第54話 告白の返事

水萌みなも、俺さ、本当にレンが好きなのかわからなかったんだよ。さっき自覚はしたんだけど、それでもやっぱり少しだけ疑っている自分がいたんだ。だけどやっぱり俺はレンが好きだ。だから離れろ」


「やだ! 私と恋火れんかちゃんを引き離そうとしても駄目だよ。舞翔まいとくんは私の言うことを一つ聞かなきゃなんだからね!」


 レンのとても可愛い「だめ」を聞いた水萌は、まばたきの一瞬でレンに抱きついた。


 正直に言うと、俺もレンを抱きしめたい。


 というかもうなんか色々としたい。


 だけど水萌の言う通り、掃除をしないでレンを見つめていた俺は水萌の言うことを一つ聞かなきゃいけないので、指を咥えて見てることしかできない。


「レンはレンで思考停止したままになってるし」


 水萌に抱きつかれているレンは、いつもなら水萌を引き剥がそうとするのに、ボーッとした様子で抵抗しない。


「んー、恋火ちゃん、舞翔くんの告白を受けて頭がぐるぐるしてるんだと思う」


「そうなんだろうけど、しすぎでは?」


「だって舞翔くんだよ? 舞翔くんは私達、特に恋火ちゃんをからかうけど、相手の本当に困る嘘はつかないでしょ? その舞翔くんが告白をしたら、嘘だとは思わないけど、だけど信じられないのがあってぐるぐるしちゃうんだよ」


「俺ってそんなに信用ないの?」


 確かに俺はくだらない嘘をつくけど、レンを好きだと言ったのは本心だ。


 正直自分でもよくわかってなかったけど、レンを好きという気持ちに嘘はない。


「信用とかじゃないんだよね。逆に舞翔くんは私か恋火ちゃんから告白されたら何も疑わずに信じる?」


「……なるほど」


 俺なら信じない。


 実際水萌から俺から告白されたらOKすると言われたし、俺と恋人になるのは嬉しいとも言われた。


 だけどそのどちらも水萌の本心だとは信じきれていない。


「私は本当に舞翔くんのことが好きだよ? でもね、私は恋火ちゃんを好きな舞翔くんも好きなの」


「難しいことを。水萌としては、俺と恋人になるよりも、レンと俺が恋人になったのを隣で見てるのがいいと?」


「ちょっと違うけどそんな感じ。だから私は舞翔くんが本気で私のことを好きになって、告白してくれたのなら恋人さんになりたかった。だけど舞翔くんの中には恋火ちゃんが好きな舞翔くんが居たから、私は舞翔くんと恋人さんになりきれないと思ったの」


 つまり、水萌は俺と恋人になれたら嬉しいけど、俺がレンを無意識で好きだったからその気持ちを優先させたということになる。


 結局姉妹なのだ。


「俺が言えることじゃないけど、自己犠牲はあんまり好きじゃない」


「ほんとに舞翔くんが言えないことだ。でも大丈夫だよ。私は恋火ちゃんほど優しい子じゃないから」


 水萌がなんだか含みのある笑みを浮かべる。


 なんだか背筋がゾクッとする


「まあでも、恋火ちゃんが舞翔くんを好きなのは見ててわかってたし、両思いなら恋人さんになった方がいいと思ったのは本当」


「レンって俺のこと好きなの?」


「お互い様なんだけど、恋火ちゃんが可哀想」


 水萌が呆れたような視線を俺に送ってから、レンの頭を撫でた。


「一応言っておくけど、舞翔くんのが一番わかりやすかったよ?」


「そうなの?」


「だって舞翔くん、好きな子をいじめる男子小学生みたいだったもん」


 なんだかすごい納得してしまった。


 男子小学生は好きな女子のことをいじめる。


 逆効果なのに、相手にされたいからとからかったりするのだ。


 言われてみると、俺がレンにやっていたからかいはそれと大差ない。


「俺は小学生と同レベルということですか……」


「舞翔くんからしたら初恋なんだから仕方ないんじゃない? 私が舞翔くんをいじめてたのも多分それだから」


「水萌ってさ、どこまで無意識だったの?」


「秘密。私はみすてりあすガールなので」


 どうやら水萌の計算は最近からのようだ。


 少しホッとした。


 出会いから全てが計算なら、俺は水萌の手のひらの上で転がされていたことになる。


 まあそれはそれでいいけど。


「恋火ちゃんもさ、舞翔くんをからかってたでしょ? ほとんど舞翔くんには効いてなかったけど。私達ってさ、みんな恋愛初心者だから、やってることが小学生なんだよ」


「なるほどね。つまりみんな一目惚れってこと?」


「多分? 私の場合は最初、舞翔くんと恋火ちゃんを重ねて、気がついたら好きになっていった感じだけど」


「俺はいつからなんだ? レンのことを初対面の時からからかってたし、その時?」


「それはわからないけど、恋火ちゃんは舞翔くんと初めて会った時には好きになってたよ」


 水萌が確信めいた言い方をする。


「何を根拠に?」


「んー、私が言うより本人から聞いた方がいいよ。ということで舞翔くん!」


 水萌がとてもいい笑顔を俺に向ける。


 嫌な予感しかしない。


「お姫様が眠りについてるよ?」


「眠ってないだろ。固まってるだけ」


「眠りについてるよ!」


「……何をしろと?」


「それは言わなくてもわかるでしょ?」


 水萌が笑顔で訴えてくる。


 眠れるお姫様を起こす方法なんて一つしか思いつかない。


「普通に起こせばいいんだな」


「舞翔くん、恋火ちゃんの照れた可愛いお顔を見たくない?」


「やめろ、そんな誘惑されたら抗えないだろ!」


 そんなの見たいに決まってる。


 さっきの悲しげな表情も好きだけど、やっぱりレンは照れた顔が一番可愛い。


 だから見たいけど、だからって抵抗できないレンに勝手にそんなことをするのはどうなのか。


「早くー」


「なんでそんなに楽しそうなんだよ」


 水萌は頑なにどかなかったレンの上からそそくさとどいて、俺に場所を譲る。


「私の言うこと聞いてくれるんでしょ?」


「それはさっき使ったろ」


「私は確認しただけで使うなんて言ってないよ?」


「なんなのこの子、将来は悪女にでもなるのか?」


 確かに水萌は俺が言うことを聞く権利を使うなんて言ってない。


 俺が勝手にそう判断しただけだ。


 ちゃんと確認しなかった俺が悪いけど、水萌の手のひらの上で転がされていた説がまたも浮上してくる。


「……」


「そんなに見つめたら私が舞翔くんにイタズラしたくなっちゃうよ?」


「いつか後悔させてやるからな……」


 絶対にいつか水萌をからかって今日の鬱憤を晴らす。


 その時はレンにも手伝ってもらう。


「じゃあ今日は私の勝ち。早くお姫様を起こして」


「俺の純粋だった水萌はどこに行ったんだよ……」


「舞翔くんは、今の私は嫌い……?」


 水萌が俯き、上目遣いで俺に言う。


「それを本気で言ってるなら好き。狙って言ってるなら嫌いではない」


「なら良かった。そろそろ時間稼ぎもいい?」


 結局どっちなのかわからなかったけど、俺もそろそろレンと話したいからレンを動かしてみることにする。


 もちろん水萌の望む方法以外のことで。


「レン、そろそろ動かないと俺も我慢やめるよ?」


「我慢と言うと?」


「まずは水萌がしてたように抱きしめる」


「そして?」


「頭を撫でる」


「更に?」


「レンが照れるようなことを延々と」


「言葉にすると?」


「合いの手がうるさい」


 俺は水萌の頭をポンっと手を置いてそのまま撫でる。


 チョップやデコピンをしようかと思ったけど、水萌に暴力を振るいたくなかった。


 水萌が「えへへ」と喜んでいるのを懐かしいと思いながら眺めていると、逆の腕が引っ張られた。


「レン?」


「……やだ」


 レンが悲しそうな顔で言うので、俺は何も言わずに水萌の頭から手を離してレンを抱きしめる。


 正直抱きしめるつもりはなかったけど、体が勝手に動いた。


「レン、返事はいらないって思ってたんだけどさ、聞かせて。俺はレンが好き。これに嘘はない」


 レンに俺の今の気持ちを伝える。


 多分心臓の音がレンにも届いていると思う。


 だからか少し怖くなる。


 俺の心臓の音はバクバク言っているのに、レンの方は俺に届いてこない。


 こんな経験は初めてだから、心臓の音はいくら大きくても相手には届かないのかもしれない。


 だけど、とても怖い。


 レンからの拒絶が。


「ずっと考えてた。サキの告白は本心からなのかどうかってこと」


 レンが小さいけど、ちゃんと俺に聞こえるように言葉を紡ぐ。


「サキは絶対にそんなくだらない嘘はつかないのはわかってた。だから本心なのはわかってたんだよ。オレもさ、サキのことは好きだよ。もちろん恋愛的な意味で」


 ここだけ聞けば俺の告白は成功して、レンと両思いだと確定されたことになる。


 だけど、レンの弱々しい声が俺を安心させない。


「好きだったけど、水萌と付き合って欲しかったのは本心なんだよ。あ、今はどうでもいいんだけど、そうじゃなくて……」


 レンが多分無意識なんだろうが、俺の制服の袖をキュッと握る。


「サキからの告白はすごい嬉しかった。今すぐにでも付き合いたい。恋人みたいなことをしたい。いつも水萌としてるみたいなことをサキとオレでやりたい。だけどごめん。オレはサキとは付き合えない」


 レンがくれた返事は俺が怖かったものだった。


 完全な拒絶。


 俺の初めての告白は失敗した。


 頭の中が真っ白になった。

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