みたいな感じなんだ」


「やろやろ!」


 水萌が嬉しそうにレンに近づいて羽を持つ。


「ん」


 レンが大切そうに握っていたネックレスの羽の部分を持って、水萌の持つネックレスの羽にくっつける。


「ハートだー」


「まあ形的にそうだよな」


「むぅ、恋火ちゃんはふぜーが足りない」


「絶対に意味わかってないだろ。嬉しいとは思ってるよ。そういう意味なんだろ?」


 レンが俺に視線を向けながら聞いてくる。


 まあそういう意味だ。


 水萌からパーカーの話を聞いて、おそろいのものをあげたかったのもあるし、ずっと離れ離れになっていたレンと水萌だから、こうして二つで一つになるものがあれば、いつでも繋がっていられるような気がした。


 結局は俺の自己満足だけど。


「舞翔くん大好き」


 水萌が勢いよく俺に抱きついてきた。


 倒れることはなかったけど、危なかったので俺も水萌を抱き返す。


「どした?」


「私と恋火ちゃんの繋がりを作ってくれたんだよね。ありがとう。だから大好き」


「だからの意味はわからないけど、喜んでくれたなら俺も嬉しいよ」


「うん、舞翔くんがお兄ちゃんで良かった」


 なんでここで『お兄ちゃん設定』が出てくるのかわからないけど、水萌が喜んでいるのならそれでいい。


「私はお兄ちゃんの妹。だからこれは妹からお兄ちゃんに対するお礼だよ」


「何を言って……」


 水萌が俺の右頬に柔らかな唇を付ける。


 要は俺の頬にキスをした。


「……お礼になる?」


「……なりすぎます」


「なんでオレはさっきから浮気現場を見せつけられてんの?」


 なんだか水萌との間に気まずい雰囲気が流れる。


 だけどなぜだろうか、前にも似たような感触を感じたことがあるような……


「レンって左?」


「……」


 レンが無言で顔を逸らした。


「無言は肯定だよな?」


「うっさい! それよりサキはどうすんだよ!」


「何が……」


 レンが窓を指さすので、外を見るとすごい雨だった。


 全然気づかなかったけど、どうやら外はいつの間にか大雨が降っていたようだ。


「濡れ鼠になります」


「お、お兄ちゃんが良ければ、お、お泊まりしてもいいよ?」


「水萌が気まずくなければ」


「……大丈夫」


「じゃないね。今日は帰るよ」


 水萌の顔はずっと真っ赤だ。


 こんな状態の水萌と一晩を共にするのはお互いに厳しいと思う。


「そ、そう? じゃあ今日はバイバイだね」


「とりあえずレトルトのお粥は作るけど、あーんはいりますか?」


「きょ、今日はいいや。恋火ちゃんに食べさせてもらう」


「は? 嫌だけど」


 そう言ってレンはどうせやるのだ。


 だから今日はレンに水萌のお世話を任せて帰ることにした。


 全てが解決したとは言えないけど、レンとの関係性の修復はできた。


 そして自分の気持ちも理解できた。


 俺は晴れた気持ちで、濡れ鼠になりながら家に帰るのだった。


 そういえば水萌に貸した俺のパーカーを回収するのを忘れていたけど、それも「また今度回収すればいいから別にいいか」と、折りたたみ傘が意味をなさない雨の中を帰るのだった。

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