第53話 お掃除のフリをして
「大変だ、レンが固まった」
「どうしよう、どんなイタズラする?」
俺はレンに告白した。
そうしたら案の定と言っていいのか、レンが固まって動かなくなった。
別に俺が勝手に気持ちを伝えたかっただけだから返事はいいのだけど、あんまり無防備にしてると
「水萌、レンもいきなりのことでいっぱいいっぱいになってるだろうから、そっとしとこ」
「えー、私じゃなくて
水萌はそう言ってレンに擦り寄って行く。
今日の水萌はわがままなので言うことを聞かないのはわかっていた。
だけどそれで引く俺ではない。
「水萌、レンにイタズラするなら俺が水萌にイタズラするぞ?」
「何してくれるの?」
何が起こったかを説明する。
俺がまばたきをした。目を開けると目の前に水萌が満面の笑みで俺を見上げていた。
今日の水萌は機敏過ぎないだろうか。
「とりあえず捕獲」
「やー、舞翔くんに襲われるー」
すごい誤解を招く発言なのでやめて欲しい。
俺はただ水萌をだっこしただけなのだから。
「嫌?」
「んーん。嬉しい」
水萌がとても嬉しそうに顔を綻ばせる。
「でもいいの?」
「何が?」
「今の状況って、舞翔くんが恋火ちゃんに告白して、返事を待ってるところじゃないの?」
「告白はしたけど、別に返事は待ってない。そもそもレンを好きってのも、確信ではなくて、好き(かもしれない)なんだよ」
それはよくて、俺は多分レンのことが好きだ。
これは水萌に対する『好き』とは違う。
だから恋愛感情だと思ったけど、そもそも俺は恋愛感情の好きがわからないから本当にそうなのかわからない。
「じゃあ私が舞翔くんに『好きです』って言ったら恋人さんになってくれる?」
「ならないだろうな。水萌のことは好きだけど、これは恋愛の好きとは違うのがわかる」
水萌への感情はどうしても家族にするものになる。
簡単に言うと、俺は水萌を妹として見ているのだと思う。
そしてそれがある限り、俺が水萌に恋愛感情を向けることはない。
「舞翔くんってそういうところはめんどくさいよね」
「でもさ、俺ってレンに水萌にするようなことできないぞ?」
「わかるかも。舞翔くんって私のことはだっことかあーんとかしてくれるけど、恋火ちゃん相手だとあんまりしないよね」
「水萌がされたがりなのもあるけど、レンにする時ってからかう時だけで、水萌にするみたいにはできないんだよな」
レンに水萌と同じように接しろと言われてもできる気がしない。
というか今思い返すと、俺が水萌にしてきたことが恋人にするようなことな気がしてきた。
そりゃあレンが苛立つのもわかる。
「レンも苦労してたんだな」
「ねー」
当事者二人がこうしてあっけらかんとしてるから余計に苛立つのだろうけど、気にしたら負けだ。
「話を戻すけど、水萌を抱き寄せてる現状がレンにの好感度を下げるってことだよな。でもそれってレンが俺に嫉妬してくれてるってことにならん?」
「ポジティブだ。そもそも舞翔くんは恋火ちゃんと恋人さんになりたいの?」
「どうなんだろうな。レンとはずっと一緒に居たいけど、それは付き合わなくてもできるじゃんか。付き合う必要性ってあるのかな?」
「舞翔くんっぽい考え方だ。私も同意見なんだけど、多分恋火ちゃんはそれ嫌だと思うよ」
「だよな」
俺と水萌は『普通』からかけ離れてる自負がある。
だから俺達で意見が一致するということは、レンとは違う考え方ということだ。
「まあ都合のいいことに時間はできた。レンが動き出すまでに考えるよ」
「そだね。私もどうやって舞翔くんを奪い取ろうか考えないと」
「そういう冗談もレンは嫌いだと思うぞ」
「大丈夫、冗談じゃないから」
その方が大丈夫ではないと思うけど、水萌がレンの嫌がることはしないのはわかっているから頭を撫でてご機嫌にさせておく。
そしてレンが動き出すまでに俺はやりたかったことを済ませることにした。
「ほんとはレンとやる約束だったけど、時間できたし今やろうか」
「何を? まさか! 恋火ちゃんの服を脱がして私の服を着させるという特殊な遊びを……」
「それは絶対に文月さんじゃないよね?」
「……文月さんだよ?」
絶対に嘘だ。
文月さんのせいで水萌の純情が汚されたと思っていたけど、どうやら原因は文月さんだけではないようだ。
これはやはりやる必要がある。
「水萌、一緒にやろうか」
「そんな! 恋火ちゃんに告白したばっかりなのに、私となんて……」
「その情報ソースを探そうって話。簡単に言うと掃除しよ」
「……うっ、急に頭が痛くなってきた。これは誰かが看病してくれないと大変だ。舞翔くん、お願いしていーい?」
水萌が頭を押さえながら俺に上目遣いで聞いてくる。
どうやら元気なようなので、水萌をお姫様抱っこしてリビングに運んだ。
「あれ? 私は病人だからベッドに運ばれるべきでは?」
「水萌はリビングをお願いね。俺は水萌の部屋で宝探しするから」
「お、乙女の部屋を男の子が物色するのはどうなのかな!?」
「大丈夫だよ。俺が好きなのはレンだから」
「え、そういう話?」
多分違う。
水萌の言ってることが正しいのだろうけど、水萌に邪魔をされたら困る。
水萌が文月さん以外のところから変な言葉を覚えているのなら、俺は兄としてそれを排除する責務がある。
「じゃあこうしよう。水萌はリビングの掃除が終わるまで自分の部屋に入るの禁止」
「私のお部屋では?」
「もしも俺より先に掃除を終えたら何か一つだけ言うことを聞こう」
「なんでも?」
あえてそこは言わないでおいたのだけど、さすがは水萌だ、
「常識の範囲内」
「人は恋をすると変わると言いますが、舞翔くんも変わっちゃったんだね。少なくとも昨日までなら断らなかったのに……」
水萌がどこか遠いところを見ながら寂しそうな顔になる。
そんなことを言われても、今の水萌だと何を言われるかわかったものではない。
「まあいいよ。舞翔くんの常識の範囲内なら」
「人を常識がないみたいに」
「自覚あるでしょ?」
「ある」
「お掃除完了の基準は?」
「見えるところに物が落ちてないことかな。一応言っとくけど、ゴミはゴミ箱にだからな?」
現実であるのかは知らないけど、クローゼットの中などに散らばったものを詰め込むなんてことがある。
そんなのは掃除とは言わないので認めない。
「わかった。じゃあスタート」
水萌がいきなり始めの合図をして、近くの紙達を集め出した。
リビングと水萌の部屋では大きさが倍近く違うが、リビングは水萌の通り道であるところしか紙がないので実は水萌の部屋の方が範囲は広い。
だからこういう地味なズルは結構辛い。
「そこまで見つかりたくないものがあるのかよ」
「……」
水萌の顔は真剣そのものなので、これ以上は俺の掃除の時間がなくなるだけだ。
なので俺は水萌の部屋に戻って掃除を始めることにした。
「やりますか、って言いたいところだけど……」
俺は未だに固まっているレンを見る。
「好きかも?」と自覚したのは今日、文月さんとの会話で俺がレンのことを好きだと言われた時から意識を始めた。
その時は友達として好きだと言えた。
だけど水萌のマンションに着いて、レンと、レンとして再会した時にとてもホッとした。
会えるつもりではいたけど、もう二度と会えないかもという気持ちがなかったわけではない。
あの時はまだ水萌の格好をしてまで学校に来た理由も知らなかったし。
「俺はいつからレンを好きだったんだろ」
レンに近づいて固まるレンの頬に触れる。
ただそれだけで心臓が高鳴る。
今までもドキドキすることはあったけど、それとはどこか違う。
「やっぱりレンのこと好きなんだ。ずっと一緒に居たい。だけど、それ以上も望んでるってことか」
固まるレンから手を離す。
そろそろレンの方が耐えられそうにないので、赤くなった頬には触れずに掃除を開始しようと思ったが、どうやらレンを見つめるのに夢中になりすぎたようだ。
「じー」
「終わるの待つあたり水萌だよな」
「人のお部屋でイチャイチャするのはどうかと思うんだよね」
「してないよ。レンへの好意をちゃんと自覚してただけ」
「言い訳してる。いいよーだ、舞翔くんには罰として私と添い寝してもらうから」
それは罰なのだろうか。
俺が喜ぶことをしたら『罰』ではなく『ご褒美』になると思うのだ──
「レン?」
固まっていたレンが俺の制服の袖をつまんだ。
そしてゆっくりと俺の顔を見上げて……
「……やだ」
「……」
「……」
俺と水萌は視線を合わせて、悲しげなその表情に、二人で胸を撃ち抜かれた。
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