第45話 みんなの気持ち
「
「……うん」
昼休みになり、今日初めて聞く彼女の声は少し変だった。
理由はわかっているから特に突っ込むことはしないけど、マスクをしているし少し気になる。
「あ、大丈夫だよ。熱が下がったから学校来たわけだし」
「そういう感じか。わかった、今日は晴れてるから外に行く?」
「そうだね、話したいこともあるし」
「だよな」
俺に言いたいことなんてたくさんあるはずだ。
例えば昨日、
「とりあえず行くか……水萌」
「今の間は何?」
「なんでもない。行こ、水萌」
俺がもう一度『水萌』と呼ぶと、俺にジト目を向けながら後をついてきた。
その後は特に何も話さないまま進み、いつもの体育館裏にやって来た。
「なんか久しぶりな気分」
「そうかも? 最近は雨の時じゃなくてもあっち行ってるもんね」
細い指が斜め上、レンがいつも一人で昼休みを過ごしている廊下を指さす。
「そうだな。レンと一緒に居られる時間を少しでも取りたいから……」
言ってて自分勝手に落ち込む。
レンの気持ちを無視して、自分の気持ちを最優先にした結果が今の状況だ。
それなのに、俺が落ち込むのはほんとに自分勝手がすぎる。
「別にそこまで落ち込まなくても」
「無理だから。レンとはずっと仲良くしてたかった。だけど俺はレンの気持ちよりも、俺の意思を尊重したんだ。それを今になって後悔……」
「は、してないんでしょ?」
青い瞳にまっすぐ見つめられながらの問いに、俺は頷いて答える。
「正直もう一回同じ場面になっても、俺は同じことをすると思う。レンは水萌と俺を付き合わせたいんだろうけど、俺は水萌とは付き合えない」
水萌が嫌いとかそういう理由ではない。
水萌と付き合うと俺に不都合があるとかでもない。
とある事情から俺は水萌と付き合えないのだ。
「なんで私とは付き合えないの?」
「……そこら辺全部聞く為にわざわざ?」
「そうだね。私は間に立つけど、別にどっちの味方でもないんだ」
青い瞳で俺を見つめる。
こうなれば話に乗るしかない。
「話せるとこだけ話せばいい?」
「全部話してくれないの?」
「自分でも整理がついてないんだよ。だから俺が今話せる全部を話す感じ」
「そういうことなら」
俺は息を吐いてから水萌の方に体を向ける。
「先に言っとくけど、俺は水萌のこと好きだからな?」
「うん。だけど友達としてなんだよね?」
「ああ。後、勘違いのないように言うけど、俺は別に水萌に恋愛感情が全く無いわけでもない」
その発言に水萌が目を丸くする。
そりゃあそうだ、俺だって一応男なのだから、可愛い女の子に笑顔を向けられたり、スキンシップを取られて何も感じないなんて無理だ。
水萌の笑顔を見ると嬉しい気持ちになるし、水萌に抱きつかれればドキドキする。
多分だけど、俺のは友達に対する『好き』を超えている気がするのだ。
「じゃあなんで何も言わなかったの?」
「一番は関係が壊れるのが嫌だったんだと思う。俺と水萌が付き合ったら、絶対に今まで通りでは無くなるだろ?」
「それは当たり前だね。『友達』から『恋人』になるのに、今まで通りなんて有り得ないよ」
俺は別に今の関係性が嫌いではない。
むしろ好きだから、変に壊したくなかった。
「それとさ、水萌と付き合ったらレンはどうしてた?」
「少し距離を置くかも?」
「それも嫌なんだよ」
レンの最終目的がわからないからなんとも言えないけど、レンの性格上、俺と水萌の時間を邪魔しないようにと、絶対に距離を置く。
そして気づいた時には手の届かない場所に行っている。
「それに、水萌への気持ちって、まだ恋愛感情に毛が生えた程度で、女の子として見ちゃうってだけなんだよ。友達以上恋人未満みたいな」
あくまで『好きかもしれない』状態で、水萌のことはまだ『友達』だと思えている。
「それが無言の理由?」
「今のところは。もっと簡単な答えがあるような気もするんだけど、言葉が出てこない」
「わかった。今はそれを信じる」
水萌がかかとを階段のふちに置き、体育座りのような格好になって俺をちらっと見てくる。
「じゃあ
水萌が変な場所で間を空けたけど、質問の意味がわからない方が気になった。
「レンの気持ちって、水萌と俺を付き合わせたいってやつ?」
「私を幸せにさせたいってやつ」
「そもそもさ、水萌が俺と付き合って、多分最終的には結婚も入ってるんだろうけど、結婚してさ、ほんとに幸せなの?」
それもずっと気になっていた。
水萌は俺と恋人になるのは嬉しいと言っていたけど、半分だと言っていたし、俺と付き合うことが水萌の幸せに繋がるとはどうしても思えない。
「幸せだよ。少なくとも付き合わないよりかは幸せになれる」
「決めつけるね」
「舞翔くんは幸せになれない?」
「嫌な言い方。絶対に幸せになれるとは思うけど、なんだろう、なんか違うんだよ」
水萌と結婚できたらきっと楽しいだろう。
だけど、どこか気になることがある。
それが何かはわからないけど、その引っかかりが無くなればレンへの答えが完成するような気がする。
「てか、昨日もそういう話して水萌が否定してたろ」
「してない。半分は違う気持ちがあるって言っただけで、舞翔くんへの想いを否定はしてないよ」
「その半分が本心なんだろ? それに、水萌と付き合えば幸せになるんだろうけど、そこに俺の気持ちってあるの?」
レンの発言は全て一方的だった。
水萌曰く、家の事情で何かを焦って俺と水萌を付き合わせようとしていたようだけど、それはあくまでレンが勝手にそうしたら解決すると決めつけてるだけ。
実際どうなるかなんてわからないし、それに俺と水萌の気持ちは完全に無視だ。
「確かに俺は水萌のことを友達以上の感情で見る時はあるよ? でもそんなこと言ったらレンのことだってそう見てるから、それだけで俺と水萌が付き合うのが正解って言うのはどうなの?」
「同じ感情なら私と付き合っていいってことにならない?」
「逆にレンでもいいってことになるだろ? それにそもそもの話、水萌の気持ちを一番無視してるだろ」
根底のところで、そもそも水萌が俺と付き合いたと本気で思っているのかを聞いていない。
それを聞いたのは昨日のことで、それまでは完全にレンの想像で話を進めていた。
結果的に水萌は俺と恋人になるのに肯定的とも思えなかった。
「レンが何に焦ってるのかは知らないけど、焦ってる理由を知らない限りは現状維持をやめるつもりはない」
「……」
俺がハッキリと自分の気持ちを伝えると、水萌は何かを考えるように正面に顔を向ける。
「……話したら付き合う?」
「内容次第かな。それとレンの言葉なら」
「私の言葉は信じられない?」
水萌が青い瞳をまっすぐと俺に向ける。
「そうだな、水萌の言葉なら信じられる」
「じゃあ話すね──」
「いいのか? それだと俺は信じないぞ?」
水萌が話す前に息を呑んだところで聞く。
「私の言葉は信じられるんじゃないの?」
「俺が言ったのは『水萌の言葉』と『レンの言葉』ならだよ」
「だから……」
「俺はどっちでもない、中途半端な言葉は信じないって言ってるんだよ」
俺は水萌……隣の少女のマスクを下ろしてその顔を拝む。
こうしていると確かに似ている。
だけどそれは所詮似ているだけに過ぎない。
「いつから……」
「お前はどっちだ?」
「私……オレは……」
昼休みが終わるまで、金髪碧眼の少女は何も答えずに項垂れていた。
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