第49話 レンの噂

「お楽しみのところ悪いけど、サキにはちゃんと謝らないといけないんだよ」


「ほらぁ、舞翔まいとくん、恋火れんかちゃんが謝りたいって、だから体起こそ?」


「やだ! そう言うなら俺の頭から手をどけろ!」


 多分これからシリアスな話が始まるんだろ?


 それなのになんで俺は水萌みなもに頭を撫でられているんだ?


 さっきまで楽しんでたレンですら、なんか可哀想な子を見るような目で俺を見てるぞ?


「水萌、そろそろやめてあげない?」


「私が何か悪いことしてるみたいじゃん! 私はただ落ち込んでる舞翔くんの頭をなでなでしてるだけだよ?」


「その状態にしたのは水萌だからな? それに逆効果なのを知ってて続けてるんだろ?」


「なんのことかわかんなーい」


 水萌がそう言って、空いている左手で俺が耳を塞ぐ為に使っている左手をなんか、ねぶるように? 触ってくる。


 なんだか身体がゾワッとした。


「なんか最近水萌の変態性がやばいな」


「失礼だよ! これは私の舞翔くんへの気持ちが爆発してるだけなの。私は恋火ちゃんと違って素直さんだから」


 水萌はそう言うと、俺の左手に手の甲側から恋人繋ぎのように指を絡ませてきた。


 レンの言う通り、最近の水萌は、というか今日の水萌は特にやばい。


 何か吹っ切れたように感じる。


「まあオレとサキの雰囲気が悪かったのが和らいだのはいいんだけど、それだと話が進まないんだけど?」


「だから話していいって。私はその間も舞翔くんであそ……舞翔くんと仲良しさんしてるから」


 言い換える前はなんて言おうとしたのだろうか。


 まさか俺で遊ぶなんて言おうとしてないよな?


 な?


「それとも全部無かったことにして恋火ちゃんも舞翔くんと仲良しさんする?」


「それはしない。サキには話す。だから真面目に離れて」


「むぅ、恋火ちゃんがちゃんと全部嘘偽りなく舞翔くんに全部話すことを約束できるなら今は離れるよ」


「するよ。もしも話さなかったらサキを好きにしていいから」


「え、ほんと?」


 なんだか勝手に俺が水萌の遊び道具にされた気がする。


 別にいいんだけど、いやよくないけど、水萌がなんだかすごい真面目に聞き返しているのが気になる。


 そんなに俺をおもちゃにしたいのか。


「約束する」


「じゃあ恋火ちゃんが嘘を言ったら舞翔くんは私のね」


「言い方な。水萌の方こそ土壇場で邪魔するなよ?」


「しないよ。


 勝手に約束されたり、俺にはわからない会話をされたり、二人の中だけで話が進んでいく。


 まあ俺が一人になるのは今に始まったことではないからいいんだけど……


「あれ? なんだか舞翔くんが悲しんでる気がする」


「サキって『一人』で居るのは平気のに、『独り』は駄目なんだよな」


「寂しいのは嫌だよね。大丈夫だよ、私は恋火ちゃんと違って舞翔くんを独りにしないからね」


「オレを見てサキから逃げてた奴が何か言ってるか?」


「恋火ちゃんのばーか」


 水萌が俺に覆い被さるように抱きつき、俺の背中に顔を立ててレンに向かって罵倒を言う。


 水萌の温もりを感じて独りではないのがわかるけど、少し恥ずかしい。


「赤点組が何言ってんだか。てかサキはいつまで丸まってんだよ」


「だって顔を上げたらいじめるだろ?」


「うん」


 俺が少し顔を上げてレンに問いかけると、水萌が即答したのでまた顔を下げる。


「水萌、そういうのは邪魔ってカウントするからな?」


「だって、舞翔くんが照れてくれるのが嬉しくて」


「普通に嫌がってるだけだろ。頼む」


「はーい。また後でね、舞翔くん」


 水萌が最後に俺の頭を撫でてから自分のベッドに戻った。


 忘れてたけど、一応病人だった。


 疑わしいけど。


「サキ、頭上げてくれるか?」


「いじめない?」


「やばい、可愛い」


「……」


 確かに俺が言葉を間違えた。だけど今のはレンが悪い。


「恋火ちゃんも私のこと言えないんだー」


「くっ、つい口が滑った。サキ、ごめんて、ちゃんと話したいんだよ」


「……」


 俺もこれ以上レンと溝を深めたくない。


 だからそろそろと顔を上げる。


「……よし、抑えられた」


「じゃあ私が言っていい?」


「いいわけあるか」


 レンが振り向いて水萌にデコピンをする。


 すると水萌はおでこを押さえながら静かに丸くなった。


「うるさいのが黙ったから始めるぞ。まずはごめん。いくら焦ってたとはいえ、サキに嫌な思いをさせて」


 レンが頭を下げてきた。


 レンならすると思っていたけど、俺はレンに頭を下げられるようなことはされてない。


 むしろ……


「俺の方こそごめん。サキにはサキの事情があるのに、俺はそれを無視して……文字通り無視した。本当にごめん」


 俺もレンに頭を下げる。


 これでやっと対等に話ができる。


 レンがなんで焦っていたのか、レンがなんで俺と水萌を付き合わせたかったのか、レンがなんで今日水萌の格好で学校に来たのか、レンがなんで今日は会ってくれたのか。


 他にもあるかもしれないが、とにかく聞きたいことがたくさんある。


「色々と話す前に、うちのことを話さないとだよな」


「そうだ、そのことも謝らないといけないんだよ」


「あぁ、聞いた?」


「ごめん、裏でコソコソとされるのは嫌だと思ったんだけど、レンのことを他の人が知ってるのに俺が知らないのが嫌で……」


 ただの言い訳だけど、なんでレンと仲のいい俺がレンのことを知らないで、赤の他人である他の奴らが知っているのか。


 それを考えたらモヤモヤした。


 レンが学校で一人の理由を聞けば、今回のことが何かわかるかもしれないとも思ったけど、一番の理由はそれだ。


「レンは話したくないんだろうなって思ってたけど、やっぱり知りたくて、文月ふみつきさんに聞いた」


「そう──」


「ふーん」


 わかっていたけど、ベッドで天井を見ながらボケーッとしていた水萌が『文月さん』と聞いた瞬間に俺の方にジト目を向けてきた。


「水萌、後でサキのことを使って遊んでいいから今は黙ってて」


「……約束だからね?」


「ほどほどにな」


 だからなぜ俺の所有権の話を俺無しで決めているのか。


 俺としては水萌とレンのどちらにおもちゃにされてもいいけど、蚊帳の外はなんか嫌だ。


「また拗ねた」


「舞翔くんは可愛い」


「鏡を見てから言え。それより話を戻そう」


「おけ。まあうちはいわゆる『暴力団』みたいなやつで、正確に言うとそうではなんだけど、説明がめんどくさいからそういうものだと思っててくれ」


 俺は頷いて答える。


 だけどレンの後ろで驚いた表情をしてる水萌が気になって仕方ない。


「あぁ、そういえば水萌は知らないんだっけ?」


「初めて聞いた。うちがお金持ちなのは知ってたけど、なんのお仕事してるのかは聞いてなかったから」


「うちと同じじゃん」


 俺も母さんの仕事がなんなのかは知らない。


 聞いてもはぐらかされるだけで、なぜか教えてくれないのだ。


 別に知らなくて困ったことはないからいいけど。


「うちを庇うわけじゃないけど『暴力団』とは言ったけど、毎日誰かと喧嘩してるとかそういうのはないからな? 仕事内容はオレも知らない。喧嘩っぱやい奴らが多いのは事実だけど、学校で噂になってるほどのことはしてないと思う」


 その噂を俺は知らないけど、なんとなく尾ひれがついた噂な気はする。


 だって二人はこんなにいい子なのだから。


「もしかしてレンがすぐに俺を殴るのは関係ある?」


「無いって言いたいけど、オレは小さい頃から大人相手に喧嘩してたからそのせいかも」


 性格とは生まれつきのものもあるのだろうけど、周りの環境で変わるものでもある。


 レンの周りに喧嘩っぱやい人達がたくさん居たから、レンはすぐに俺を殴る可能性がある。


 そして本気で殴ると結構痛いのは、小さい頃から大人との喧嘩で鍛えられたものなのかもしれない。


 逆に水萌は周りの人が怖くて引っ込み思案になったのかも。


 まあ俺が考えたところで意味はないのだろうけど。


「ちなみに水萌はレンの噂も知らなかったの?」


「それは知ってるよ。でも私が知ってるのは『如月きさらぎ 恋火には近づくな』だけだったから」


「危険人物」


「うっさいわ」


 レンにデコピンをされた。


 声は出ないけど、微妙に痛い。


「まあオレの噂って、危ないから近づくなってのがほとんどなんだよ。家が『暴力団』だって聞いて近づきたい奴なんていないだろ? それと『暴力団』の娘はすぐに暴力を振るう危ない奴って噂もあったし」


「実際はちょっと暴力を振るうだけの可愛い子なのにな」


「ねー」


「うるさいんだよ!」


 レンは両手を俺と水萌に伸ばして、見事に俺と水萌の眉間を撃ち抜く。


「一応確認だけど、サキは俺の家のことを聞いて幻滅した?」


「……」


「マジか、それはちょっと悲しい……」


「いや、ごめん。ちょっと痛くて涙こらえてるから待って」


 レンの後ろでは水萌がおでこを押さえてうずくまっている。


 正直痛い。


 もう少し手加減をしても良かったと思う。


「普通にごめん。でも悪いのはお前らだからな?」


「そういうのを責任転嫁って言うんだよ。俺はただレンが可愛いって事実を述べただけなのに、レンが照れ隠しで俺に暴力を振るったんだから」


「照れてねぇから。その意味のわからないことを言う口を塞いでやろうか?」


 レンはそう言って中指を親指で支える。


 さすがにもう一発は本気で泣くから遠慮する。


 不意打ちが怖いからレンの手を握った。


「は!?」


「痛いの嫌だからこのまま話して」


「無理、離せ」


「やだ、レンのデコピン痛いんだよ」


「しないから離せ」


「絶対にするから嫌だ」


「マジでしないから離してください。まともに話せない……」


 レンが俺から顔を逸らして自分の腕に顔を埋めた。


 何をしても俺は離さない。


 いっそ抱きしめてやりたいぐらいだ。


「今絶対にこれ以上のこと考えたろ」


「抱きしめていいの?」


「誰もそんなこと言ってねぇだろ!」


 レンが真っ赤な顔を俺に近づけてきたと思ったら、盛大な頭突きを貰った。


 俺はその後数分気を失っていたらしい。

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