第46話 権利の勝ち取り
「お兄様、
「多分。やっぱり
五時間目が終わって休み時間になったタイミングで、文月さんが俺の元にやって来た。
その水萌も返事はしてないようだけど。
「むしろ気づかない方がおかしくない? みんな森谷さんとして接してたから何も言わなかったけど、似てはいたけど別人だったよね?」
「そうだね。俺も最初はなんで水萌の格好をしてるのかわからなかったけど、あっちが水萌のフリをしてるのがわかったから合わせてたんだよね」
「結局なんでなの?」
「わからない。そういうの聞ける雰囲気じゃなくなっちゃったから」
水萌のフリをして金髪碧眼になって学校に来たレンは、俺がレンだとわかっていたことを告げると何も言わなくなり、そのまま昼休みは終わった。
そして何も聞けない状態のままとりあえず教室に戻ると、俺が席に戻っている間に帰っていたようだった。
追いかければ間に合っただろうけど、なんとなく追いかけたら駄目な気がしたから追いかけなかった。
「顔真っ赤だったけど、何か怒らせたの?」
「俺には顔見せてくれなかったから気づかなかった。怒らせるようなことは言ったけど、それなら昼休みが終わるまで一緒に居るのは変なんだよね」
「確かに。それよりあのそっくりさんはどなた?」
「知ってるかな?
言ってから隠した方が良かったのかもと思ったけど、もう遅いので諦めた。
俺の『友達』として紹介すれば、察しのいい? 文月さんなら深入りはしないと思うから。
「如月さん? それってあの如月さん?」
「どの如月さんかは知らないけど、多分その如月さん」
如月という名字は珍しいから、この学校に二人いる可能性は低い。
それに、レンは学校で悪目立ちしていると言っていたので、文月さんが名前を知っていてもおかしくはない。
俺は知らなかったけど。
「顔は初めて見たけど、可愛い子なんだね」
「そうだな。めっちゃ可愛い」
「森谷さんが嫉妬するよ? それにしても如月さんとは」
文月さんが両手を胸の前に組んで首を傾げる。
「何か問題でも?」
「ちょっと圧を感じたぞ? 別に駄目とかはないよ。お兄様が誰と仲良くするかなんてうちが決められることじゃないし」
「でも、何かあるんだろ?」
「関係には何もないよ。ただ、如月さん……違うか『如月』っていう名前に色々とあるだけ」
文月さんが首を上下に振りながら言う。
結局レンが学校で独りの理由は聞いていなかった。
本人が言いたくなるまで聞く気はなかったから仕方ないのだけど。
「ちなみに聞く?」
「聞きたいか聞きたくないかで言ったら聞きたい。多分そこに今回の話の解決策があるような気がするし」
全てを丸く収める方法がわかるとは思っていない。
だけど、レンの焦りの理由の一端ぐらいはわかる気がする。
それを勝手に聞いたらレンが怒って二度と話してくれなくなるかもしれない。
その時は誠心誠意の謝罪をする。
それで許してくれるとは思わないが、俺はレンを諦めない。
「お兄様がいいならいいけど、うちも別に詳しいわけではないからね?」
「それで大丈夫。とりあえずレンがなんで学校で独りなのかだけでも知りたいんだよ」
「おけ。でも『まて』していい?」
「すごいいいところだけど、いつものだからね」
「別に狙ってないからね? お兄様との話が楽しいから」
なんだか俺のせいにされているような気がするけど、別に責めてない。
焦らされているようで快くはないけど、仕方ないのだ。
だって休み時間が後一分しかないのだから。
「あ、次の授業サボる?」
「俺は別にいいけど、文月さんはいいの?」
「うちは別にいいよ。一回サボった程度で留年するような成績でもないし」
「ちなみに頭いい?」
「普通って言うと嫌味になるぐらいには?」
とても頼もしい答えが聞けた。
もしかしたら俺が抱えてるもう一つの問題も解決するかもしれない。
「じゃあサボる? 最後の確認だけどほんとにいいの?」
「うちはね、早くお兄様と森谷さんのやり取りを見たいんだよ。その為なら一回授業をサボったり、うちの初めてをお兄様に捧げるぐらいはなんのことでもないよ」
「後ろの方は都合よく聞こえなかったけど、本当にありがとう」
「いいね、難聴系主人公ってやつ? あれ絶対に聞こえてるよね」
知らないけど、俺の場合は聞こえていた。
聞こえていても聞こえないフリをした方がいい時はある。
そう思えば難聴系主人公という人達の気持ちもわかる気がする。
「それじゃあ主人公くん、後は任せた。ぱた」
文月さんが教師が入ってくるのを確認してから、自分で擬音を出しながら倒れた。
「水萌に擬音シリーズ教えたのはお前か?」
文月さんは倒れたまま首を横に振る。
この人は意味のわからないことは言うけど、嘘はつかないから本当なのだろう。
まあそれよりも……
「今誰か倒れなかったか?」
ちょうど先生の目に入るように倒れたおかげで、文月さんが倒れたのを見ていてくれたようだ。
「文月さんがいきなり倒れてしまって」
「貧血か? とりあえず保健室に連れて行くから、少し自習してろ」
(なるほど、丸投げか)
確かに「任せた」とは言われたけど、どうやら倒れた文月さんを保健室に運ぶ役を勝ち取れとのことらしい。
それなら俺と文月さんの二人が疑われることなく教室から抜け出せる。
だけど普通に考えて難しいと思うのは俺だけなのだろうか。
「先生、俺が運びます」
「お前が?」
先生から怪訝そうな目を向けられる。
それはそうだ、いきなり倒れた女の子を近くに居たからと言って男子である俺が運ぶのは普通におかしい。
だけどそこをなんとかしないと意味がない。
「一応倒れる直前に話してたのは俺なので、責任と説明の義務はあるかと」
「言いたいことはわかる。だけど倒れてる女子を男子である桐崎に運ばせるのは……」
「倒れてる女子生徒である文月さんを、男教師である先生が運ぶのは良くてですか?」
先生が露骨に俺を睨む。
完全な屁理屈なのはわかる。
だけど何をしてもセクハラと言われるこのご時世ならば、教師にこれは刺さるはずだ。
そもそも普通に女子の誰かに運ばせれば全て解決なので、後は最後の一押しが必要だ。
「せん、せい」
「文月、大丈夫か?」
目を覚ました(フリ)文月さんが弱々しい声で先生に声をかける。
「は、い。おに、桐崎くんに、運んでもらっても、いいですか?」
「文月がいいならいいが、大丈夫なのか?」
その『大丈夫』に何が含まれているのかは考えないでおく。
だからなんのことかはんからないけど、教師のお前が言うなよとは思う。
「だい、じょうぶです。桐崎くん、はお友達なので」
俺と文月さんが友達だったとは初めて知った。
まあ俺に運んでもらう為の嘘だろうけど、なんでか少し嬉しくなってしまった。
「わかった、文月がいいなら……桐崎、頼めるか?」
「はい。文月さんが倒れたのは俺のせいでもあるので、ちゃんと送り届けます」
嘘は言っていない。
俺がレンの話を聞きたいと言ったから文月さんは演技で倒れてくれたのだから。
でも、運ぶとなると少し問題がある。
(文月さん、肩を貸せばいい?)
俺は文月さんにだけ聞こえるように耳打ちをする。
(欲を言うならお姫様抱っこ。抑えに抑えておんぶでも可)
(……)
少し悩む。
お姫様抱っこは近場なら大丈夫なのだけど、この教室から保健室は距離があるのでちょっと難しい。
途中で下ろせばいいのだろうけど、文月さんがそれをさせなそうなので却下だ。
だったらおんぶが妥当なのだけど、それはレンが予約しているからあまりやりたくはない。
だから肩を貸して歩いてもらおうと思ったけど、貧血で倒れた設定なので、歩かせるのも確かにおかしい。
(頑張るか)
(なにをぉぉぉぉぉ!」
一度息を吐いてから、文月さんの背中と膝裏に腕を入れて持ち上げる。
要はお姫様抱っこをした。
すると文月さんは顔を赤くしてキョロキョロしだして、クラスの人からは「おぉぉぉ」と、なにやら感心したような声が聞こえてきた。
「にゃ、にゃぜにお姫様抱っこを!?」
「できればお姫様抱っこって言ったの文月さんでしょ?」
「そ、それはそうだけど……うぅ」
文月さんが両手で顔を押さえて少し体を丸くする。
あまり丸まられると落としかねないからやめて欲しい。
そしてあまり普通に話されると、先生からの疑いの目が痛くなる。
俺は何か言われる前に逃げるように教室を出て行った。
曲がり角を曲がったところで文月さんを下ろしたけど、文月さんは顔を隠すのをやめなかったので、転ばないように手を引いて保健室まで向かった。
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