第47話 如月という名前

「お兄様は将来役者になれるよ」


「そういうのいらないから。それにそれを言うなら文月ふみつきさんの方が人を騙すのが得意みたいで」


「言い方に悪意しか感じないぞ?」


 俺と文月さんは無事に保健室へやって来れた。


 倒れたのは演技だから別な場所に行ってもよかったけど、もしも保健室の先生に確認でも取られたら大変なので、今はベットに横になる文月さんを眺めている。


 ちなみに保健室の先生はちょうど用があるとかでどこかに行ってしまった。


 それなら別の場所に行ってもよかったけど、結果論にすぎない。


「だってさ、具合が悪そうなフリはなんとなくわかるけど、俺を残す理由が『お友達が一緒に居ないと不安で……』とか涙目で言うんだもん。将来の夢は詐欺師なの?」


「だから言い方よ。でもそれは褒められてると受け取っておこう。うちの涙には人を惑わす力があるってことだもんね」


「否定はしない」


 実際あんな目で見られたら大抵の人は信じてしまうだろうし、騙されても仕方ないと思う男がいてもおかしくない。


 事情を全て知ってる俺でさえ、可愛らしいと思ってしまったのだから。


「もしかしてお兄様、うちの涙を見て惚れ直した?」


「元が惚れてないから直してはないかな」


「それって……」


「そんなことは置いといて」


「置いとくなー」


 文月さんが頬を赤く染めながら俺の胸をポカポカと叩いてくる。


 なんだか似たようなやり取りを昔レンとやった気がする。


「自分で言ったんだから落ち込まないでよ」


「ごめん。それよりレンのことだよ」


「うん。ちなみにレンちゃん? って言うのが如月きさらぎさんで合ってる?」


「そう」


 俺は『レン』としか呼ばないし、水萌みなもは『恋火ちゃん』としか呼ばないから『如月さん』と言われると違和感があるけど、本人からそう聞いているので間違いはないはずだ。


「でもさすがお兄様だよね」


「何が?」


森谷もりやさんのことはあえて知らないフリをしてたんだろうけど、如月さんのを知らない同級生がいるとは思わなかったから」


 似たようなことをレンにも言われたけど、そんなにおかしいことだろうか。


 レンが何をしたのかは知らないけど、同学年の全員が知るほどのことなんてそうそうあるものでもない。


 それこそ集会でも開かれない限り。


「ちなみに学年集会は開かれてないよ」


「だろうな。これでも俺は無遅刻無欠席だし、それで集会があったとか言われたら、教師からもハブられてることになるからな」


「からもって、お兄様の場合は自分から壁作ってるだけでしょうが」


「俺は普通にしてるだろ。別に話しかけてきたら嫌な顔して返事ぐらいはするかもしれない」


「嫌な顔しないで返事をしようね」


 文月さんが呆れたように俺の頭をぽんぽんと叩く。


「お兄様は顔はいいんだから、態度を直したら告白ラッシュになるよ?」


「随分と過大評価だな。もしもそれがほんとなら、俺は態度を直すことは絶対にない」


「理由は?」


「なんで俺が人の為に自分を偽らなきゃいけないんだよ。それに態度を直したからって告白してくる奴は俺が好きなんじゃなくて、俺の変わった性格が好きなんだろ? 俺はそいつとずっと偽った性格で一緒に居なきゃいけなくなるから」


 そもそも恋人が欲しいと思ったことがないし、俺を殺してまで誰かと付き合いたいなんて思わない。


 そんなのどうせ長続きしないんだから。


「お兄様のそういうところはいいと思う。お兄様に好きな人がいなければ惚れちゃってたよ」


「俺に好きな人?」


「なぜに『何言ってんのこいつ。俺が好きなのはお前なんだけど?』みたいな顔して」


「俺の好きな人は文月さんなの?」


「なんでこの人はからかうと真面目に返すのかな? 普通に困るんですけど?」


 文月さんが理不尽に俺の頭をぽんぽんする。


 仕方ないと思う。


 文月さんが意味のわからないことを言うのだから。


「マジで言ってんの?」


「俺、嘘言わない」


「それが嘘でしょ。自覚無しなんだ」


「俺の好きな人を知ってるの?」


「いや、消去法で如月さんが好きなのかと思ってたんだけど……って、あからさまに興味無くすなし」


 文月さんがぽんぽんをやめてチョップをする。


 興味がなくなるのも仕方ない。


 だってそれは文月さんの勘違いなのだから。


「俺とレンは友達だよ?」


「別に友達のことを好きになったらいけないなんて法律はないよ。むしろ友達から始めるものなんじゃないの? うちはそういう経験ないから知らんけど」


 言いたいことはわかるけど、レンへの気持ちはずっと変わってないはずだ。


「今『恋人いない歴イコール年齢なんだ。じゃあ俺が初めてになってもいい?』って思ってくれなかったね?」


「思って欲しかったの?」


「ううん。思われたらうちは本気にしてお兄様のこと好きになってたから大丈夫」


 またも文月さんが俺の頭をぽんぽんと叩く。


 ブームなのだろうか。


「でも、森谷さんと義兄妹なら、如月さんと付き合ってるか、好きなんだと思ってた」


「なんでなの?」


 俺と水萌が兄妹だと嘘をつくきっかけを作ったのが文月さんだとは聞いている。


 それが文月さんの目的の為に必要だったからだと。


 多分その時は俺と水萌が付き合ってるか、俺が水萌のことを好きだということにしていたんだと思う。


「んー、それを話すということは、うちのことを話すことになるけど、聞く?」


「長いならいいや」


「じゃあ一行で話す」


「話したいの?」


「もったいぶってただけで、別に隠すようなことでもないから」


 そういえば、文月さんも「実は話したい」とか言ってた気がしなくもない。


 その時はほんとに興味がなかったから流していたけど。


「私の目的ってね『ラブコメヒロインを作ること』なの」


「一行って何文字で一行?」


「お兄様のそういうところはほんとに好きだよ。ちなみに一行二十文字」


「そんで初めは『私』からでいいの?」


「それは『ラブコメ』からでしょ」


 それもそうか。


 それならちゃんと一行に入っているから文句は言えない。


 理由は聞くけど。


「なんでラブコメヒロイン?」


「正確にはラブコメを眺めたいなんだけど、実はうちってオタクなんですよ」


「知ってる」


「嘘!」


 文月さんが心底驚いたような顔をしてるけど、今更だ。


 逆にオタクなことを隠していたことに驚く。


「誰にもバレてないはずだったのに……」


「嘘でしょ? 確かに文月さんと初めて話した時と、一昨日話した時で同じ人だとは思わなかったけど」


 水萌に言われて気づくまで、裏拳さんと変人さんが同一人物だとは思わなかった。


「お兄様の前だからって油断してた。まあバレたのがお兄様ならいいや。それよりもラブコメヒロインについてだけど、うちさ、森谷さんを初めて見た時にビビッときたんだよね」


「何が?」


「『この子はラブコメのメインヒロインになれる』って。だって金髪碧眼で日本語ペラペラなんだよ? そんな子現実で二度と会えるわけないじゃん?」


 言いたいことはわかるけど、それだけで『偶像』を創ろうとは普通思わないと思う。


「きちゃったものは仕方なくて、行動の方が早かったのですよ。入学式の次の日には動き出して、森谷さんの噂を色々と流したの。そして結果的に森谷さんはラブコメヒロインみたいに告白ラッシュに遭った」


「言っとくけど、水萌はあれほんとに嫌だったんだからな?」


「それはごめんなさいって思うけど、これも結果的には最悪にはならかったでしょ?」


「と言うと?」


「だって森谷さんはお兄様と堂々とイチャイチャできるようになったんだから」


 確かに俺は水萌の告白現場を見たから水萌と付き合いを持つことになった。


 それは水萌が目立つようになったからで、もしも水萌がただの人見知りのままなら、今の俺との関係はなかったかもしれない。


「でもね、ごめんなさいとは思ってるの。だからこの前はお兄様に謝ったんだけど、森谷さんはうちと話してくれないじゃん?」


「そうだな。嫌いではないけど、普通に人見知りしてる」


「いつか絶対に謝るから。もちろん謝るだけで許してもらおうなんて思ってないよ。お兄様と森谷さんが許してくれるなら、うちはどんなことでもするし、お兄様が望むならうちの身体を弄んでもいいよ」


 多分俺が挑めばほんとに文月さんはなんでもしてくれると思う。


 それだけ自分の目的の為に水萌を利用したことに罪悪感を覚えているのだろう。


 結局なんで『ラブコメヒロイン』を創りたかったのかは知らないけど、文月さんの罪悪感を消す為ならそれなりのことはしてもらう。


「じゃあいつかお願いする」


「う、うん。うちから言ったんだからお兄様の望むことをするよ。でも、優しくしてね?」


「その時による」


「……うち初めてだからね? ね?」


 何を考えているのか、文月さんの顔が真っ赤になっている。


 体を使ってくれるとのことなので、面倒事が起きたら全て丸投げさせてもらうだけなのに。


 その時は絶対に逃がさない。


「結局なんの話だっけ?」


「んと、如月さんのことを好きなんじゃないかってやつ。お兄様の反応を見る限りだと、うちの勘違いなのかな? うち的にはメインヒロインと普段は地味だけど、優しくて真面目な主人公の恋愛が見たくて、だから色々と吹き込んだりしてたんだけど、義兄妹だと難しいよね?」


「そもそも水萌が俺のことを好きじゃないだろ」


 レンも言っていたけど、水萌は別に俺のことを恋愛対象として見ていない。


 だからそもそもの前提が違う。


「ふーん、まあいいや。お兄様とは長い付き合いを目指すわけだから、今嫌われることは言わないでおこ」


「なんなんだよ」


「いいの、気にしないで。それより如月さんの話をしに来たんでしょ?」


「頼む」


 脱線してしまったけど、俺と文月さんが授業をサボってまで保健室に来たのは学校でのレンの話を聞く為だ。


 たとえレンに怒られることになるとしても、知っておきたい。


 それに俺が知らないのに、他の奴らは知ってるのがちょっと嫌だし。


「ちょっと拗ねた?」


「うるさい。いいから早く」


「お兄様は可愛いなぁ。っと、怒られる前に話そ。って言ってもうちの知ってることはほんとに少ないからすぐ終わるんだけど」


「……」


「早くしろって言いたそうな目が痛い。話しますー。はぁ、うちの豆腐メンタルが崩れ落ちちゃうよ……」


 俺は無言で文月さんを見続ける。


 文月さんはなぜか頬を赤くしてそっぽを向いた。


「まあ一言で言いますと、如月さんは何もしてないよ。『如月』って名前にみんな怖がってるの」


「如月?」


「ほんとに知らない? 『如月組』ってここら辺だと有名なはずなんだけど」


 そこまで聞けば知らなくても察しはついた。


 レンがなにかにつけて俺を殴るのも、そこら辺が理由なのかもしれない。


 それにずっとフードを被っているのも、関係があるのかも……


「さて、如月さんの真実を知ったお兄様の感想は?」


「それを聞くのは最低だけど、答えは決まってるだろ?」


「それでこそお兄様」


 何も答えていないのに、文月さんが嬉しそうに俺の頭を撫でる。


 ほんとにいい人だ。


 水萌が復帰したら返事ぐらいはしてあげるように頼んでもいいかもしれない。


「ありがとう文月さん」


「別にうちは何もしてないじゃん。むしろ人の秘密を話しただけで、って、うちなんか人の秘密をバラしてばっかりじゃん」


「最低だ」


「酷い! お兄様のせいでもあるんだから責任取って!」


「またお姫様抱っこでいい?」


 またもチョップを貰う。


 それから俺達は授業の終わりを告げるチャイムが鳴るまで話し続けていた。


 チャイムの少し後に帰って来た保健室の先生に「元気な声が外まで聞こえてきたけど?」と、少し怖い笑顔を向けられたので、逃げるように二人で教室に戻った。

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