第48話 ぶち壊される雰囲気
「ここまでは来たけどどうしますかね」
放課後になり、一目散に
来たはいいけど、水萌の風邪は悪化してるだろうし、今は寝てるかもしれない。
それでも水萌は俺が来たのに気づけば無理をする。
だからインターホンが押せないでいる。
「それにな……」
なんとなくだけど、水萌の部屋にはレンが居るような気がする。
話したいことはたくさんあるけど、昼休みの終わりに帰ってしまった理由がわからない以上は、会っていいのかがわからない。
「でも会いたいからいいや」
レンが居るなら水萌がわざわざ起きることもないし、レンも水萌をわざわざベッドから起こすこともしないだろう。
もしもレンが居なかったら水萌には悪いけど、少しだけ様子を見てから帰らせてもらう。
水萌の部屋でやりたいこともあるし。
「誰が出るか」
「
「レン、もうそれいいよ」
「……」
水萌の声真似をしたレンは黙り、代わりにフロントの扉が開いた。
どうやら俺と会ってくれるようだ。
「ありがと」
聞こえているかはわからないけど、レンにお礼を言ってから扉をくぐる。
そして水萌の部屋の前に着き、インターホンを押した。
「ここで出て来ないのはなんとなく知ってた」
これは嫌がらせではない。
多分土壇場になって俺と顔を合わせるのが無理だと判断したんだと思う。
恥ずかしいから、そういうことにしておく。
そうしないと俺が死ぬから。
「レン、会いたい……」
これも聞こえてるかなんてわからない。
だけど俺は一縷の望みにかけて扉におでこを当てながら呟く。
傍から見たら完全に変人だ。
だけど今の俺にそんなの気にしてる余裕なんてない。
「
俺が独り言を呟いていると、扉から圧を感じた。
多分レンが開けてくれようとしたのだけど、俺がおでこを当てていたせいで邪魔をしてしまった。
「レン……」
「……そんな嬉しそうな顔すんなし」
久しぶりにレンとして見たレンは、少し不貞腐れたような顔をしながら、俺の胸を軽く小突いてきた。
「とりあえず入れ。水萌も会いたがってるから」
「うん」
俺はレンの後に続いて水萌の寝室に向かう。
相変わらずプリントなんかが散らばっているけど、今はレンとちゃんと話せたことが嬉しい。
「なんかいやらしい視線を感じるんだけど?」
「レンと久しぶりにちゃんと話せたんだぞ? そういう目でも見る」
「変態」
こんなことを言ったらほんとに変態なんだろうけど、レンとこういうやり取りをできて本当に嬉しい。
レンの方は相変わらず不貞腐れているように見えるけど、俺の方はテンションが上がっている。
そんなことを考えていると、水萌の部屋に着いていた。
「連れて来たぞ」
「あ、舞翔くんだ。元気?」
「それはこっちの台詞だよ。ごめん、俺のせいで風邪を悪化させて」
「なんのこと?」
水萌が可愛らしく首をコテンと傾ける。
「だって俺が昨日無理をさせたから今日も学校休んだんだろ?」
「そういえば
「逃げてない」
「えー、でも舞翔くんに最初っから恋火ちゃんだってバレてて、恥ずかし、んー」
レンが慌てた様子で水萌の口を塞いだ。
ベッドに押し付ける形になっていて、見方によっては危なく見える。
押さえられてる水萌がなぜかレンの頭を撫でているせいで事件性を感じなくなってるけど。
「そこら辺の話を聞きたかったんだよ。今日の話と、一昨日の話を」
俺がそう言うと、レンが水萌の口から手を離し、ベッドから下りて俺に背中を向けて正座をした。
「私が話そうか?」
「いい。色々と空回りしてたオレが悪いんだから、オレが話す」
「そう?」
水萌がレンに優しく問いかけた後、ベッドから抜け出して俺の隣にやって来た。
「まだ完全には治ってないけど、お隣いーい?」
「いいよ。レンの話すこと次第では、絶望の果てに立ち直れなくなるだろうから、居て欲しい」
「そこまで重い話はしないから。てか、オレが全部悪いのはわかってるつもりだ」
冗談半分で言ったことだけど、レンが真面目な表情でこちらを向きながら言う。
「レンが悪いわけじゃ──」
「いいんだよ。今はオレが悪いことにしといてくれ。全部を話し終わった後で誰が悪いかを決めようって話になってるから」
俺が否定しようとすると、レンと水萌の間で話は全てついているようなことを言い出す。
なんだか俺だけハブられてるみたいで少し落ち込む。
「あー、恋火ちゃんが舞翔くんをいじめたー」
「絶対にオレじゃないだろ。話を持ちかけたのは水萌なんだから、間接的に水萌がいじめたことになるからな?」
「私難しい言葉わかんなーい」
「お前な……」
水萌が落ち込む俺の頭を優しく撫でながらレンと言い合いを始める。
言い合いと言っても、レンの方はただ呆れてるだけだけど。
「そもそも恋火ちゃんがめんどくさいことを言い出したのが原因なんだから恋火ちゃんのせいなの!」
「水萌には全部話したろ。必要なことだったんだって」
「難しいことは忘れちゃった♪」
水萌があどけない笑顔をレンに向ける。
可愛いけど、すごい計算し尽くされているように見えるのはなぜだろうか。
レンも頭を押さえながらため息をついているし。
「水萌、オレはお前のそういうところは結構嫌い」
「酷い! 私は恋火ちゃんのこと大好きなのに!」
「オレもな、普段の水萌は嫌いじゃないよ? でもさ……いいや。別に嫌いだからって拒絶したいわけでもないし」
「つまり恋火ちゃんも私のことが大好きってことね」
「あー、そうそう」
レンが適当に頷きながら返すと、水萌は嬉しそうな顔になる。
別にどうでもいいことだけど『間接的』はわからなくて『拒絶』はわかるのかと思ってしまった。
まあ知識の偏りなんて珍しくもないけど。
「恋火ちゃんのつんでれさんにも困ったものだ。そういえば舞翔くん」
「……なんですか?」
なんだか水萌の雰囲気が悪い方に変わった気がしたので、思わず敬語で返してしまった。
「えへへー、なんで敬語なのかなぁ? もしかして心当たりがあるのかぁ?」
「何も言われてないのでわかりません」
「その言い方はわかってる気がするぞ?」
なぜだろうか、水萌はとても笑顔なはずなのに、すごい怖い気がする。
というか圧がすごい。
「なんかね、とある噂を耳にしたんだ」
「とある噂ですか?」
「あはは、だからなんで敬語なの? 普通に話そうよ」
「いえ、今だけはこのままで話させていただくのは駄目でしょうか?」
「えー、まぁ舞翔くんがそうしたいならいいよ? 何も変わらないと思うけど」
俺の考えなんて水萌にはお見通しのようだ。
だけど俺は敬語をやめない。
ちょっとタメ口を使える雰囲気には見えないから。
「んとね、なんだか私が風邪を引いて、ベッドで辛い思いをしてる時に、舞翔くんが可愛い女の子とお話してたって噂を聞いたんだ」
俺は無言でレンの方を見るが、レンは我関せずと言った感じに顔を逸らした。
(裏切り者が!)
なんて叫びたいけど、これに限ってはレンは何も悪くない。
悪いのは水萌の不在時に水萌の拗ねるようなことをした俺と、誰かはわからないけど、水萌に俺の学校でのことを伝えた人物だ。
誰かはわからないけど。
「ねぇ舞翔くん。なんで恋火ちゃんを見つめるのかな? 今は私がお話してるんだよ?」
「すいません。えっとですね、別にやましいことをしてたわげてはなく、文月さんと水萌の心配をしていてですね」
「そうなんだ、嬉しいなぁ。私の居ないところで舞翔くんは文月さんと楽しそうに私の話をしてたんだぁ」
どうやら俺はもう終わったらしい。
もう何を言っても水萌は許してくれない。
水萌も本気で怒ってるわけではないと思……怒ってないよね?
「舞翔くん舞翔くん」
「なんでしょうか」
水萌が手招きをするので、真隣に居るけど顔を水萌に近づける。
(そうやって浮気ばっかりしてたら他の子のことなんて考えられなくしちゃうよ?)
水萌はそう俺の耳元で呟くと、最後に俺の耳に息を吹きかけた。
もう、なんか色々と駄目だった。
「うわぁ、サキが耳まで真っ赤になってるよ。後でサキに何言われたのか聞いて思い出させて苦しめよ」
「恋火ちゃん、駄目だよ。それは私の役目なんだから」
「……ほんとにやめてください」
切実にそう思うけど多分無駄だ。
だって俺はうずくまって見えないけど、水萌がすごい
水萌が『楽しい』のは全然いいのだけど『愉しい』となると本当に困る。
「なんか雰囲気ぶち壊されたけど、話していい?」
「もう好きにして。俺は水萌に弄ばれてるから……」
「難しい言葉わかんなーい。今度ははむはむする?」
見なくても声でわかる。
水萌がとても愉しそうな顔で俺を見てるのが。
そしてレンの方はすごい呆れていることが。
俺はそんな視線の中で、耳を両手で押さえながら落ち着くのを待っていた。
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