番外編 テスト勉強
「始めようか」
「やだ」
「
「
水萌がほっぺたを膨らませて俺をジト目で睨んでくるが、そんな可愛い顔でほだされる俺ではない。
今日はずっと言っていたテスト勉強をする日なのだから。
色々あってできてなかったけど、やっとこうして時間を作ることができた。
「なぜかレンには逃げられたけど、その代わりに助っ人を呼んだから」
今、レンはいない。
すれ違いが解決はしたけど、避けられてる気がする。
水萌に相談したら「照れてるだけだから大丈夫。少ししたら仲良しさんだよ」と、言われたので今はそっとしておくことにした。
とりあえず今日は何もしないで、明日あたりに詰め寄ってみようかと思う。
「助っ人?」
「そう、俺って人にものを教えるの苦手だから」
まあ苦手とか以前に人にものを教えた経験がないのだけど。
「私と
そんなのは一人しかいないから水萌にはバレたようだ。
そう、その人とは──
「うちだぁぁぁぁぁ」
「うるさい」
「すいません」
俺が助っ人を頼んだのは俺の部屋に入る時にスライディング土下座をきめた
理由は単純で、文月さんしか頼める相手がいなかったから。
正直水萌とレン以外の人を自分の家に招くのはなんか嫌だったけど、文月さんならギリ許せた。
「文月さんは頭いいみたいだから」
「そう、うちは上位ランカーなのだ」
「簡単に言うと?」
「トップ層?」
文月さんは意外にもテストの順位が高いらしい。
実際に見たわけではないけど、前回のテストでは一位だったらしい。
「うちって
「つまりやばいと」
「やべぇよ。うちは自分の才能に驚いた」
文月さんの中学校時代は特に頭がいいとかはなかったらしく、中の下ぐらいだったらしい。
だけど、水萌の噂に真実味を付けたくて頑張った結果が一位だったようだ。
「教師陣にはバレたけどな」
「それは大丈夫。うちのラブコメでは教師とか出てかないから」
「ちょっと意味がわからないけど、水萌の迷惑になったら俺は文月さんを一生許さないからね?」
「そ、それって、遠回しに『一生一緒に居るよ』って告白ですか!?」
「あはは、怒るよ?」
「おう、目が笑ってねぇ。大丈夫です、うちもお兄様という主人公を敵に回していつの間にかフェードアウトするチョイ役になるつもりはないので」
文月さんの言ってることを理解するのはもう諦めたけど、文月さんがチョイ役とは思えない。
チョイ役にしてはセリフ量が多すぎる。
「おや、なんかうちが歩くスピーカーみたいに思われた気がするぞ?」
「そんなことないよ。それよりも水萌に迷惑はかけないでね?」
「わかっております。ところで、その妹様のほっぺたがすごく膨らんで可愛らしいリスさんになられてますよ?」
「ああ、いつものことだから大丈夫。可愛いでしょ?」
「とても。お写真撮っても?」
「いいわけないでしょ? 水萌の可愛さを閉じ込めるなんて許さないから」
自分でも同意理屈かわからないけど、いくら可愛いからといって水萌のことを写真に収めるのが嫌だ。
理由の説明は難しいけど、水萌はワンシーンよりも一連の流れが可愛いと思うから。
「つまり動画ならいいと?」
「そもそも文月さんは駄目」
「なんでさ!」
「お兄ちゃんなら撮っていいよ」
「だそうです」
結局は水萌が許すか許さないかだ。
そして水萌は絶対に文月さんに写真を撮らせない。
「そういえばうちは森谷さんに言いたいことがあるのですけど」
「……」
文月さんに話しかけられた水萌が真顔になる。
傍から見てると完全な拒絶だけど、文月さんはその程度で引くような性格はしてない。
「えっとね、ごめんなさい。うちの勝手な妄想に巻き込んで」
「……」
「うちって昔から『これ!』ってものを決めると猪突猛進になっちゃって色んな人を巻き込んじゃうんだよ。小学生ぐらいの時もそれで唯一の友達もいなくなっちゃったし」
「……」
「別に許してなんて言わないけど、謝らせて欲しい。自己満足でごめんなさいだけど、ごめんなさい」
無言で文月さんを見つめる水萌に文月さんが頭を下げる。
水萌はそれを見て、俺の方に顔を向け耳打ちをしてきた。
「水萌、気持ちはわかるけど、いきなりそういうことされるとこそばゆい」
「お兄様、うちは結構真面目なのでイチャつかないでくださると助かります」
「俺のせいなんだ。ちなみに水萌が俺に文月さんへの返事を言ったけど聞く?」
「聞きます!」
文月さんがグイッと俺の顔に自分の顔を近づける。
あんまり可愛い顔を近づけられると恥ずかしい。
それにどうせ自分だって恥ずかしくなって離れるのだからやめておけばいいのに。
「……ごめんなさい」
「なんか文月さんって、変に見えて純粋だよね」
「馬鹿にしてる?」
「反応がいいってこと。反応いい子は結構好き」
水萌とレンもいつもいい反応をしてくれる。
だから二人のことは好きだし、文月さんを嫌いになれない理由の一つだ。
「お兄様は天然すぎるよぉ」
文月さんが両頬を手で押さえる。
そして水萌からすごいジト目を向けられる。
「まあいいや。水萌の返事だけど『私は文月さんが流した噂は嫌だった。自分はそんなに大した人間じゃないのに、みんなからすごいって言われて。だけど、お兄ちゃんと仲良くなれたのは文月さんのおかげだと思ってるから、それだけはありがとう』とのことです」
水萌が文月さんからぷいっと顔を逸らした。
照れ隠しと普通に拗ねているせいだろう。
とりあえず一歩前進したので、水萌の頭を優しく撫でる。
すると水萌の顔が途端にゆるくなった。
「きゃ、きゃわ!」
「気持ちはわかるけど、そろそろ本題にいこう」
「森谷さんを眺める会?」
「それはまた今度ね。それよりも今は目下のテストだよ」
水萌は今回のテストで赤点を取ったら問答無用で補習となり、夏休みが削られる。
そんなのは俺も水萌も望んでいないので、文月さんを助っ人に呼んだ。
まあそれとは別に、レンのことで色々とお世話になった文月さんへのお礼も兼ねている。
水萌には何も言ってないけど、水萌も文月さんのことが嫌いなわけではないから、妥協していただきたい。
「そういえばお兄様は大丈夫なの?」
「今のところは困ってない。ついでに見てくれるなら助かるけど」
「任された。それなら森谷さんも頑張れるだろうし」
俺も一緒に勉強したらという意味だろうか。
それなら見当違いだ。
俺だって水萌に勉強を教えたことはあるけど、実は結ばなかった。
「お兄様は盛大な勘違いをしてるね。大丈夫、うちに任せなさい」
文月さんが胸を張って言う。
それだけの自信があるのなら文月さんに全て任せる。
「というわけだから水萌、文月さんと話せる?」
「……や」
「なんでそんなに頑ななんだよ。そして文月さんは喜ばない」
「だって可愛いんだもん!」
気持ちはわかるけど、そうやって文月さんが許す限り水萌は文月さんと会話をしない。
なんとなくそれでもテスト勉強ができそうだけど、そろそろ会話をしてもいいと思う。
「水萌はなんで文月さんと話したくないの? その感じだと人見知りとかじゃないよね?」
「……敵だから」
「なんの?」
「教えない!」
水萌がほっぺたを膨らませてそっぽを向く。
意味がわからなくて困った。
「森谷さん、うちは別に狙ってないよ? お兄様がうちに興味ないの知ってるし」
「……」
「水萌、喋れ」
「……舞翔くん、楽しそう」
「森谷さん、お兄様は人見知りなだけで、慣れると誰でもこんな感じだと思うよ」
文月さんが微笑みながら言う。
俺が人見知りとはどういう意味かわからないけど、人を避けてるのは認める。
そして俺が避けないで関わった相手がたまたま相性がよくて仲良くなれたのも。
「でも、舞翔くんのことを好きになっちゃうもん」
「それは否定できないけど、それならどっちかが付き合えばいいんじゃないの?」
「それができたらこんなに心配にならないもん……」
水萌とレンは俺と付き合うことを禁止している。
水萌の問題を解決するまでの間で、それも夏休み中に解決できる? 予定だから、その為にも夏休みは削れない。
「ふむふむ、つまりうちはさりげなくお兄様にアプローチしてこっそり付き合うことが可能と」
「やめとけ、水萌に嫌われるぞ」
「それはやだ。でも手遅れ?」
手遅れというほどでもないだろうけど、今まさに水萌が文月さんを睨んでいる。
ジト目とかではなく、普通に。
「私達にそれを否定する権利ないもん。いいよ、舞翔くんは私達以外の子を好きになっても」
「言うじゃんか。泣いていい?」
「お兄様って豆腐メンタル?」
「水萌とレンに嫌われたら精神的に死ねる自信がある」
「そんな自信満々に言わないでよ。だけどちょっと面白そう」
文月さんが何やら不穏な笑みを浮かべる。
やっぱり俺をいじめるのがこの子達のブームなのだろうか。
「お兄様をいじめるのはまた今度にするとして」
「今度もするな」
「今はお勉強をしようか」
「それはいいけど、今の水萌は相当不機嫌だよ?」
やっと会話っぽいことができたけど、今のやり取りでまた水萌の機嫌が悪くなってきている。
「大丈夫、うちに秘策あり」
「ほんとにお願いね。水萌が赤点無しだったら何か言うこと聞くとかもいる?」
「無くてもやるけど、くれるなら貰う。ちなみにそれでお兄様が欲しいって言ったらどうする?」
「俺は物扱いなのかって勝手に傷つく」
「言い方卑怯だよね。じゃあお兄様が誰かと付き合った後まで持ち越しで」
「なぜに?」
「付き合った後なら何してもいいかなって」
それはむしろ駄目な気がするけど、言ってしまった手前、叶えるけど。
「ということで、絶賛うちにヘイトを向けている森谷さん。お勉強しよう」
「……や」
案の定水萌はそっぽを向いて拒絶する。
「どうするの?」
「森谷さんがやらないって言うからうちとお兄様でやろうか、二人っきりで」
「!?」
水萌がすごい勢いでこちらを向いた。
「森谷さんの邪魔になるからリビングでやる?」
「まあいいよ。俺も勉強したいし」
もちろん嘘である。
文月さんのやりたいことがわかったのでそれに乗っかる。
「よしきた、手取り足取り教えてしんぜよう」
「二人羽織的な? 絶対にやりにくいでしょ」
「そういう発想になるのがすごいよね。あ、誘ってた?」
「そんなのどうでもいいから早く行くぞ」
「ほんとツンデレだよね。いや、お兄様の場合はデレツン?」
文月さんの言葉は九割ぐらい無視していいことなので無視して部屋の扉に手をかける。
文月さんもその後に続いてくる。
「……や」
「水萌も来るの?」
「お兄様、言い方」
「失礼。水萌も来る?」
俺はできるだけ優しく問いかける。
水萌は別に勉強をしたくないわけではない。
いや、したくないんだろうけど、夏休みに補習なんてしたくない。
だから勉強をして補習は避けたいけど、文月さんに頼るのが嫌なのだ。
どこからくる頑なさなのかはわからないけど、きっかけさえあれば水萌だって……
「……行く」
「ありがと」
「なんで舞翔くんがお礼言うの?」
「俺が水萌と一緒に居たいから」
「お兄様って私に対してツンツンしすぎじゃない? あれかな、小学生が好きな子をいじめるやつ」
「そうかもな」
「くっ、適当なのがわかってるのにドキッとする自分がチョロくてやだ」
文月さんが顔を押さえてうずくまる。
その後ろでは水萌がほっぺたを少し赤くしてキョロキョロしている。
「早く行こうよ」
「お兄様、森谷さんもやるならここでいいんだよ?」
「それもそうか」
「うん、もう始めよう。これ以上はうちが耐えられなくなる」
文月さんが自分の頬をはたくと、ローテブルの周りに座る。
「更に森谷さんにやる気を注入しよう。森谷さんが問題を解けるまで、うちはお兄様とマンツーマンしてるから」
「やっぱり文月さん嫌い!」
「そんなご褒美をくれなくても。ちなみに適当に答えを書いた場合はお兄様がガッカリするから」
「……やっぱり嫌い」
水萌が完全に拗ねてしまった。
これで本当にいいのかと思ったけど、結果はすごかった。
水萌はスラスラと問題を解いていき、しかも全問正解。
文月さんのすごさを実感した。
そして水萌は見事に赤点ゼロでテストを回避したのだった。
その後の文月さんのドヤ顔はちょっと可愛かった。
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