第50話 進まない話し合い

「頭がガンガンする」


「おはよう、舞翔まいとくん。もう少し遅ければ恋火れんかちゃんがお姫様のキスしてくれたのに」


「寝る」


「しないし、寝るな!」


 気絶から目覚めると、頭の下がとても柔らかかった。


 だけどそれを一旦無視する。


 実際頭が痛いのは事実だから。


「俺の頭、穴とか空いてない?」


「それはないけど、たんこぶはできてる」


「大丈夫かな、骨にヒビとか入ってたら一生レンに罪悪感を与えて、その罪悪感を使ってレンを一生俺の傍付きに……最高かよ」


「勝手な妄想すんな! でも、ごめん……」


 レンが悲しそうな顔で俺のおでこを撫でる。


 正直これだけでたんこぶを作った価値はある。


「癒し」


「むぅ、恋火ちゃんのなでなでは嬉しいのに、私のお膝は嬉しくないんだぁ」


 水萌が拗ねたように俺の頬をつねってくる。


「うれひいよ。たふんひはまふらひへふれへなはっはら、おひれへなはっは」


「えへへー、つまり舞翔くんが起きれたのは私のおかげ?」


「ほうはな」


「でもそれならごめんね。私が舞翔くんを早く起こしちゃったから恋火ちゃんからのお姫様のキスが無しになっちゃった」


「ほれははんれん」


「なんで会話できてんだよ。それとオレはしないっての」


 俺もまさか伝わるとは思ってなかったけど、俺の言葉は全て水萌みなもに伝わっている。


 レンに伝わらなかったのが残念だけど、多分伝わる水萌がすごいのだろう。


「水萌、そろそろつねるのやめてやれよ」


「舞翔くんのほっぺた好きなんだもん」


「一応オレとサキで話してるんだから、膝枕はそのままでいいからさ」


「膝枕をやめるつもりはないけど、恋火ちゃんがそこまで言うなら仕方ない。恋火ちゃんに膝枕の権利を譲ってあげよう」


 水萌が俺の頬から手を離し、レンに向かって胸を張りながら言う。


「いらないから、って言いたいけど、水萌は寝てないとなんだよな」


 水萌は現在とても元気だけど、一応病人だ。


 だからまだベッドで寝ていないといけない状態なので、むしろ水萌が膝枕されるべきではある。


「大丈夫だよ。名残惜しいけど水萌は寝てて」


 俺は頭の痛みをこらえながら起き上がる。


 正直ずっと膝枕をしていて欲しかったけど、水萌に無理はさせたくない。


「舞翔くん、無理は駄目だよ?」


「そっくりそのまま返すよ。いざとなったらレンの罪悪感を煽るから安心して」


「安心した」


「すんじゃねぇ」


 俺の隣で笑顔を浮かべていた水萌にレンが軽いデコピンをした。


「恋火ちゃんがいじめるからふて寝する」


「お前は普通に寝てろ」


「あ、舞翔くんも一緒に寝ればいいんじゃない?」


「よくねぇから。今日は一人で寝ろ」


「恋火ちゃんのいじわる」


 水萌は不満そうにベッドへ戻って行った。


 なんだかレンが気になることを言った気がするけど、これ以上話をややこしくすると怒られそうだから後で存分につっつくことにする。


「話が盛大に逸れたけど、戻すな。つーかどこまで話した?」


「レンの家のことだな。水萌のでもあるんだろうけど」


「私は追い出されているので関係ないのです」


 水萌がベッドから起き上がり胸を張りながら言う。


 寝てなさい。


「それで一応聞くけど、幻滅した?」


「それさ、質問の意味がわからないんだよね。レンの家が暴力団? なのはわかったんだけど、それでなんでレンを幻滅するの?」


 確かにレンは俺に暴力をよく振るう。


 実際今も結構やられているけど、それはただの照れ隠しだ。


 レンが暴力を振るうのは今更だし、家族が暴力団みたいなことをしてるからって、レンが何か悪いことをしてるわけでもない。


 だから俺がレンを幻滅する理由がないと思う。


「まあサキならそう言うだろうな。ありがと」


「謎の感謝をありがとう。それで、何から話してくれるんだ?」


「サキは何から聞きたいとかある?」


「なんで今日水萌の格好で来たの?」


「……」


 レンがあからさまに顔を逸らした。


「全部話してくれるって言ったのに……」


「恋火ちゃんが舞翔くん泣かしたー」


「泣いてはないだろ! 泣きそうだけど」


「恋火ちゃん、いじわるしたら何するの?」


「お前ほんとに覚えてろよ……」


 レンが水萌を睨みつけるが、水萌は「その時は舞翔くんに慰めてもらうもーん」と言って気にした様子がない。


 レンは諦めて俺の頭に手を伸ばした。


「これでいいか?」


「ありがと」


「ほんとにやめろよ……」


 レンが空いている方の手で自分の顔を押さえる。


 俺は多分笑顔になっているのだろうけど、そんなに見るに耐えなかったのだろうか。


 わからなくはないけど。


「舞翔くんの笑顔の独り占めはずるいよ!」


「お前がさせたんだろが!」


「もう舞翔くんは元気になったんだから手を離して! その後は私の頭撫でて!」


「意味がわからねぇから!」


 もう見慣れた二人の姉妹喧嘩? が終わると、レンの手が俺の頭から離れてしまった。


 残念に思っていると、レンがため息をつきながら俺の頭をぽんぽんと叩いた。


「また今度な」


「優しい」


「優しくない」


「ツンデレ」


「ツンデレじゃねぇ!」


「ありがと」


「……ふん」


 俺が感謝を伝えると、レンが少し照れた様子でそっぽを向いた。


「仲良しさん。ちょっと嫉妬」


 俺とレンのやり取りを見てた水萌が、嬉しそうにほっぺたを膨らませるという器用なことをしている。


「それで、なんで水萌の格好で来たんだ?」


「それ、ほんとに最初に話さなきゃ駄目?」


「レンが何が聞きたいか聞いてきたから……」


「ごめんて。聞いといてあれなんだけど、その話は他のとも関わってくるし、何より……」


「恥ずかしいんだよねー」


「うるさい!」


 レンが言い淀んだところで、水萌が嬉しそうに言うと、レンが素早く振り向いて水萌のおでこへデコピンをする。


 すると水萌は静かにベッドへ倒れた。


「サキ、ちゃんと話すから別のでもいいか?」


「………………わかった」


「すごい嫌そう。他のならなんでもいいからさ」


「じゃあ時系列順で」


「どんだけ今日のこと聞きたかったんだよ……」


 正直今日のことが最後になるならほかのは別にどれからでもいい。


 というかこうしてレンと普通に話せるのなら最悪聞かなくてもいいとまで思っている。


 レンが話すと言った以上は聞くけど、どれが聞きたいとかは特にない。


「時系列って言うと、オレがサキと水萌を付き合わせたいって思ったとこからか」


「そうかな。焦ってたとは聞いたけど、何にってところを聞いてないから」


「その話自体は解決してないけど、まあいいか。先に聞いとくけど、これは完全にオレと水萌のことで、もっと言うならうちの問題なんだよ。それでも聞く?」


 レンがここにきて「話したくない」なんて言うとは思っていない。


 だからこれは俺のことを心配しての言葉だろう。


 だったら答えは一つしかない。


「聞く。レンと水萌のことはなんでも知りたいんだよ。たとえ本当は俺のことが大嫌いだって話だったとしても、俺は全てを知りたい」


「オレは知らないからな」


 レンはそう言うと少しだけ右にずれた。


 何をしてるのかと思ったら、目の前が金色に染まった。


「舞翔くんのばーか」


「水萌?」


 水萌が俺の胸に顔を埋めながら抱きついた。


 いきなりのことで少し困惑したが、俺が言ったことを考えたら水萌はこうするのも当然だった。


「言葉のあやだよ。そういう話でも聞きたいってだけで、ほんとに水萌が俺のことを嫌いに思ってるとは……思ってないから」


「今少し思った」


「わかった。じゃあ今宣言してくれる? 水萌が今言うことを俺は絶対に疑わないし、二度と変なことは言わないって約束するから」


「私は舞翔くんが大好き。絶対に嫌いになんてならない。舞翔くんが私のことを嫌いになったら、またお友達になれるように頑張る。絶対に舞翔くんから離れない」


 水萌が涙目になりながら俺に宣言する。


 今までも俺に友達としての好意を向けてきてくれた水萌だけど、今回のは今までに比べて一番想いが強い気がした。


 俺が悪いのにとても嬉しく思ってしまう。


「ありがとう。俺も水萌が大好きだよ」


 俺は久しぶりに言えた「好き」と共に水萌のことを抱きしめ返す。


 なんだかとても懐かしい気持ちだ。


「……」


「あ、恋火ちゃん、私は満足したからお話の続きいいよ」


「これを見せられた後に話すの? なんの罰?」


「恋火ちゃんが逃げた罰」


「その通りすぎて何も言い返せねぇ……」


 レンが目元を押さえながらため息をつく。


 俺と水萌が抱き合った後だと話しづらいとはどういうことなのだろうか。


 単に雰囲気が壊されたという意味なら今更な気もする。


 とりあえず、ベッドに戻る気のないお姫様の肩にレンに取ってもらった毛布をかけ、レンの話を聞くことにした。

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