第51話 レンの焦り
「
「無理しすぎなんだよな」
さっきまで騒がしかった水萌が静かになった。
理由は単純で、毛布を被ったら寝落ちした。
やはり俺達の手前、相当に無理をしていたようだ。
「サキが思ってるほど風邪酷くないからな? 昨日は確かにやばかったけど、今日の朝には微熱程度だったから」
「ぶり返してるかもだろ。水萌って本能で生きてるようで色々と考えるタイプだから」
「サラッと水萌を馬鹿にしてるだろ」
そんなことはない。
水萌は天真爛漫で可愛いと言っただけだ。
「まあいいや。えっと、オレがなんで水萌とサキを付き合わせたかったかを話すんだったか?」
「確かそう。レンの気が済むならサラッとでいいよ。レンと水萌のことは知りたいけど、重い話は好きじゃないから」
「実際サキには関係ない話だからな。オレが話して身勝手にスッキリしたいだけのことだし」
「レンがしたいようにして。それで全部終わったらちょっと手伝って欲しいことがあるんだけどいい?」
「もちろん。釣り合ってないかもだけど、それでチャラにしてくれる?」
「レンがいいなら。俺は別にレンを許してないとかないし」
レン達のことは知りたい。
だけど話しにくいことならわざわざ聞きたいとは思わない。
レンが話したいなら全て聞くし、話したくないなら聞かない。
レンが話して楽になるのなら、俺は全てを受け止める所存だ。
「サキだよな。じゃあ話す。焦ってたわけだけど、一番の理由は水萌を守りたかったんだよ」
「なんか嫌な想像したんだけど、最後まで聞かせて」
信じたくない想像をしてしまった。
普通に有り得ないことだから違うはずだけど、それでもなぜだろうか、それが真実だと思えてしまってならない。
「多分サキの想像は合ってる。うちって腐っても裕福な家庭で、そうなると跡取り問題とかあるだろ? だけどうちの場合はそういうのが本当はないはずなんだよ。何せ他称『暴力団』だから」
俺はそういうことに詳しくはないからわからないけど、確かに『暴力団』はお金持ちなイメージはあるけど、跡取り、ボスとか組長とか言うものを継ぐのは別に血の繋がった家族である必要はないイメージだ。
だからレンと水萌は跡取りという言葉は関係ないはずなのだけど、前に水萌はレンが跡取りに選ばれたと言っていた。
「なんていうかね、うちの親、母親が酷くてな。自分が一番じゃないと嫌なんだよ。父親はオレと水萌に関心ないから跡取りとかそういうのにさせるつもりはないらしいんだけど、母親がオレを跡取り、婿を取って結婚させようとしててな」
「……」
レンは呆れた様子で話すけど、俺は正直その話をシラフで聞くことができない。
要はレンを自分の優越の為の道具にしようとしてたわけだ。
そんなのを許せるわけがない。
「サキ、気持ちはありがとう。でも多分大丈夫だから」
「そこも話してくれる?」
「ああ。オレと水萌は見ての通り姉妹だろ? 他に兄弟はいないから、オレか水萌に跡を継がせたいのはわかるよな? それでオレが選ばれ理由だけど、水萌に聞いてるんだっけか、オレが従順な犬をやってたからなんだよ」
「水萌が引っ込み思案だったからとも聞いた」
「そうだな。あの頃は顔立ちがほとんど変わらなかったから、従順だったオレが選ばれた」
多分だけど、レンが親に従順だったのは水萌を守る為。
レンは水萌へ向くはずだったヘイトを自分が引き受ける為に行動していた。
自分を殺してでも。
「いきなりだったけど、結果的に水萌を外に逃がすことができたんだよ」
「それが水萌の一人暮らしか」
「そ、あいつはオレと水萌を見分けられなかったし、何もできないフリをさせてた水萌が邪魔になったんだよ」
レンの言う『あいつ』とは、母親のことだろう。
レンにとっては『母親』とも呼びたくない相手なのがわかる。
「フリって言うのは?」
「水萌って本当はなんでもそつなくこなすタイプなんだよ。だけどそれがバレたら水萌が選ばれると思ったから、オレがそれをさせなかった。そしたらこうなった……」
レンが水萌の部屋をため息混じりに見る。
色々な紙が散らばる部屋。
これをレンは残念に思うのだろうけど、これは水萌がガサツとかそういう理由ではないと思う。
この部屋は水萌の心理状態に近いものだ。
家からの勘当、実の姉妹との干渉禁止令、男子生徒からの告白、クラスメイトの束縛。
その他色々なストレスからくる疲れの果てが、この部屋だ。
「サキ、水萌を過大評価しすぎだ。確かにストレスはやばいだろうけど、最近の水萌は心から幸せだったぞ。なのにこいつは部屋の掃除をしようとしてないんだからな?」
水萌が目を閉じて「すぅすぅ」言っている水萌にジト目を向ける。
「仕方ないところはあるぞ? 何せ水萌はほとんど毎日俺の家に来てるんだから、部屋の掃除をしてる暇なんてないだろ」
「水萌にとってはサキと会うのが一番のことなんだろうけどさ、掃除をする気があるなら土日でサキがバイト中ならできるだろ」
「なんか寝てるらしい。疲れてるんだな」
水萌に前、土日に俺がバイト中は何をしてるのか聞いたら、お昼過ぎまで寝ていて、うちに来るまでボーッとしてるらしい。
うちに来るのはだいたい六時過ぎぐらいだから、そのぐらいの時間をボーッと過ごしているとのこと。
「サキ、水萌に甘すぎだからな? 疲れる生活してるのはわかる。でも、オレはともかくサキを招くのにこの部屋の有り様はどうなのよ?」
「それぐらい信頼してくれてるってことだろ? 嬉しいことじゃん」
「逆に考えろ。そこまで気にされてないってことにもなる」
「レン、そういうことばっかり言ってると嫌われるぞ、水萌に」
「サキに嫌われないなら別に……なんでもない」
可愛いをありがとう。
そして俺の左腕、水萌が寄りかかって寝ている方から痛みを感じた。
きっと水萌が
「そんなことよりだよ。オレは水萌の育て方をミスったのかもしれない」
「正解だよ。そもそも水萌は水萌自身の力でちゃんと成長してる。水萌はもう、レンに守られることなんかなくてもやっていけるよ」
「……そうだな。オレがいなくてもサキがいるし。……話を戻すけど、オレが焦ってた理由な。オレは目論見通り選ばれた。だけど、オレは別に跡継ぎとか興味ないんだよ」
「だろうな」
レンは自由なにゃんこだから、そういう決められたルートを歩くタイプには見えない。
「今何考えた?」
「レンが可愛いと。それより続き」
「お前も後で覚えとけよ。最初から家を継ぐとか、婿を取って跡継ぎを産むとかいう気はなくて、水萌を外に苦せた時点でオレの思いは遂げられてたんだよ。だからオレはいい子ちゃんをやめた」
そこがレンのターニングポイント。
レンが猫かぶりのいい子ちゃんから、自由気ままなツンデレなにゃんこへと変わる。
「……」
「なんでもない。続けて」
レンにジト目を向けられたので、続きを促す。
「ったく。とりあえず全部やめた。口調も変えたし、従順もやめた。常にパーカーを着るようになったのもその頃だな」
「水萌が一人暮らしを始めたのって高校に入る少し前ぐらいだっけ?」
ちゃんとは聞いていないけど、水萌の髪と目の色が変わったのは高校に入ってからと聞いているので、おそらくそこら辺が水萌の一人暮らしを始めた時だ。
思い返すと、水萌は俺と母さんのやり取りを羨ましそうに見ていたり、母さんが水萌の親に連絡をしようとした時に「絶対に大丈夫」と言って断っていたので、水萌も親に大していい思い出がないのがわかる。
「正確に言うなら中三の夏休みぐらいからだな。髪と目の色を変えることになったのは、多分オレのせい」
「少し変だとは思ってたんだよ」
水萌は名字まで変えてレンとの関わりを隠されていた。
そこまでするのに、なぜ水萌とレンが同じ学校にいるのか。
簡単な話だ。
「オレが勝手に水萌と同じ学校を受験した。勝手って言っても、父親の同意は得たけど」
つまりはレンと水萌を引き離したかったレンと水萌の母親には内緒で、レンが父親に話して水萌と同じ学校を受験したとのこと。
だからそれを知った母親が水萌とレンとの繋がりを消した。
名字、髪色、目の色、最後は水萌の口止め。
「驚いたよ。学校行ってもオレは騒がれるのに水萌の名前は聞かないんだから」
「それは多分レンがぼっちを決め込みすぎてるだけだろ」
「サキは同じクラスだからだろ。それに今思えば『
確かに水萌は学校で『森谷さん』と呼ばれている。
それなら水萌のことに気づかなくても仕方ないかもしれない。
俺がレンに『森谷 水萌』という名前を伝えた時に、同じ名前の人を知っているみたいなことを言っていたから、レンがぼっちでなかったらもう少し早く気がつけていた可能性もある。
「それはそれとして『森谷 水萌』が『
「俺からしたら笑顔の水萌が普通で、クラスの奴らに話しかけられてる水萌が変なんだよな」
「サキからしたらな。オレの前でもあんな満面の笑みの水萌は見たことなかったよ」
レンは小さく笑っているが、どこか寂しそうだ。
「オレはさ、水萌の笑顔を守りたいんだよ。だからサキと付き合って欲しかった」
「俺と居れば笑顔になれるから?」
「そう。だけど、それだけじゃなくなったんだよ」
「そこが焦りの理由か」
レンが頷いて答える。
「簡単な話だったんだよ。オレっていう従順なペットが使えなくなったら、最近同年代の男子にモテているもう一人を使えばいいって」
「それで水萌が選ばれたと……」
隣で寝たフリを続けている水萌に視線を向ける。
おそらく話の邪魔をしないようにしてるのだろうけど、水萌がいないと話がどんどん重くなるから逆に起きていて欲しい俺がいる。
「でもそれでなんで俺と付き合うになるんだよ」
「下世話な話だけど大丈夫?」
「それでなんとなく察したから大丈夫」
要は俺と水萌が付き合ってそういう関係になれば、それだけで価値が下がるということらしい。
俺としてはそれで水萌の自由が約束されるのは嬉しいことだけど、方法が好きになれない。
だけど、レンが焦っていた理由はわかった。
「ちなみにそれを聞いた上で水萌と付き合うってことは?」
「ない。それが一番手っ取り早いのかもしれないけど、俺は水萌の意思を無視してそういうことはしたくない。それに……これは後ででいいや」
水萌がたとえ俺のことが好きなんだとしても、付き合ってすぐにそういうのはよろしくない気がする。
水萌だってそういうのが目的で付き合いたいわけでもないだろうし。
「だからそれに関しては本当にごめん。水萌にも怒られた」
「だろうな。レンは馬鹿だ」
「そこまで言うか? 言われて当然なんだけどさ……」
「馬鹿だね。別に一人で抱え込む必要ないだろ」
「……お前らってほんとにあれだよな」
レンがため息混じりに俺と水萌に呆れたような目を送る。
どうやら水萌にも同じことを言われたらしい。
「そもそもそれって水萌が断ればそれで済む話じゃないのか?」
「それで済んだら苦労はない」
「それもそうか」
「だけどそうだよな、頼る。水萌を助ける為に協力して欲しい」
レンが俺に頭を下げてきた。
なんか腹が立ったのでレンの頭をフード越しに撫でる。
「それは罰か?」
「違う、こともないか。普通に言えばいいものを、頭なんか下げたことへの罰」
「……ほんとに似た者同士だよな」
よくわからないけど、レンの声音が少し上がった気がした。
嫌でないようなので、気が済むまでレンの頭を撫で続けた。
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